43 次期リーダーの見極め
警護隊の北の詰所の一室で、俺達はヤオコール氏と話をした。
「べルーク君の作戦は成功したようだよ。マリー嬢と君の噂はあっという間に霧散したみたいだね。いや、むしろ君の株が上がってるよ。侍従思いの主だと。まあ、城内じゃ今更だけどね」
ヤオコール氏の最後の言葉に俺は首を捻った。
「今更とはどういう意味ですか? 俺の立場なんてどうせこれ以下には落ちないのに、何余計な事やってんだ!って事ですかね?」
すると、ヤオコール氏とエミストラは目を丸くした。そして呆れたように言った。
「前々から思ってたけどさ、ユーリ、いい加減もっと自己評価上げろよ!」
「君は聖女様で、上層部からの信頼が厚いから、そもそも最初から誰も悪くは捉えていないよ、って意味で言ったんだが」
二人の言葉に俺は片眉を上げた。人を煽てて何が目的なんだ? それに聖女様って!
「君がやる事には全て深い意味があると、上層部の連中及び、騎士や軍人達は皆思っているという事さ。
だから、皇太子殿下の手をさり気なく男爵令嬢から遠ざけたのも、すぐに察したのさ。べルーク君との事を知らなくてもね。
ただ、一般貴族達はわかっていないから、変な噂が立ったらそれを打ち消すのは容易じゃない。今回の作戦はとても有意義だったと思うよ」
えっ? 俺って、そんなに信用されてんの? マジ? 聖女だからか? うーん。未だにそう呼ばれているとは思わなかったよ。あれから三年もたつのに・・・
「あの時、俺に深い考えがあった訳じゃないんです。ただ、皇太子殿下とエミリアの間に波風がたつの避けようって、咄嗟に体が動いてしまって。
でも、まさかべルークにこんな犠牲を強いる事になるなんて、思いもしなくて。本当に悔やんでいるんです。」
俺の言葉にヤオコール氏は少し困ったような顔をした。
「この国の事を考えれば、君がとった行動はとっても重要で立派な事だったと思うが。皇家と公爵家の結びが強いことで、この小国は一つにまとまっていられるのだからね。
それに、スウキーヤ男爵の娘と皇太子殿下を近付けるのだけは絶対に駄目だ」
「黒い噂があるようですが、それは本当ですか?」
エミストラがこう尋ねると、ヤオコール氏は頷いた。
「やってる事は所詮ヤクザと変わり無いレベルだがね。しかし、皇家と関係があると噂がたっただけで、奴の株が上がって、更に被害が大きくなってしまう。
そしてそんな事になれば皇家の名にも傷が付く。何としてもそれは阻止しなければならない」
「でも、皇家との関係を作りたくてマリー嬢を皇太子殿下に接触させようとしているわけでしょう? それを邪魔するべルークは、スウキーヤ男爵にとって、排除したい存在ですよね? 危ないですよね?」
俺の質問に彼も頷いた。
「べルーク君の父親は既に引退してるとはいえ、元諜報部の凄腕だから、普通なら彼の息子には手を出さない。軍関連のジェイド家も後ろに付いているし。しかし、スウキーヤはそれほどの大物じゃなくてチンピラだ。だからこそ、何をするかわからなくて危険だね」
俺は青ざめた。なんとなく俺もそうではないかと考えていた。本当に頭がいい奴なら、皇太子の誕生日パーティーであんなまねをするはずがない。
もちろん下っ端が勝手にやったのだろうが、指示系統もしっかりしていない小者的なところが、かえってやばい!
俺がべルークの元へ行こうと腰を浮かせかけた時、ヤオコール氏がそれを制した。
「べルーク君には既にここの警護隊を数人向かわせているから大丈夫だ。君は少し、ここで打ち合わせをしていって欲しい」
「えっ?」
どういう事だ? 俺が驚いていると、ヤオコール氏が立ち上がり、部屋のドアを開けた。
すると、そこから次々と立派な体格の男達が入ってきた。
近衛騎士団の副団長に、
宰相補佐、
軍事務局の局長補佐官、
東西南北の警護隊長、
軍隊学校副校長、
そして軍事務局事務官のグランドル伯爵、
軍医学校生のオルソー=ボブソン、
ヤオコール氏の祖父で元冒険者のジョルジオ氏、
そして、なんとココッティ将軍が!
「「・・・・・」」
俺とエミストラは唖然として彼らを見た。何故こんな国の次期中枢を担うであろう面々が、とても広いとは言えないこの部屋に集結しているのだ・・・・・
案の定、ココッティ将軍が言った。
「何故もっと広い部屋を用意しなかったんだ」
「この部屋が一番盗聴されにくいんですよ」
北の警護隊長が答えた。
「大体将軍はジェイド局長と一緒に待機している予定だったのに、何故こちらにいらしたのですか? 余計部屋が狭くなったではないですか」
歯に衣着せない物言いをして苦情を言ったのは、父の直属の部下で軍事務局事長補佐官のジャスター氏だった。
すると、将軍はこう言った。
「ここに居る者達は、ユーリが作戦を立案し、仕切っている様をじかに見ておるのだろう?
私はユーリを赤ん坊の時から知っているし、優秀だという事もわかっている。何せ我が家の最大の難局を回避してくれたのだからな。
しかし、残念な事にその現場を実際には見ておらんのだよ。悔しいじゃないか!」
何言ってんだ、おじさん!(家族ぐるみの付き合いなので、普段はそう呼んでいる)
ココッティ家の護衛犬騒動を解決したのは、俺じゃなくて、貴方の娘のサンエットでしょ。俺はテキトーな事言っただけ。
「目の前でその能力を見たら、余計に悔しくなるだけでしょうに。 義息子の選択を誤ったって」
小さな声でジャスター氏が呟くのを聞いたエミストラが、思わず噴いた。
選択の誤りとはセブオンの事か? 兄としては複雑な気分だが、自惚れではなくあいつよりはまあ、俺の方がまだましだなとは思う。
しかし、俺にはべルークという大切な恋人がいるので、間違っても将軍の息子にはなり得ないが。
「実は、スウキーヤ男爵が皇太子殿下に接触したがっているという情報は、前々からあがっていたのです。ですから騎士団の方へは調査を依頼していたのですよ」
と、宰相補佐のアピア氏がまずこう言った。彼はアピア侯爵家の二男であるが、実力主義者の叔父であるイオヌーン宰相によって抜擢され、三十代前半でこの要職に就いている切れ者だ。
「それで騎士団の方では、警護隊が男爵の悪事の実態調査を、近衛の方が、男爵とマリー嬢の素行調査をして繋がりのある関係者を調べていました。しかしまさかこんなに早く行動を起こすとは、予想外でした」
アピア氏に次いでこう言ったのは、もちろん近衛騎士団の副団長のイセデッチ氏。イセデッチ公爵の三男だ。金髪碧眼、長身痩躯の隠れマッチョのイケメンで、皇太子と並んで王城では人気が高い。
俺なんかに丁寧な言葉遣いで話すのは止めてほしい。
「よりにもよって皇太子の誕生日パーティーで事を起こそうするなんて、普通思いますか? あんな公然の場で?」
とイセデッチ氏。だから、
「思いませんよね、まともな頭の連中なら。すみません、その中にうちの弟も混じってまして・・・」
俺が申し訳なくなってこう謝ると、弟の婚約者の父親であるココッティ将軍も苦虫をかみ潰したような顔をしたので、彼にも本当に平身低頭土下座したい気持ちになった。あんな操縦不能な弟を押し付けてしまって。
「まあこれで、こちらが炙り出すまでもなく、城内での男爵の関係者が簡単にわかったので、こちらとしては助かったのですが。
ああ、大丈夫ですよ。弟君が彼らの仲間だとは思ってはいませんから」
イセデッチ氏の言葉に、俺は一応安心した。すると、アピア氏はため息をつきながらこう言った。
「そもそも昨日の皇太子殿下の誕生日パーティーは、殿下の側近として将来誰が相応しいかを見極める事を目的にしていたのです。ですから、会場は若手中心に人を配置していたので、対処能力がいつもより低下していたのが徒となりましたね」
と。




