42 英雄達の居場所
俺とエミストラが向かった先は、首都スコーリアを守る東西南北にある警護隊の内の一つ、北の詰所だ。
俺はそこにいる、ヤオコールという名の騎士に用があった。
彼は以前は城の地下牢で魔人の看守をしていた騎士だ。ほら、俺達を魔人達の所へ案内しようとして、歩みを止めた俺達に、何しにここへ来たんだ!とどなった奴だ。
彼は今、警護隊に異動となり、北の詰所に所属されているのである。
「ランチが奢りになったくらいじゃ割が合わない。説明無しに人を利用しやがって」
エミストラがブツブツ文句を言いながら隣を歩いている。道すがら俺はエミストラに、今日のランチタイムの説明をしたのである。
もちろん、べルークとの仲についてはまだ話はしていない。まあ、いずれ彼には話そうと思ってはいるが。
「確かにおかしいとは思ったよ。君一筋だったべルークがいくら恋したからって、急に君の事放ったらかしにして、あんなに女の子とイチャイチャしてるなんてさ」
エミストラはあり得ないものを見た、って表情でべルークとマリー嬢を見つめていた。それくらいインパクトがあったのだろう。
それがやらせだとわかっていた俺でさえ、衝撃的だったのだから。
他人からは当然だと思われていた俺とべルークのペア。それなのに、当の俺自身がその当たり前の重要性に気付いていなかった。
べルークから離れると言われて、初めて俺は動揺したのだ。この世の中、努力をしない『当たり前』などあり得ないのに。
べルークが俺以外の人物と二人きりで楽しげに食事をしている。それは信じられない、許しがたい光景だった。
べルークは俺のものだ。俺だけの。ああ、俺がサンエットの所へ遊びに行っていた時、べルークは今の俺のような思いをしていたんだな、ずっと。
だから、あんなに護衛犬が怖くても、俺と一緒に居たがっていたんだな。今頃べルークの心情がわかって、可哀想な事をしたと胸が痛んだ。
「どんなに嫉妬して辛かったか、思い知らせてあげますよ」
と、今朝べルークは言った。べルークにしては珍しいきつい言葉だったので驚いたのだが、そう言いたくなった気持ちが、俺は今ようやくわかったのだ。
早く今回の事を解決して、べルークとマリー嬢の三文芝居を、さっさと終わらせなければならない。
これが嘘から出た実なんて事になったら、俺は発狂する!
北の詰所に着くと、運良くヤオコール氏は勤務中だった。
俺達を見ると、ヤオコール氏は久しぶり!とにこやかに笑った。
元々父親とヤオコール氏は同僚だったので、エミストラは彼とは顔見知りではあった。しかし、三年前の癒しの魔剣の事件以来、俺とべルークもヤオコール氏と親しく付き合っている。
何故親しくなったのかというと、あの魔人の中に、なんとヤオコール氏の祖父がいたからである。
ヤオコール氏の母方の祖父は有名な冒険者だったが、遠征先で突然姿を消してしまった。家族も仲間達もみんな魔物に殺されてしまったのだと思っていた。
それが、五十年後に家に帰ってきたのである。そう、失踪当時の容姿のままで。
まるで前世の『浦島太郎』のような話だ。浦島太郎は知り合いが誰もいなくなった事を悲しみ、玉手箱を開けて自ら年寄りになったが、ヤオコール氏の祖父ジョルジオは、さすが冒険者、自分の体験を楽しんでいたらしい。
自分の親のような息子や娘を見て大笑いし、孫達にもまるで最初から、長年の友人のように接してきたという。
ただ、さすがに妻の死にはかなりショックを受け、一週間以上墓の前に座り続けたという。
『夫の死んだところは誰も見ていないし、もちろん遺品もない。夫は絶対に帰って来る! 』
ジョルジオの妻はそう言って、いくら周りから批判されようと夫の葬式をあげず、墓も造らず、まだ二十代で若かったにもかかわず再婚もしないで、女手一つで子供達を育てあげたのだそうだ。
この話を聞いた時、べルークが号泣していたのを思い出す。
結局彼女は正しかった。しかし、彼女はそれを知らずに亡くなってしまった。
「でも、こう言ってはなんだが、祖母は亡くなっていて良かったと思うんだ。
だって、祖母が生きていたとしても八十に近い年になっていたんだ。自分の孫とそう変わらない夫を見て、どう思っただろう? 可哀想過ぎるよ。
まだ若かった頃の自分の姿だけを夫に覚えていてもらった方が、祖母は嬉しいんじゃないかなって」
あの時ヤオコール氏はこう言っていた。蛮人かと思っていた騎士の言葉に、案外繊細な神経を持っているんだな、と俺は意外に感じた。
そしてこんな事になったのは、自分の家のせいですとエミストラが頭を下げると、
「とんでもない、君が謝る必要は無い」
そう言って慌てている様子を見て、ああ、この人は悪い人じゃないんだなと俺は思った。
そしてヤオコール氏の方も、父親とは違って、真摯な態度のエミストラを気に入ったようだ。そして俺の事も。
まあ、俺がアルビーと共に癒しの魔剣に力を与え、その結果彼の祖父を元に戻したからなのだが、それだけじゃ無い。
通称『英雄の館』と呼ばれている施設をつくるようにと、俺が進言した事に感銘をうけてくれたらしい。
魔人から人間に戻った人達は全部で七十人ほどいた。全員魔人化する前の姿に戻ったので、三十歳前後の年齢ぐらいの人達が多かった。
しかし、実年齢は四十歳くらいから八十歳くらいまで幅が広く、社会復帰できるかどうか、かなり個人差があるように思えた。しかも家族が既に生存していない為に、彼らをフォローしてくれる者が全くいない人も多くいた。
魔人化した人達は皆、国の為に長年に渡り戦った英雄達ばかりだ。その彼らを何十年にも渡って苦しめ、放置してきたのは国の責任である。
それなのに、彼らをただ単に解放しただけでは、無責任だ。何故なら英雄達にも、市井の人々にも混乱を来す事は明白だからである。
故に、彼ら英雄達をそのまま放り出すのではなく、彼らが全員現代の社会で暮らせるように、つまり適応出来るように、国が責任を負うべきだ、と俺は主張したのだ。
何故そんな偉そうな事を提案したのかというと、褒美に何でも欲しいモノをくれるというから。
俺は物はいらないが、箱物を造って、そこを英雄達の仮住宅にして欲しい、と願ったのだ。
そして、そこで個人個人に合ったカリキュラムを作製し、彼らの心と頭のリハビリをしてから、彼らを社会復帰させて欲しいと要望したのだ。
だって、それくらい国がするのは当たり前だろ?
まあこの事で、ヤオコール氏はえらく俺を気に入ってくれたのである。それで、あれ以降、彼の祖父ジョルジオさん共々、親しくさせて貰っている訳だ。
彼らの冒険談や事件簿は聞いていて楽しいし、生きて行く上で大変役に立つものだった。
今回の訪問も、そんな情報通な彼に相談というか、頼みがあったのだ。
「前触れもなく突然来るなんて、今日はどうしたんだい? 何か緊急の用かい?」
ヤオコール氏が言った。
警護隊の勤務体制は三交代だから、普段なら前触れの使者で、彼の都合を尋ねてから訪問していたからだ。
「はい。実はお願いしたい事がありまして・・・」
俺がこう言うと、ヤオコール氏はやっぱりというように頷きながら、こう言った。
「スウキーヤ男爵について聞きたいんだろう?」
俺とエミストラは仰天した。何故わかるんだ!
すると、ヤオコール氏はニヤッとした。
「昨日の皇太子殿下の誕生日パーティーの一件を小耳にはさんだので、もしやと思ってね。」
噂! 噂って恐ろしい!!
俺とエミストラは噂の威力に、改めて驚いたのだった。