46 ご婦人との会話の仕方
何故か掌返しで、皆さんが俺の提案に乗ってきて、まず総出でスウキーヤ男爵の子供達の関係者を調べてくれるという。そこで俺はこうアドバイスをした。
まずは最初に、御自分の周りの女性にさり気なく聞いてみて欲しいと。奥様、姉上、妹、侍女・・・
ナタリアとクリステラは貴族の若いご婦人達にとても人気だ。二人に子供達のレッスンを見て貰う事が一種のステータスになっているからだ。
子供達がレッスン中の待合室は、奥様方や侍女達にとってまさにサロンであり、社交場である。
しかも公の集まりではないので、余計な気をつかわず、ご婦人達の口はいつもより軽くなり、本音が漏れるらしい。
特に、夫や舅姑の悪口などは非常に盛り上がるという。多分、ご主人の浮気がばれるのもこういう場の情報からなんだろうな。
それはともかく・・・・・
「お仕事の時のような詰問調では、間違っても聞かないで下さいね。さっさと話せ!などと怒鳴ったらそこで任務終了となりますよ。女性は身構えて、本音で話して下さらなくなりますからね。
さり気なく、世間話でもするように、無駄話まで楽しげに聞いていてあげて下さいね。先を促したり、口を挟んだりせず、頷きながら聞いてあげて下さい。案外大事な事は、そんな雑談の中に隠れているものですから」
俺は大事なポイントとしてこう言うと、この場にいるおじさん達がみんな固まった。
多分、この人達、今まで奥様や姉妹、娘さん達の話をまともに聞いた事ないな? 自分の話や考えを一方的に話し、女性からは「はい」という肯定の言葉のみを受け入れ、話が少しでも横道に逸れたり、長くなったら目を吊り上げ、必要な要件だけ簡潔に述べろ! 女は無駄な余計な話ばかりするから駄目なんだ! と叱責しているのだろう。
案の定将軍がこう言った。
「何故そんな屈辱的な事までして女性から話を聞かねばならないのかね?」
屈辱って・・・・・
「それはこの世界に存在しているのが、半分女性だからですよ。女性の意見を聞かないという事は、情報も半分になるという事ですからね。そう思いませんか?」
俺の言葉に周りのおじさん達はなるほどと納得していた。そう、仮にもおじさん達は、情報の大切さを誰よりよくわかっている軍人さんや騎士さんなのだから。
「何故そんなに女心がわかるんだ。お前は本当に十六なのか? 」
と将軍が言った。すると、俺の代わりにジャスター氏がこう返してくれた。
「そんな事は将軍がこの中で一番よくわかっているでしょ。ユーリ君が生まれた時から知っているんですから」
「いや、そうなんだが・・・お前、いつもはこんなに喋らないし」
「ですから将軍、普段のユーリ君は聞き上手なんですよ。人の話を聞き、そしてよく相手を観察しているから、女性の気持ちがわかっているのですよ。
反対に将軍は一方的におしゃべりになるから、お相手の気持ちがわからないんですよ」
ジャスター氏の言葉は辛辣だったが、それに共感する者達が多いのだろう。周りの大人達が必死に笑いをこらえていた。
将軍は心温かい人で家族を愛しているのは傍目からもよくわかる。しかし、思い込みが激しいのが玉に瑕なのだ。
相手の意見も聞かず、一方的に勝手に物事を押し進めてしまう。あの護衛犬やサンエットの婚約の事も。
セブオンを面倒見てくれるという申し出を聞いた時には本当に有り難く思った。しかし、正直な事をいうと、サンエットは納得しているのだろうかと疑問は抱いた。ただその後すぐに彼女は留学してしまったので、話ができなかったが。
それにしても、ジャスター氏は俺の事を、よく知ってるなあと、少々驚いた。
そうなのだ。女性と一度も付き合った事がないのに、何故女性心理がわかるのかと言えば、俺は人間観察が趣味だからである。ただし、自分の周りの女性の心理だけはわからない。だから鈍いといつも姉と妹から叱られている。
そう考えると、将軍も致し方ないと言えるのかもしれない。しかし、女心を理解出来なくても、せめて話くらいはたまにでいいから聞いてあげて欲しいな。夫人から愛想つかされる前に。
・・・・・・・・・・
「そういや、俺に頼みたい事があるからここに来たんじゃなかったのか?」
と、ヤオコール氏が俺に言った。
何今更、と、俺はヤオコール氏を軽く睨んだ。
「悪かったな。最初に彼らが来ている事を言わずにいて。逃げられると困るから黙っていろと隊長に言われたものだから。」
ヤオコール氏は、女性に対する質問の仕方について話し合いを始めた上司達を横目で見ながら言った。
「情けないな。ユーリ殿より上司を優先するとは」
ヤオコール氏に祖父であるジョルジオさんが言った。
「爺様だって、別部屋でオルソー君と隠れていたくせに」
ヤオコール氏が反論すると、今度はオルソーがそれに反論した。
「僕達は隠れていた訳じゃなくて、ユーリ君を待っていただけですよ。何故僕達が隠れる必要があるのですか? 他の皆さんと違って、僕達はただユーリ君の手伝いをしたかっただけなのに」
「ホントがっかりです。ヤオコールさん」
とエミストラも言った。
俺がヤオコール氏に向かって、もう、結構です、と言ったら、酷くがっかりしていた。
しかし、そんな彼を無視し、ジョルジオさんとオルソーに向かってこう言った。
「こんな事いうと軽蔑されそうですが、今は皇太子殿下の側近問題なんて、俺にとっちゃ二の次三の次なんです。
とにかく今最優先なのは、べルークの身の安全なんです。でも、スウキーヤ男爵がどういう行動に出るのか全く予測がつかなくて。
学校内なら何とかなるとは思うんです。校内にいるスウキーヤ一派は、昨日の一件でおよその見当はついているので。もちろん屋敷内も大丈夫だと思います。
だから問題は通学時だと思うのです。警護隊が付いてくれるというし、俺も傍に付いているつもりですが、何か見落としはありませんか?
俺の予測不能な事が起こりそうで怖いんです」
「確かに怖いな。統制のとれてない奴ほど厄介なものはないからな」
元トップ冒険者のジョルジオさんの言葉は重い。
「俺が昔喧嘩に強かったのも、絶対に勝つ!という強い意志があったわけでも、戦略を練ってやっていた訳でもないからな。
ただやけになって憂さ晴らしでやっていたから、かえって負けなかったんだろうな。つまり、チンピラの方が始末に負えないのかもしれないな」
軍医学校の制服をきちんと着こなしているオルソーが、自分をチンピラ呼ばわりをするのを聞いて、ジョルジオは驚いたような顔をした。
確かに以前は銀髪と赤い瞳がそれはそれは恐ろしいと感じた番長だったが、基本容姿は変わっていないのに、今じゃクールで理知的な印象を受ける。
多分今はマルティナという愛する婚約者がいて、軍医になるという夢に向かって邁進しているから、こんなに堂々として格好がいいんだろう。
「俺が昔喧嘩相手を見つける時は、わざと目立つ、挑発するような格好をしておびき寄せてたな。そして・・・」
「囲い込んで一網打尽だな!」
オルソーに続けてジョルジオさんが言った。
今日初めて会ったはずなのに、二人はすっかり意気投合していた。