51 真実の姿
「昔、セリアンの娘のジュリエッタが拐われかけた時、彼女を助けてそのまま消えてしまった少年とは、もしかしてお前だったのか?」
父が言った。俺は頷いた。
「教会からの帰り道で、俺はたまたま馬車から小さな女の子を連れ去る男を見かけました。俺は夢中で男を追って狭い路地に進み、男の後ろから攻撃魔法をかけました。
俺は、女の子に、自分の事を誰にも話さないでと頼みました。俺が魔力持ちで人助けをしたという噂が出たら、絶対に軍の学校へ入れられてしまうと思ったんです」
「セリアン、君はこの事を知っていたのかね?」
「ユーリ様がジュリエッタを助けて下さった恩人だという事は、大分後になってから伺いました。しかし、魔力持ちのお話は今初めて知りました」
カスムークさんは俺の為に、そして彼自身の友情のために嘘をついてくれた。
「お前の言ってる事とやっている事は矛盾しているぞ。確かに魔法はばれていないかもしれないが、目立ちたくない割には人助けに、お前の人並み外れた能力を発揮しているじゃないか」
父の言う事はもっともである。しかし・・・・・
「父上、俺、別に人助けをしているつもりなんてなかったんです。だって、小さな女の子が拐われたら助けるのは当たり前でしょ?
べルークの時は体が勝手に動いてました。だって照準が、俺のかわいいべルークの頭に向いていたんですよ! 守るのが当たり前でしょ!
セブオンの事も、姉上とアーグスさんの事も、兄上とアルビーさんの事も、家族を愛していたから良かれと思ってしただけです。
癒しの魔剣の件だって、親友のエミストラの相談に乗ってやろうと思っただけで、たまたま流れで魔人さんの問題解決になったんですよ。
オルソーさんとマルティナさんの時は、二人の思いと話の矛盾点にたまたま気付いてしまって、余計な口を挟んだだけです。
サンエットの時なんて、それこそ思いついた事を好き勝手に喋っただけで、それが何かヒントになって、たまたまサンエットの役に立っただけなんです。だから、俺は本当に大した事をやっていないんです」
「お前に言わせると、全てがたまたまなんだな。しかし、たまたまは、本来本当にたまたましか起こらないんだよ。おまえの場合、頻繁すぎるよ」
普段無表情な兄が泣き笑いの表情でこう言った。そして 姉も涙をハンカチで拭いながら、無理して笑みを浮かべながら言った。
「本当に貴方って天然ね。自覚がないみたいだけど、いい子過ぎて心配だわ。やっぱりしっかり者で苦労人のべルークが傍にいてくれないと、安心出来ないわね」
「お姉様、それなら大丈夫です。べルークをヘッドハンティングしようとしたんですが、断られてしまいました。ユーリお兄様が心配だから離れられないそうです。
それに、べルークがいないと寂しくて耐えられないとお兄様に泣きつかれたので、私、仕方がなく諦めましたわ。ベスタールさんには申し訳ないのですが」
イズミン、お前・・・・・
「ユーリ、お前は馬鹿だな。お前がたとえ軍人にならなくても、お前を軽蔑なんかする訳がないだろう。
お前の能力は別に軍人にならなくとも、どの分野でもいくらでも通用するだろうし、国や人の役にたつだろう。お前は私達の自慢の息子だよ」
父の言葉に俺の目から涙が溢れた。親に隠し事をして、親の期待を裏切るような息子を自慢の息子だと言ってくれるだなんて、思いもしなかった。
「そもそもやる気のない者に軍に入ってもらっては困るよ。やる気だけの者でも困るけど」
兄の言葉にそうだそうだ! という声があがった。どうやら、代々軍部関係の人間を排出してきたジェイド家ではあるが、兄のザーグル以外、軍部には向いていなかったようだ。
「貴方にまさか、お義母様と私の魔力が受け継がれているとは思ってもいなかったわ。だって貴方はお父様似で、私が産んだのに私に似ているところがないわって、少しいじけていたのだもの」
母が可愛らしい笑顔で言った。そして真面目な顔に戻って言葉を続けた。
「以前からお父様とは、貴方は文官向きね、と話をしていたの。それは皇太子殿下の側近の話があったからではないのよ。
別に皇太子殿下の側近がいやなら、宰相のブレーンになっても、アーグス様のような外交分野でも、いいんじゃないかって」
俺が平和の為に働きたいのなら、そういう道もあると、母は言った。そもそも戦争が起きないようにすれば、軍人の仕事は魔物退治や自然災害時の復興支援が主になり、人を殺める事はしなくてすむでしょう?と。
しかし、そのためには政治の中枢に入って、発言権をある程度持たなねばならない。
その際、頭でっかちだと、疎まれやすいから、武道に優れ、魔力持ちの方が信奉者が増えて、意見が通りやすくなるわよ、と母はアドバイスをくれた。さすが、代々宰相を務めるイオヌーン公爵の娘だ。
そして最後に少しだけ、皮肉っぽくこう言った。
「だからね、ユーリ! もうそろそろ表に出てきた方がいいのじゃなくて?
武道大会も学校の試験も次回からは手を抜かず、本気出しなさいね」
と。お見通しだったんですね、母上。今まで何も言わなかったけど。子供の自主性を重んじ、ちゃんと見てはいるが余計な口出しをしない。こんなところが凄いな、と俺は思う。
「武道大会も試験も上位だったのに、それでもまだ本気じゃなかったんだ・・・」
エミストラが力が抜けたような声で呟くのが聞こえた。
普段より時間がかかった晩餐の後、お茶がテーブルに用意された時だった。
姉の侍従で、今日はカスムークさんに代わって執事の仕事をまかされているベスタールがダイニングに入ってきた。そしてまず当主である父の耳元に、次に本来の執事であり、伯父であるカスムークさんの耳元で何かを囁いた。
「今、北の詰所のヤオコール氏から連絡が入りましたよ。
べルークが捕まえた三人の男達の他に、あと二人いて、案の定裏庭に隠れていたらしいですよ」
と父が言った。やっぱりとみんな思った。
しかし、一体何人がかりでべルークを捕まえようとしてたんだ? そんなにべルークを恐れているのか?
ふとイズミンを見ると、イズミンが青い顔をしていた。自分で言いだした癖に、今更怖がってどうするんだ。
やはり大人のような生意気な事を言ったって、所詮現実を知らない子供だ。大丈夫だよ。結果がどう出ようとお前のせいじゃない。決断して実行したのは俺とべルークなんだから。いや、べルークを止めなかった俺の責任だ。
「あと二人とは誰だったんですか?」
べルークの兄のバーミントが尋ねた。
「カラヤント公爵のご子息だそうだよ。それに彼の侍従。
北の警護隊及び城の近衛騎士が屋敷に行ってご子息との面会を求めたが、知らぬ存ぜぬで追い返されたらしい。
まあ、小者の証言だけで証拠があるわけではないし、現行犯じゃないからね」
「「「えーっ!!!」」」
この場にいる者皆が驚いて声を上げた。カラヤント公爵といえば、イオヌーン公爵に次ぐ名門である。
「あのカラヤント公爵がスウキーヤ男爵と関係しているとはとても思えないのですが・・・ それに、皇家に逆らうという意志がおありになるとは考えられませんよね?」
兄の疑問に父も頷いた。
カラヤント公爵は確かに宰相である叔父のイオヌーン公爵に対して普段からライバル心を燃やしているが、皇家にどうこうしようと考えているとは到底思えなかった。
「それはないだろう。それに仮にあったとしたら、まだ学生の息子を使って、そんな稚拙な行動を起こすとは思えないしね」
父の言葉に俺とべルークとエミストラは顔を見合わせた。もしかして?と頭に浮かんできた原因があったのだった!