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45 悩み多き姉妹

 

「あのう、ツッター子爵とはどんな方なのですか?」

 

 俺の唐突な質問に、部屋の中の皆さんが、キョトンとした。

 

「スウキーヤ男爵のご息女ナタリア嬢のご主人の事ですが。姻戚関係になる方なので調べていらっしゃいますよね?」

 

 俺の説明にようやく皆さん、ああ、と頷いた。そして、南の警護隊の隊長がこう言った。

 

「ツッター子爵は城内の財務局に勤務されている事務官です。とても真面目で優秀な人物だと聞いています。性格も本当に穏やかで、評判も良い方ですよ。

 我々も一番先に彼の周辺は調べましたよ。あのスウキーヤ男爵が娘婿として選んだ人物ですからね。でも悪事には加担していませんでましたよ」

 

「ご夫婦の馴れ初めや、現在のご夫婦仲はどうなんでしょうか?それにご夫人の他の妹さん達のところは?

 それから、ご兄弟は皆とても仲が良いと聞いていますが、それは本当なんでしょうか? もし本当なら、彼らはどのように連絡を取り合っているのでしょうか?」

 

「君は、スウキーヤ男爵のお子さん達を疑っているのかね?」

 

 西の警護隊の隊長がこう聞いてきた。少し不機嫌そうだ。

 

『そんな基本的な捜査を我々がしていないと思ってるのか、この小僧め!』

 

 そう言いたげなのが透けて見える。ほら、さっき散々俺を持ち上げていたくせに、所詮、こんなもんさ。おじさん達の言う事なんか真に受けたらとんでもない事になる。

 

「俺は彼らの事を疑ってなんかいませんよ。むしろ、その逆ですね。」

 

「逆? それはどういう意味かね?」

 

 西の警護隊の隊長が首を捻った。

 

「彼らはスウキーヤ男爵の悪事を止めようと画策している、もしくは警護隊へ密告したいと考えているんじゃないかと思うんです」

 

 俺は自分が立てた推論を順序だてて説明した。

 

 

 もしスウキーヤ男爵の正妻の子供達が父親を愛していたら、絶対に婚外子である母親違いの兄弟達と仲良くなど出来るはずがない。

 相手に対する愛情が強ければ強いほど、自分以外に愛情が向けられたりすると、人は嫉妬するものだからである。人間が出来ているから、嫉妬しないなんて嘘だ。どうでもいい相手だから嫉妬しないのである。

 

 スウキーヤ男爵の長女であるナタリア=ツッター子爵夫人は、身分は低いがとにかく立派なレディーだと評判である。

 

 父親似の華やかな美人ではあるが、それを鼻にかける訳でもなく、おしとやかで上品で気立てが良く、その上、大変な努力家であった。

 彼女は父親の命令でツッター子爵と政略結婚をさせられたが、何一つ文句を言うでもなく、嫁ぎ先でも良く尽くした。

 

 やがて彼女には三人の子供が生まれたが、子供達に習い事をさせられる余裕がなかった。そこで妹のクリステラにこう提案したそうだ。

 

「私、ダンスなら子供達に教える事ができると思うの。でも、躾の方は無理だわ。だから、私があなたの子供達にダンスを教えるから、その代わりに、私の子供達に躾をしてくれないかしら?」

 

 こうして姉妹は自分の得意分野を身内の子供達に教えていった。ところが二人には人に教える才能があったらしく、やがて口コミでレッスンを依頼されるようになり、とうとう教室を開くまでになったらしい。

 

 最初のうち彼女達は人の役に立てるのなら、という気持ちで始めたようだったが、やがてそれは自分達の生きがいにもなっていった。

 その上予定外の収入を得られるようになったので、父親からの借り入れ金も少しずつ返済できるようになり、彼女達はホッとした。

 借金を盾に夫に色々面倒な事を頼んでくる父親に辟易していたからである。

 やがて二人は借金を返し終わり、ようやく実家との縁を切れると思った矢先、父親がとんでもない頼み事をしてきた。

 自分が他所(よそ)で作った娘を引き取る事になって、貴族の娘としての教育をしなくてはならない。しかし、実の娘達が名教師と名高いのに、わざわざ他所に習わせる事はない。そんな事をしたら、お前達に恥をかかせてしまうだろう。だから面倒をみてくれと・・・ 

 

「せっかく利用出来ると思って、財務局と貿易局勤務の男に嫁がせたのに、思惑が外れ、お前達の夫は大した役には立たなかった。その分お前達が娘として私の役に立つのは当たり前だろう。

 次はお前達のような失敗はしない。もっと役に立つところへ嫁がせるつもりだ。だから、しっかり教育するように」

 

 父親は勝手な事を言って、一度も面識のない妹をいきなり置いていった。

 当初二人は当然ながら父親の頼みを断ろうと思った。しかし、その妹の話を聞いて酷く同情してしまった。

 妹は、市井で貧しくともそれなりに幸せに暮らしていたのに、突然父親だという男が現れて、男爵家に連行されたという。

 家に帰りたいと訴えると、屋敷を出たらお前の祖父達の商売を邪魔して潰してやる! と脅されたという。

 

 ああ、この娘も自分達と同じく父親の単なる道具なんだ、と思ったら、同情だけではなく、妙な連帯感が生まれたと言う。

 

 姉妹は腹違いの妹のレッスンをしながら、色々と話をして打ち解けていった。それでもなかなかレッスンに身の入らない妹にこう説いたそうだ。

 

「いつか、一人でも生きていけるように、技術を身につけましょう! あんな父親がいてはいつ夫と離縁させられるかわからない。でも、腕に覚えがあれば、どうにか暮らしていけるでしょ! 」

 

 と。そしてナタリアとクリステラは、その広い人脈を利用して、父親が妹に悪い噂のある男との結婚話を持ってくると、あちらこちらに手を回して、ことごとく破談にしていった。

 

 こうして二人の妹をどうにかまともな男に嫁がせる事が出来た。ところが、三人目の妹マリーには、今度は、正妻でなくてもいいから、なるべく高貴な身分の男性にあてがうつもりだと父親から聞かされた。

 その時、ナタリアとクリステラの中で、ほんの僅かに残っていた父親への情が完全に消え去ったという。

 

 この男は敵だ。これから先も何をやるかわからない。そして自分達にも何を要求してくるかもわからない。

 被害が自分達だけにとどまるのならまだ我慢も出来る。しかし、それが夫や子供にまで及ぶ事だけは、なんとしても阻止しなければならない。

 

 二人は他の兄弟達にも呼びかけて、皆でスクラムを組む事にした。一人では無理でも大人数で組めば、巨大な敵にも対抗出来るのではないかと。

 

 

 まるで見ていたように、ツッター子爵夫人の話をする俺に、周りの大人達は茫然自失していた。

 作り話にしても、俺の創作能力に驚いたのだろう。

 もちろん、創作ではなく事実である。妹のイズミンがずっとレッスン場で盗み聞きをしていたのだから。

 

「スウキーヤ男爵は酷い悪党なので罰せねばならないと思いますが、彼の子供達は違います。むしろ一番の被害者と言ってよいと思います。

 ですから、彼らを助けたいんです。しかし、その為には、夫達がご夫人達や義父とどのような関係なのかを知っておく必要があります。それと兄弟、特に男兄弟が父親を本当はどう思っているのかを。でないと、蟻の一穴となってしまう恐れがありますからね。

 彼女達がこちらの味方についてくれれば、スウキーヤ男爵の情報がより入ってきて対処しやすいとは思いませんか?」

 

 俺の問いかけに、周りの大人達は黙ったままだった。

 やっぱり餓鬼の言う事なんかまともに取り合ってはもらえないよな。どうするかな? このお偉いさん達を使えば早く調査ができると思ったんだが、自分でなんとかしないといけないかな?

 

 と俺がそう思った矢先、将軍が口を開いた。

 

「そんなまるで見ていたような情報をどこからどうやって入手したんだ? カスムーク氏か? それともべルーク君がマリー嬢から聞き出したのか?」

 

「ソース(source)、つまり情報源はお教えできませんね。協力者のプライバシーを守るためにも。俺は一介の学生なんで、そこまでそちらに忠誠を尽くす必要もないので。

 俺の話を信用するかどうかはそちらにお任せしますよ」

 

 俺は彼らを突き放した。そう、最初から俺は上層部の人間なんかあてにしていない。元々今日はヤオコール氏に相談しに来ただけなのだから。小者悪党の対処法や、心構えなどを。

 

「さすが聖女様ですね。全てをお見通しだ!」

 

 東の警護隊の隊長がまず、興奮気味にこう言うと、次々と俺を称賛する声があがった。

 おいおい、さっきまで俺を見下すように睨んでいたくせになんだよ!

 大体全てをお見通しなら、二人の旦那や兄弟達の関係を調べて欲しいなんて言わないよ!

 

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