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50 本音の吐露

 べルークの話を聞き終わり、俺が自分の席に戻ろうとした時、べルークの隣の席に座っていたイズミンに上着の裾を引っ張られた。

 イズミンの『ちょっとこちらに!』というジェスチャーに身を屈めると、俺の耳元でイズミンがこう囁いた。

 

「べルーク、とってもかっこいいですね、お兄様。これでべルークはますますもてるし、人気が上がるし、表舞台にあがって目立ってしまいますよ。それでもいいんですか? ご自分だけ後ろに隠れていて、それで大切な人を守れるのですか?」

 

 ズドン!と鉛を胸に打ち込まれたような気がした。俺はイズミンを見た。

 軽い言葉づかいとは違い、目は真剣そのものだった。そう、イズミンの目はいつも真剣だった。俺が気付かない振りをしていただけだ。俺の思いにイズミンはとうに勘付いていたのだな。そして、早くはっきりしろと暗に言っていたのだな。ずっと。

 

 俺はイズミンに『わかっている』と頷いて自分の席へ戻った。

 

「べルーク、君、凄いね。武道が強い事は知ってたけど、なんかその、場慣れしているというか・・・」

 

 エミストラが言った。するとジョルジオもそれに続けて、

 

「状況把握能力が凄いね。普通の武道の訓練だけじゃ身に付くものじゃないよね」


 と言った。そしてオルソーは顎に手をあてながら唸った。

 

「その上、人の心理を上手く利用している。どうしてそんな事が出来るんだ? 喧嘩三昧だった俺だって気付かなかったぞ。どこでどうやってそんな群衆を操る術を習得したんだ?」

 

 三人の話を聞いて、父が俺の顔を見た。そして額をピクピクさせながら俺に尋ねた。

 

「昔からお前があちらこちらで人助けをしていたのは、セリアン(カスムーク氏)から聞いてはいたが、まさか武力を使う危険な事にまで手を出していたのか? そしてそれにべルークも巻き込んでいたのか?」

 

「それは本当なの? べルークになにかあったらどうするつもりだったの? 大怪我でもさせていたらロゼリアになんて侘びていいかわからなかったわ!」

 

 母も悲鳴に近い声をあげた。

 

 客人三人は、うちの両親が自分の息子より侍従を心配している事に驚いていた。

 そう、うちの両親は、べルークの生い立ちやセブオンの件があったので、自分の子供よりもべルークを気にかけていた。もちろん、べルークはその事に甘えたりはしなかったが。

 

「ご心配なく。べルークには手を出させてはいません。合いの手くらいは入れさせましたが。人との駆け引きはその事で身に付いたのでしょう」

 

 俺の返答に兄は眉間に皺を寄せた。

 

「手を出させなかったって? 外では弱い振りをしながら、お前が本当は強い事はわかっているよ。だが、相手が魔力使いだったらどうするつもりだったんだ? お前一人でべルークを守れたのか?」

 

「弱い振りしてたんだ・・・」

 

 とエミストラ。

 

「俺は誰構わずお節介していた訳じゃありませんよ。それに、いざとなれば攻撃魔力を使ってでも、べルークを守りきる覚悟はありましたよ」

 

 俺のこの発言にダイニングの中はシーンとした。

 

 カチ・カチ・カチ・カチ・・・

 

 柱時計の針の音だけが聞こえていた。そして夜の七時を知らせる厳かな鐘の音が七回鳴り響いた。

 

 やがてその静寂を破ったのは姉だった。

 

「貴方、攻撃魔法が使えたの? いつから?」

 

「物心付いた頃からです」

 

「どれくらいの威力なんだ?」

 

 と、兄。

 

「さあ、わかりません。測ってもらっていないので。でもそこそこはあると思います」

 

「ボブソン子爵から『独学でも安全に学べる攻撃魔法』という本が贈られてきて、もしやと思っていたのだが、まさか本当にお前、攻撃魔法が使えたのか?」

 

 と、父。

 

「学校の医務室にあった『独学でも安全に学べる癒し魔法』という本が、ユーリ君と会った頃に無くなっていた。本をどうしたんだと祖父に尋ねたら、有能な癒し魔法の使い手に贈ったと言っていたが、まさか・・・」

 

 と、マルソー。

 

「はい。その本は僕が頂きました」

 

「「「ハイスペックホルダー」」」

 

 ダイニングにいる者達が驚愕した。カスムーク氏とべルークの二人を除いて。

 

「セブオンが幼い頃、好き勝手に魔法を使う割に被害が少ないと思っていたのだけれど、もしかして、あれは貴方がこっそり防御したり、手当てをしていたの?」

 

 母が両手で口元を押さえ、少し震えながら聞いてきたので、俺は頷き、母に頭を下げた。

 

「そうです。出来るだけセブオンの傍にいて、防御魔法で防いでいました。でもそのせいで、セブオンの対策が遅れてしまい、べルークにもカスムークさんにも、母上にも、そして何よりセブオン本人に悪い事をしてしまいました」

 

「貴方が謝る事ないわ。貴方は良い事をしていたんだもの。

 でも、何故貴方は家族にいつも隠し事ばかりしているの? 癒しの歌声の時といい。私達を信用していないの? 私達は恥ずかしいところも全て貴方に見せているのに」

 

 気が強くて、人前で泣いた事のない姉が、涙をぽろぽろとこぼした。姉は両親の代わりにそう言ったのだろう。

 

 俺はチラッとカスムークさんに目をやって、黙っていて欲しいと訴えてから、両親に顔を向けた。

 

「父上、母上、兄上、姉上、そしてイズミン! 隠していて申し訳ありませんでした。

 人のせいにする訳ではありませんが、三歳の頃、お祖母様と歌を歌った時、成人するまでは人前では歌を歌わないと約束させられました。

 そしてセブオンが攻撃魔法を使って周りに迷惑をかけるようになった頃、自分にも魔力がある事に気付きました。セブオンを見ていると、魔力を持っている事に恐ろしさを覚えました。だから、人前で魔力を使わなかったし、魔力を持っているとも言えませんでした」

 

 そこで一度言葉を止め、大きく深呼吸をした。

 

「父上、俺はどうしようもない臆病者なんです。

 軍部関係の家に生まれながら、軍に入りたくなかったんです。戦争に参加したくなかったんです。

 二男だから、希望しなければ、能力がなければ軍に入らなくてもすむのではないかと思いました。

 しかし、攻撃と癒しの二つの魔力持ちだとわかったら、否応なしに軍人にされてしまうと思ったんです。

 いえ、それより、魔力持ちのくせに軍人になりたがらない情けない息子だと、父上に軽蔑されるのが、何より怖かったんです。

 だから余計に家族に言えなくなりました」

 

 そう。これが本音だ。

 前世とは違い、俺は今の家族を愛しているし、父親を尊敬していて、軽蔑されたくなかった。しかし、魂に染み込んだ戦争への拒否反応だけはどうしても抑えきれない。

 

 幼い頃はそこまで深く考えていた訳ではないが、戦争への拒否感故に頼まれてもいないのに、やたらあちらこちらでお節介を焼いていたのかもしれない。

 戦争へ行くのが嫌なら、戦争を起こさなければいい。国が豊かになって、他国からの侵略を恐れなくなればいい。

 その為に貴族や上層部がもっと国や国民の事を考えるようになって欲しい。人々が力を合わせられるような社会にしたい・・・

 そんな夢のような事を無意識に考えていたのかもしれない。

 

 俺、前世ではそんなに平和主義だった訳でもなかったのだ。

 過去に戦争のない時代はなかったのだから、仕方ない。自分一人で何か出来る筈がないのだからと。

 もちろん人を殺すなんて絶対に嫌だったが、いざとなったら良心的兵役拒否すればいいやと、そんな後ろ向きの考えだった。

 多分、心底大切なものがなかったのだと思う。

 

 でも、今世は違う。家族を、友人達を大切に思っている。そして、何よりべルークを愛している。絶対に彼を失いたくないし、彼の住む世界の平和を絶対に守りたいんだ。

 戦争では平和を守れない。

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