41 噂の作り方
学校に着いて、俺とべルークはなんというか、照れ臭くてどう振る舞っていいのかわからなかった。
ようやく想い人と両思いとわかったのだから、手を握りたかったし、キスもしたかったが、朝っぱらからそんな事をする訳にはいかない。いやいや、そもそも学校でそんな真似はできないのだが。
それに、そんな悠長な事を言っている場合ではない事も百も承知だ。
べルークのクラスの前で俺は、べルークの耳元にこう囁いた。
「ちゃんと振りだという事を理解させろ! 間違っても勘違いさせるなよ! わかったな!」
べルークは頬を少し赤らめて頷いたが、その顔がまずいんだ。
昨日べルークは俺を「たらし」だと言ったが、その言葉をそっくりそのまま返してやりたい。
お前が頬を染めただけで、道端の犬(べルークは苦手にしているが)だって惚れるぞ。それくらいの威力がある。わかってるのか?
おれは離れ難い思いを必死に抑え込んで、自分のクラスへ向かった。
授業が始まる少し前に、エミストラが教室に入ってきて、ニヤニヤしながら俺に言った。
「ユーリ、君さ、あのマリー男爵令嬢とお付き合いしてるんだって?」
今朝から何度この質問を受けただろう。さすがに俺もうんざりしながら、友人を見た。
大体、エミストラだってあの場にいたのだから、状況はわかっているだろう。そう、からかって楽しんでいるだけだ。
普段の俺なら、軽くそのノリに乗っかるところだが、今日はその気分じゃない。しかし、それでも無理矢理テンションを上げて言った。
「そんな事ある訳ないだろ。俺が、年上の姉御肌がタイプなのを知ってるだろ? 甘えたで、駄目駄目の俺を可愛がってくれる人が好みなの。
それに、彼女に対しても失礼だぜ。あんなかわいい娘が、俺なんか好みのはずがないじゃないか」
大概の奴らは俺のこの台詞に納得していたが、長い付き合いのエミストラには通じなかったようだ。疑いの目でおれを見ると、俺の耳元で、
「後で詳しい話はしてもらうぜ」
と言ってから、俺の後ろの席に着いた。
それにしても、何故こうもみんな噂話が好きなんだろう。
しかも広まるのが早過ぎる。この世界テレビもラジオもネットも、そして電話もスマホもないのに・・・
イズミンの言った通りだった。対策を考えずにのそのそしていたら、えらいことになってた!
もっとも夕べ俺がもっと冷静でいられたら、べルークを使わない方法を思いつけただろうに。くそっ!
ニ時限目の授業の後、エミストラが俺の背中を突付いたので、俺はアイコンタクトで昼休みに!と合図を送った。
昼食の時間になり、俺とエミストラは校舎の最上階にあるカフェレストランへ向かった。
いつもなら、ここの一番奥の人気のない壁際の席に、べルークも加えて三人でランチをする。しかし、今日はべルークが一足早くマリー男爵令嬢と、窓際の一等席に二人で腰を下ろして、もう既に食事を始めていた。
エミストラは他の奴ら同様、唖然としてその様子を見ていた。だから俺がエミストラと自分の分のランチの乗ったプレートを持って、エミストラに顎で席へと促した。
ここにいる連中は、みんなべルークとマリー嬢に意識を向けている。
今までどんなに誘惑されても、全く靡かないどころか関心を示さなかったべルークが、よりにもよって最近何かと話題になっている、いわく付きの男爵令嬢と楽しそうに話をしている。しかもランチを共にしているのだ。そりゃみんな注目するわな。
男女二人きりでランチの席を一緒にするという事は、自分達は婚約者とか恋人だという意思表示だ。
席に着くと、俺は急いでプレートに盛られたスペシャルランチを口に放り込んだ。普段なら早食いすると消化に悪いとべルークに注意されるので、意図的にゆっくりとよく咀嚼して食べている。
胃がキリキリ痛んでいる今日のような日なら、尚さらゆっくり食べるべきだろう。そう頭では考えるが、とてもじゃないが今はそんな余裕はない。
目の端ににこやかに微笑み合っているべルークとマリー嬢が見えて、イライラして心も体も落ち着かない。
俺が食べ終わった頃、ようやくエミストラがテーブルに向き直った。
「早く食えよ。時間なくなるぜ」
「あれ、何だよ? なんでべルークがマリー嬢とランチしてんのさ」
エミストラが眉間に皺を作って言った。
「なんでって、彼女と付き合う事になったからだろう? 」
「は? 付き合う? あのべルークがか? 君の事放っておいて? まさか・・・」
俺の期待通りにエミストラは大声でこう言ったので、周りの視線が一斉にこちらに向けられた。
あの目立つ席に二人が座っているということは、べルークが提案した恋人の振りをするという事に、マリー嬢が応じたという合図だ。
「マリー嬢がこの学校に入る前から二人は知り合いだったんだよ。それで最近付き合い始めたんだ。
それなのに、それを知らない奴らが、昨日勝手に皇太子殿下のファーストダンスの相手にしようって、無理矢理マリー嬢を引っ張りだしたんだよ」
と俺は、二人がさも前々からこっそりと付き合っていたかのように話を作った。自分で喋りながら、酷くむかついた。
しかし、俺の演技ではない素の表情が、かえって信憑性を高めたらしく、エミストラが頷きながらこう言った。
「なるほど。だから君は殿下がマリー嬢の手をとろうとしたのを阻止したのか。べルークの立場じゃ止めさせたくても出来ないもんな。それに比べて君なら殿下と懇意にしてるから、大事にならずに済むし。それにしても、君は本当に侍従思いだな。」
エミストラは実にいい仕事をしてくれた。昨日の俺の行動が、侍従の為にした事だと、周りの人間達に思わせてくれた。
しかも、俺が皇太子殿下と親しい事まで喋ってくれた。こちらの方も、あっという間に噂になって広まるに違いない。
エミストラの今日のスペシャルランチは俺の奢りにしよう!
これであの、没落貴族の取り巻きどもも、焦って何か行動を起こしてくるに違いない。
俺が皇太子殿下と親しい関係だという事を知っている者は、一部の人間しかいない。まぁ、婚約者であるエミリアの従弟だという事は知られてはいるだろうが。
皇太子殿下と少しでも話した事のある者は、得意げにそれを自慢する。殿下と話が出来る自分は偉いんだぞ、選ばれし者なんだ、とばかりに。
しかし、俺はそんな恥ずかしい真似をした事はない。だいたい、そんな虎の威を借りたって、中身がなきゃ意味はないじゃないか・・・なんて青臭い事を思っていたが、今回の事はそもそも皇太子のうっかりが大元なんだから、その威を借りたってバチは当たらないだろう。
授業が終わって、一階のエントランスに向かうと、べルークとマリー嬢が付き合っている、という話は既に公然の秘密になっていた。
しかもその二人のために俺が皇太子に立ち向かったという、英雄伝説まで出来上がっていた。
多分この噂はすぐに王城にも広まるだろう。しかし今朝、御者に兄宛の手紙を届けてもらったから、多分、噂が広まる前に、皇太子の方には事情説明が出来るだろう。そして対策も。
とりあえず俺は、一つ罠は仕掛けたので、次の大きな罠を仕掛ける為に、エミストラと共に城下へと向かった。
三年前に知り会った、ある一人の騎士に会うために。




