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53 母達の過去

 母の話によると、現カラヤント公爵のオッティと現イオヌーン公爵の叔父のアグネスト、そしてべルーク達の亡き母ロゼリアは同い年。そして叔父の妻アンリエットと母グロリアスがその一つ年上の親友同士で、五人は幼馴染みだった。

 

 アグネストとアンリエットは幼馴染みであると同時に生まれた時からの婚約者同士だった。まあ当然の事ながら政略的なものだったのだが、運良く二人は相性が良く、とても仲が良かった。

 

 ところがもう一つの政略カップルは相性がいいとはとても言えなかった。そう、なんと母とアンドレアの父親オッティは以前婚約者同士だったというのだ。

 こちらの方ももちろん、物心がつく前から親によって勝手に決められた政略的な婚約だった。

 

 しかも、お互いを婚約者とちゃんと認識する前に、オッティはロゼリアに夢中になってしまった。

 まあそれも致し方ない事だと母は思い、別にショックも受けなかったらしい。逆にあのロゼリアに夢中にならない男の子の方がおかしいとさえ思ったそうだ。

 

 とはいえ、姉思いのアグネストと親友思いのアンリエット、そしてロゼリア自身がそれを良しとは思わなかった。

 ロゼリアは大切な友人の婚約者に懸想(けそう)されるなんて!と恐れ慄き、辺境伯の自宅へ帰ってしまい、都には出て来なくなってしまった。

 オッティは何度も手紙を出したが一度も受け取ってもらう事は出来なかった。

 

 そのうちにさすがのオッティも初恋の熱から冷めると、現実を直視し、婚約者に目を向けるようになった。

 しかし時はすでに遅し。さすがに大事な娘を数年に渡り蔑ろにされ続けたイオヌーン公爵家がそれを許す筈もなかった。

 

 普通はなかなか女性の方からは破談できないが、同じ公爵家といえ、イオヌーン公爵家は筆頭公爵家である。

 しかもグロリアスは国皇陛下夫妻のお気に入りだった。グロリアスはデリケートで繊細な皇后陛下を度々癒し魔法で治療し、しかもその明るく朗らかな性格で慰め、まるで実の母子のように仲睦まじかった。

 隣国との政略結婚の話がなければ、皇太子妃にしたがっていたほどだった。

 それ故に、自分達が目をかけているグロリアスを婚約者のオッティが粗末に扱い、他の令嬢に心を寄せていた事を知った両陛下は怒り心頭だった。

 

 二人の婚約は陛下の鶴の一声で破談となった。


 母に言わせれば、この婚約は元々本人達の意志無視の政略的婚約だったし、お互いにまだ幼かったので、オッティが自分以外の人を好きになったからといって、怒ったり泣いたりした事は一切なかったという。

 そして婚約破棄に関しても、特になんとも思わなかったし、オッティともただの幼馴染みに戻ったくらいにしか考えていなかったらしい。

 

 しかし、婚約破棄後の元婚約者がとった行動は腹が立ち、許しがたいものだったという。

 

 陛下の(めい)による婚約破棄、これはカラヤント公爵家にとって不名誉以外何物でもなかった。公爵は息子に酷く腹を立て、長男であるオッティを廃嫡し、二男を跡取りにすると言い放った。

 

 しかし、公爵夫人が夫にしがみついて必死にオッティの許しを請うた。自分の産んだ息子ではない、憎い愛人の子である二男を絶対に跡取りにしたくなかったからだ。

 公爵は有力支援者の娘である正妻を無下(むげ)にするわけにもいかず、かといって簡単に許すわけにもいかなかったので、オッティに到底実現不可能であろう条件を出し、それが出来たら廃嫡は思い留まろうと言った。

 それが、グロリアスとの復縁であったのだ。

 

「人を馬鹿にするのもいい加減にして欲しいと思ったわ。カラヤント公爵夫妻にも、その息子にも。

 自分達が加害者なくせに自己保身の為に、被害者の気持ちも考えずに復縁を求めるなんて」

 

 浮気をされた事も婚約破棄も平気だったが、自分の事を好きでもないくせに、ただ廃嫡されたくないがために復縁話をされた事には、流石に傷付いたと母は言った。

 

 オッティは学校の教室で叔父のアグネストにこう言ったそうだ。

 

「君の姉上には大変申し訳ない事をしたと思っている。しかし、自分もまだ幼く愚かだったのだから許して欲しい。これからはグロリアスに相応しい男になれるように努力するから、自分が相応しくなった(あかつき)にはどうかまた婚約させて欲しい」

 

 と。アグネストはさすがに怒りよりも呆れたという。そして色々あったがそれでもまだ持っていた大切な幼馴染みだという思いが、すうっと消えたと姉に言ったそうだ。そりゃそうだろう。

 

「姉に相応しいとは、どんな男だい?」

 

 アグネストが尋ねると、オッティが当然とばかりにこう答えたと言う。

 

「もちろん、我が国で一番の男に決まっているじゃないか。グロリアスはこの国一の女性なんだからね。

 勉強も武道も社交ダンスにおいても、全て一番になってみせるよ」

 

 そこでアグネストは、大事な姉にオッティをこれ以上関わらせたくなかったので、それまで隠していた能力を惜しみなく発揮する事にしたそうだ。

 

 こうしてアグネスト=イオヌーンの成績首位、武道及びダンス大会優勝、魔術検定試験合格、ありとあらゆる連勝記録が更新し続けられていったのである。

 

 そしてオッティが我が国一番の男になる前に、母は父と恋に落ち、大恋愛の末に結婚してしまった、というわけだ。

 

 しかし、これを運がいいというのかどうか微妙だが、オッティは母とは結婚出来なかったが、無事に公爵家を継ぐ事が出来た。彼の弟が他国の女性と恋に落ちて、駆け落ちしてしまったからである。

 どうもカラヤント公爵家は恋に盲目的になる血筋らしい。それにしても・・・・・

 

 

「現カラヤント公爵がちょっかいを出したために、母が田舎に引きこもる事になったわけですか? 

 そして今度はその息子がべルークにちょっかいを出してくるとは。許しがたい事です」

 

 バーミントが苦々しそうに言った。

 

「しかし、カラヤント公爵はともかく、ご子息がべルークをどうこうしようとするとは思えなかったのですがね。意外です」

 

 カスムーク氏が冷静に呟いた。過去の一連の話を知っているカスムーク氏の事だ。カラヤント公爵の息子とべルークが同学年とわかった時点で、彼について全てを調べあげ、その後も注意を払っていたのだろう。

 

「俺も意外です。そんなに悪いヤツだとは思えないのですが」

 

「でも彼の父親の公爵様だって、幼い頃は悪い奴だと思っていなかったのに、結局クズだったわけでしょう?

 人なんか見た感じじゃわからないわよ」

 

 俺の言葉に続けて姉が言った。そしてその後にイズミンも続いた。

 

「そうですよね。見た目じゃわかりませんよね〜。ユーリお兄様だって凡人の振りしてましたもんね。アグネスト叔父様に似たんですかねぇ」

 

 すると母もため息をついた。

 

「アグネストは以前からユーリの事を気にかけていたけれど、自分に似ているとわかっていたのかもね。

 ユーリは両親の血を半分ずつちょうどよく受け継いでいるねって言ってたのよ。私はえっ? どこが私に、と思っていたのだけれど」

 

 母はここで一度言葉を止めて、末娘をじっと見た。

 

「ところで、そう言う貴女は誰に似ているのかしらね、イズミン?

 見た目は間違いなくジェイド家のお祖母様に間違いないけど。貴女は一体どこからそんなに情報を得ているのからしら?」

 

「誰に似ているのかはわかりませんが、情報の入手先はもちろんサロンですわ。習い事先だったり、アグネスト叔父様のところだったり。

 私がお人形やお花の振りをしていると、皆様のお話がよく聞こえてきますの」

 

 イズミンはニッコリ笑った。いや、人形や花ではなく寝た振りをしているんだろう? もしくは猫や鼠のようにどこかに隠れて、盗み聞きしているに違いないと俺は思った。

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