44 壮大なる誤解
「殿下の側近探しって、今更ですか?」
エミストラが呆れたように尋ねた。全くだ。皇太子が成人してから既に二年も経つのに、今頃何をやっているのだ。上の人達は!
道理で皇太子殿下とエミリアが上手くいっていないのがバレバレなのに、誰も対処しない、いや出来ない筈だ。
彼らは気まずそうに俺達を見たが、やがて軍事務局のジャスター氏がこう言った。
「ほら、我が国では同期の人物を特別視というか、大切にする慣習があるでしょう? 皇家でもそれは同じで、昔から側近になる者は同じ年齢の幼馴染みが多かったのですよ。
ところが、セブイレーブ皇太子殿下の場合、同年齢のご学友が何故か不作でして。ザーグル君とバーミント君以外、皆ハズレで・・・」
「不作・・・」「ハズレ・・・」
俺とエミストラは絶句した。
「私達も大分前からその事には気付いておりまして、学校の教師、城の家庭教師、親も総動員して教育を施したのですが、持って生まれた素質というものはいかんともし難く・・・
陛下にも進言していたのですが、陛下はどちらかと言いますと、宰相閣下とは真逆の、伝統というか、慣習を重んじる方でして。なかなかご協力して頂けなくて」
凄く言いづらそうにこう言ったのは宰相補佐のアピア氏。
「しかし、最近になってスウキーヤ男爵令嬢との噂が陛下の耳にも入り、さすがにこのままじゃまずいと思われたようでして」
こう続けたのは近衛騎士団のイセデッチ氏。
俺とエミストラは顔を見合わせた。人を植物に見立てるのは失礼だとは思うが、確かにあの学年は出来が悪そうだ。
兄も昔、皇太子の側近の奴らから苛めを受けていたっけ。馬鹿真面目なところが気に食わないって。
大体昨日スウキーヤ男爵の手下に成り下がって、マリー嬢を皇太子にくっつけようとしていたのも、皇太子の元同級生達だったな。
普通いくら自分の家が没落したとはいえ、友人の事を考えたら、あんな真似できないよな。頭の出来以前に人間性に大きな問題がある。
「これは陛下の失敗である事は間違いないのだが、お前にも少しは原因があるのだぞ、ユーリ!」
いきなりココッティ将軍がとんでもない事を言い出した。何故、皇太子殿下の側近問題に俺が関係しているんだ! 兄貴ならともかく!
「はあ? 俺にどんな関係があるっていうのですか?」
あまりにも理不尽なクレームに俺は声を張り上げた。俺は、今回の事で一番の被害者だぞ! 厄介事に巻き込まれ、しかも大切な恋人を危険にさらされているというのに!
俺は不敬罪になる事も恐れずに、ココッティ将軍を睨みつけた。
しかし、将軍は平然とした顔のまま、また物凄い事を言い出した。
「陛下はいずれお前を皇太子殿下のブレインとして、最側近にするつもりでいたのだ。だから、他の連中なんてどうでもいいと考えられていたんだ。まさかお前が成人する前にこんな事が起きるとはな。全く想定外だった」
「・・・・・・・・・・」
俺は間抜けにも口をポカンと開けて将軍を見た。
「ちょっと将軍、まずいですよ。ジェイド局長とその話は成人するまでは内緒にする約束だったではありませんか!」
父の部下でもあるジャスター氏が、慌てたように言った。
「この期に及んで何を言っておる。今だってこうしてユーリの助けを必要としているからこそ、こうやって錚錚たるメンバーで駆けつけて来たのだろう?
ザーグルから、ユーリが放課後にヤオコール殿のところでへ相談に行くはずだ、と聞いて」
「それはそうですが・・・・・」
「ユーリ君を魑魅魍魎の貴族社会から守りたいという、ジェイド伯爵家、並びにカスムーク男爵の意向はよくわかりますよ。でも、今更じゃないですか? 既に上層部にはユーリ君の能力は知れ渡っているのですから。
いざとなったら、軍も騎士団も近衛も、一団となってユーリ君を守りますよ」
こう言ったのは軍隊学校の副校長のナーサン侯爵。
「冒険ギルドも総出で守るぜ。ユーリ殿は冒険者にとっても恩人だからな」
これは元トップ冒険者で、魔人から人間に戻ったジョルジオさん。孫のヤオコール氏と並んでいると、よく似ていて、まるで兄弟のようだ。
「俺は個人的に大恩があるし、大事な友人だからユーリ君を絶対に守るよ。
いざとなりゃボディーガードになってもいい。俺なら、攻撃魔法で襲ってきた奴らから守れるし、もし多少怪我したって、俺が治療してやれる」
この少し恐ろしい発言は軍医学校に通うオルソーだ。途中編入ながら猛勉強して、元番長も今じゃ学校一の優等生らしい。
「それに一般貴族だって、そうそうユーリ君には手を出せないと思いますよ。
レストー=グラリス教会及びイザーク教会はユーリ君を聖女認定していますからね。ユーリ君に手を出すという事は、即ち教会の慈悲を受けられないという事ですからね」
もっとも信じられない台詞を言ったのはグランドル伯爵。間もなく兄嫁となるアルビー嬢の父親だ。
「そもそも陛下もセブイレーブ皇太子殿下もローソナー皇子殿下も、ユーリ君を早くお側に置きたがっているのですから、もうどうしようもないでしょう!」
アピア氏のこの言葉を聞いた後、俺はとうとう限界を迎えて意識を飛ばした。
昨日からずっと想定外の事が立て続けに起こった上に、夕べ一睡もしていなかったからだ。
ごめん、べルーク! 眠っている場合じゃないのに・・・
・・・・・・・・・・
「これくらいで失神するとはまだまだ鍛え方が足りないな。これから私が特訓してやろう」
「将軍、ユーリはもう十分に鍛えてますよ。それにショックで失神したわけじゃありません。
昨日から一睡もしていないみたいなんです。家でも色々あったみたいで。それに今日これでしょ? 単なる睡眠不足と心的疲労ですよ」
エミストラが俺を庇ってくれている。友人っていいな。あっ、もう、単なる友人というより親友だろうな。昨日まで親友だったべルークは今日からは恋人だし・・・
こんな状況だというのに、呑気にこんな事を考えながら俺が目を醒ますと、もう一人、厳つい人物が増えていた。
オルソーの父親で軍医のボブソン子爵だ。
ずいぶん寝たつもりだったが、三十分程眠っていただけだった。その割に大分頭も体もスッキリした気がするが。ボブソン先生の癒し魔法のおかげだろう。
しかし、昼間寝るなら三十分前後がいいと、前世では昼食後に三十分のお昼寝タイムなるものがあった。つまり、今(もう夕方に近いが)三十分くらいの昼寝だったから余計良かったのかな? 今度また試してみよう。
「あ、目が醒めたね。気分はどうだね?」
とボブソン先生に尋ねられ、大丈夫ですと答えると、
「君は本当に侍従思いなんだね。寝言でもべルーク危ない、逃げろって、ずっと言い続けていたよ」
と言われて赤面してしまった。侍従思いではなくて恋人思いなのだが、夢の中でもべルークを心配していたとは。
いや、心配なのだ。だから、なんとしても早くこの問題を解決しないといけない。
何故か上層部の方達が、皆壮大な誤解をしているようだが、今はその方が動きやすいので、そのまま利用させて頂こう。
今一番大切なのは、悪玉のスウキーヤ男爵と、その手下どもを一網打尽して、べルークの身の安全を守る事だ。ここに集っている皆さんとは目的が違っていて、大変申し訳なく思うが・・・・・