49 べルークの勇姿
今までユーリに庇われているところしか話に出てきませんでしたが、紹介文にも書いたように、べルークは幼い頃から訓練を受けているので、武道の達人です。今回の話は、べルークの勇姿をご披露します。
「あの、とりあえず俺の爵位だの、側近だの、エミリアの件は後でいいです。
まずはスウキーヤ男爵の犯罪を暴く事と、べルークをいかに守るかについて話を進めたいと思います」
俺がこう言うと、今までずっと黙ったままだったカスムーク氏が左手を軽く挙げた。
「その事でまず、ユーリ様とお客様にご報告がございます」
「なんでしょうか?」
「学校におけるスウキーヤ男爵一派を取り押さえました。北の詰所において、今頃取り調べをしているので、まだ他に仲間がいるかどうかはすぐにわかると思います」
カスムーク氏の言葉に俺達は驚きの声を上げた。
「もう? どうやって?」
「息子が、べルークが放課後に校内で襲われ、返り討ちにした所に北の警護隊の方達が到着したので、彼らに引き渡したそうです」
「襲われた!!」
俺は無作法にも大きな音を立てて立ち上がり、べルークを見た。女性陣が眉を吊り上げるのが目の端に入ったが、そんな事知った事じゃない!
「ご心配はいりません。怪我も大した事はありません。家に戻ってすぐに奥様に癒し魔法をかけて頂きましたし」
「怪我をしたのか?」
俺は一瞬目眩が起きた。
俺は馬鹿だ。まさか噂を流している最中に相手が行動を起こすなんて、思いもしなかった。そんなに素早い動きの出来る連中だったとは。油断した!
俺がべルークの元に駆け寄ると、べルークは少し痛そうに、俺が掴んだ肩を小さく震わせた。
「あっ、ごめん」
「大丈夫です。本当に大した事はありません。腕の筋を少し捻っただけですから」
「筋を捻っただと? 俺のべルークの腕に触れるとは許せん!」
俺が怒りに震えていると、オルソーがべルークに向かって尋ねた。
「べルーク君、どうやってそいつらをおびき出したんだい?」
その後、べルークの話を聞いて、俺達は呆気にとられた。なるほど、道理で素早く動けた筈だ。というのも、奴らは本当に何にも考えていない連中だったのだ。
授業が終わった後、べルークは一階のフロアでマリー嬢と話をしていたそうだ。今後の打ち合わせや、連絡の仕方などを確認していたらしい。誰にも聞かれないように顔を密着させながら。
すると、突然後ろから強く腕を引っ張られた。筋を捻ったのはその時だという。周りには生徒達が沢山いた為に、気を抜いていて、不意をつかれたのだという。
べルークは振り向いてすぐに状況を把握した。何故ならそこにいた三人は、昨日の皇太子のパーティでマリー嬢にまとわりついていた連中の弟達だったからである。
べルークの腕を掴んだまま侯爵家の息子が、話があるから付いてこい、と言ったそうだ。そして、手を離すと仲間二人と裏庭へと続く廊下を歩いて行った。
しかし、数十歩進んだところで、べルークが自分達に付いて来ない事に気が付いて振り返った。
「何をしている。早く来い!」
男は怒鳴ったが、べルークは無視をした。マリー嬢や周りにいた生徒は心配そうに事の成り行きを伺っていた。
「話があると言っただろう。何をしているんだ!」
「話ならここで伺います」
べルークがそう答えると、男達は一瞬驚き、それからまた怒りだしたという。
「人前では話せないから来いと言っているんだ。早く来い!」
「ですから、僕には人前で聞かれて困る事なんて何もないので行く必要がありません。聞かれて困るのはそちらなんでしょう? そんな危ない話を聞く為に、何故僕の方がのこのこ付いていかないといけないんですか? 三対一じゃ何をされるかわからないというのに」
べルークの反論に三人組は唖然としていた。ついて来いと言えば相手はついて来るもんだと信じて疑わなかったようだ。
馬鹿なのか? 自分の得にもならないのに、何故見知らぬ者の命に従わないといけないんだ。しかも最初から危険人物だと予測できる相手に。
「俺はナリステ侯爵家の者だぞ。俺の命令に逆らうのか? 高高男爵家の息子のくせに」
「だから何なんですか?
僕に命令出来るのは僕の主のジェイド伯爵家だけです。僕を従わせたいのなら、主を通してからにして下さい!」
「なんだと?」
ナリステ侯爵家の息子は、自分の言葉に全く従おうとしないべルークに腹を立てて、肩を怒らせながら大股で戻ってきた。そしてべルークではなく今度はマリー嬢の腕を掴んだ。
「お前が来ないというなら、スウキーヤ男爵令嬢に人質として来てもらう。お前が来ないと彼女がどうなっても知らないぞ」
べルークは年下だが、武道の達人だという事は知っているのだろう。だから直接対決するのを避けたに違いない。
まるでチンピラだ。フロア全体にさざ波のように驚きの声が沸き起こった。
男は、周りのざわめきの声で、ようやく自分達がまずい立場になった事に気付いたらしい。しかし、今更引くにひけなくなって、マリー嬢を無理矢理引っ張って行こうとした。
「いや、離して! 助けて、べルークさん!」
べルークはマリー嬢のこの言葉を待っていた。嫌がる彼女を守ろうとして相手をやっつけた、と周りに印象付けないと、相手が侯爵家である以上まずいからである。
べルークは男の腕を掴んで後ろ手に捻じり上げてから、片足の膝裏を思い切り蹴り上げた。すると男は床に腹這いに倒れた。べルークは腕を捻じり上げたまま片膝で男の背の上に乗って動きを止めた。それから、野次馬の中から体格のよさそうな男子生徒を四人ほど指差しで指名して、侯爵家の息子を捕まえておいて欲しいと依頼した。
指名された男子達は、何故俺達が?って顔をしながらも前に出て来て、男の押さえつけを手伝ってくれた。
こういう場合、『誰か助けてくれませんか!』と不特定多数に依頼するより、はっきり誰かを指定して頼んだ方が動いてくれる。
リーダーらしい侯爵家の男が確保されたのを見て、残りの二人は驚いて逃げようとした。そこでべルークは、
「そいつらが逃げないようにみんなで道を塞いでください!」
と叫びながら猛スピードでダッシュした。
人には不思議な習性があって、『みんなで!』と言われると無意識に動く。さっきとは違い単純行動ならば。
サロンにいた多くの生徒達が、べルークの言葉に考える暇もなくすうっと反応し、裏庭へ続く道を塞いだ。
何重にもなった人の壁に驚いて、男二人はべルークの前でへたへたと座りこんだ。
ちょうどその時、北の詰所から警護隊が数名やって来た。
「何だこれは?」
警護隊の騎士が尋ねたので、べルークがすぐさまこう答えた。
「そこで組み伏せられている男が、スウキーヤ男爵令嬢を無理矢理連れ去ろうとしたので、僕が取り押さえ、彼らに確保を依頼しました。そしてここにいる二人は彼らの仲間です」
こういう時は素早く先に発言した方が有利なのだ。誤解を受ける前に。
そして今回の場合は、そもそもべルークの警護の為に来たので、騎士達はなんの躊躇もせずに三人の男達を確保してくれた。
事情聴取は学校のフロアでそのまま行われた。とにかく目撃者が沢山いて、彼らが全員同じ証言をしたので、侯爵の息子達の罪状は明らかだった。何せ彼女を人質にすると、本人が自ら発言しているのだから。
それにしても、スウキーヤ男爵に媚びを売る為に動いていただろうに、その娘を人質にしようとしてどうするのだ。いくらマリー嬢から男の影を排除するためだとはいえ。
べルークと警護隊の騎士達は呆れたように彼らを眺めたのだった。
べルークは本当に美しく、格好がいいです。また、学校で人気が高まり、ユーリがやきもきしそうです!