47 恋人との抱擁
俺はジョルジオさんとオルソーとエミストラの四人で大まかな計画を立てた。その最中、ヤオコール氏も話に加わりたがっていたが、俺達はそれを無視した。
そして相談が終わってからジョルジオさんが孫に向かってこう言った。
「お前は、俺達に協力する気があるのか?」
「もちろんだ!」
「上司に確認をとらずに安請け合いしていいのか? 途中で上司の命令の方を優先されると、こちらの命取りになるんだが」
ジョルジオさんが今まで見せた事のない厳しい目で尋ねた。ヤオコール氏は一瞬、祖父の放つオーラに怯んだが、両足をピタッと揃えて直立不動の姿勢をし、右腕を曲げ、手を左肩近くに触れた。それは騎士の忠誠のポーズだ。
「事の重要性はわかっています。ユーリ君、いえ、聖女様の命が何より勝るときちんと認識できています。たとえ処分を受けようと、こちらを優先すると誓います」
その大仰な態度に俺が訝しく思っていると、エミストラが俺の耳元で囁いた。
「あれ、絶対にご婦人からの聞き込みがしたくないからだぜ」
なるほど。確かにヤオコール氏は女性の相手が苦手な無粋ものって感じがする。聖女の名を使ってうまく逃げる気だな。
まあ、いいか。
俺達はヤオコール氏をみんなの連絡係にする事にした。彼は馬術も武術も得意なので、この任には最適だろう。
やがて俺達四人組は、引き留めようとする上層部の方々に頭を下げて、さっさと北の詰所を後にした。ここに長居をしても、話が皇太子の側近問題になるのは目に見えていたので。ただ去り際に、アピア氏とジャスター氏から、
「側近の話はともかく、この件が解決したら、皇太子殿下とエミリア嬢の事で相談に乗って欲しい」
と言われたので了承した。この二人なら信頼出来ると俺は判断したからだ。
それに、大体皇太子達二人の事に俺が自ら介入したせいで、こんな面倒な展開になったのだから、放置したままにしたら、無駄にべルークを危険な目に晒しただけになってしまう。
俺が屋敷に戻ると、珍しくイズミンが俺を出迎えに飛び出してきたが、俺の後ろにいるエミストラ、オルソー、ジョルジオを見て固まった。
彼らはべルークを交えて、綿密な計画を立てるために足を運んでくれたのだ。本音を言えば、早くべルークと二人きりになりたかったが、そんな馬鹿げた恋愛脳に自ら喝を入れた。
そして三人の客人達もイズミンを見て固まった。
今日のイズミンはいつもにましてピンクの塊だった。
ピンクのふわふわロングヘア、ピンクのワンピース、ピンクの靴下、ピンクの靴、そしてピンク色の頬・・・まさしくピンク色の天使!
「「「かわいい!!」」」
三人は一斉に叫んだ。イズミンはビクッとして俺の足にしがみついたので、俺は腰を下ろしてイズミンを抱き上げた。夕べ喧嘩をしたのだが、もう気にしていないのだろうか? 俺の方は、まだわだかまりが残っていて、出来れば今日は顔を合わせたくなかったのだが。
「べルークはどうしたんだ? まだ戻っていないのか?」
俺はイズミンにこう尋ねた。
べルークとはほぼ行動を共にしているが、たまに別行動の時には、真っ先に俺を出迎えるのだが。
「さっき戻ってきましたよ。今着替えをしています」
イズミンの答えに少しホッとした。無事に帰ってきている。
俺は侍女に客人を応接室に案内し、夕食の用意をするように頼んだ。そして、イズミンを抱いたまま階段を上り、べルークの部屋のドアをノックして、返事も聞かずにドアノブを回そうとした。しかし、それをイズミンに止められた。
「お兄様、返事もないのに勝手に開けてはいけませんわ。マナー違反です。着替え中だと申しましたでしょ」
「別に構わないさ」
「お兄様は構わなくてもべルークが構います。第一、中にはカスムークさんがいらっしゃいますので、そんな無作法をしたら叱られますよ」
それを聞いて俺はドアノブからぱっと手を離した。離したのにまるで静電気が発生したかのように、俺の体は震えた。
ほら、彼女の部屋へ遊びに行ったら、彼女の父親が突然帰ってきて動揺する、あんな感じ。別にまだ何も悪い事している訳じゃないのに。
何故カスムークさんがべルークの部屋に? マリー嬢との噂をもう耳にしたのか? それとも俺との事?
俺は今すぐには無理でも、落ち着いたらきちんとカスムークさんには話をするつもりだ。当然叱責され、仲を割かれそうになるかもしれない。
しかし、たとえそうなっても、許してくれるまで何度でも頭を下げるつもりだ。俺は俺の誠意を示す事しかできないのだから。
辛い環境で一生懸命に育てたべルークを、俺なんかに簡単に委ねるはずがない。それでも俺はどうしてもべルークと一緒に、この先の人生も進んでいきたいのだ。
やがて部屋の内側からドアが開いて、カスムーク氏とべルークが出てきた。
二人はお出迎えをせずに申し訳ありませんと頭を下げた。俺は友人が三人来ている事を告げ、夕食後に作戦会議を開くつもりなので参加して欲しい旨を告げた。
案の定カスムーク氏は詳しい説明を聞かずとも了承してくれた。もう事の次第を把握しているのだろう。
「お客様にご挨拶しに参ります」
と言うと、彼は階段を下りていった。
そして、べルークはお着替えをお手伝いいたしますと、俺の部屋へと俺を先導した。俺は部屋の前でイズミンを下ろすと、べルークと二人で中へ入った。
扉を閉めて二人きりになると、俺はべルークを後ろから強く抱きしめた。
「ユーリ様?」
「無事で良かった。不安で、心配でたまらなかった。傍にいてお前を守れなくて辛かった」
「ユーリ様・・・ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。しかし僕は、少しはユーリ様のお役に立てたのでしょうか?」
べルークが不安そうにこう聞いてきた。俺はべルークを自分の方へと向きを直して、その薄水色の美しい瞳を見つめながらこう言った。
「役に立つどころの話じゃないよ。俺とマリー嬢との噂はわずか一日で霧散した。
いや、それどころか、侍従の為に皇太子殿下に立ち向かった勇者のような扱いを受けたよ。
そして、俺は侍従思いだと評判だ。本当は侍従ではなく恋人思いなんだけど」
嬉しそうに頬を染めたべルークに、俺は優しくキスをした。前世を含めても初めてのキスを・・・唇にそっと触れるだけの軽いものだったけど。
するとべルークの体から力が抜けて崩れそうになったので、俺は力一杯彼を抱きしめて、耳元で囁いた。
「愛してる。俺にはお前だけだ。昔からずっと、そしてこれからも・・・」
「僕も。僕もユーリ様が好きです。ユーリ様を愛しています」
べルークの薄い水色の瞳からは、ありきたりの表現だが、まるで真珠のように美しい涙が溢れ、その頬を伝って流れ落ちていった。