40 繋がった想い
ようやく、ユーリとべルークが自分の心に正直になります。
同性愛が嫌いな方は避けて下さい。
ただし、直接的表現はありません。
「昨日お前は、俺の役に立つ事が侍従としての一番の幸せだと言ったな? では、個人としての幸せは何なんだ?」
俺の問いにべルークは答えない。少しだけ待ったが答えるつもりはなさそうだ。
だから俺は言葉を続けた。
「俺はお前が好きだ。しかし、主としてならともかく、個人として同性にそんな事を言われても困るというのなら、お前に俺の気持ちを強制するつもりはない。
ただ、侍従として、今まで通り傍にいて欲しい。俺はもう、お前がいないと駄目なんだ」
「ユーリ様?」
べルークは酷く戸惑っていた。目が彷徨い、焦点があっていない。
そりゃそうだろう。
今までいくら仲が良かったとはいえ、俺の事はただの幼馴染み、親友、主だと思っていたのだろうから。それをいきなり好きだと言われりゃ驚くだろう。しかも同性の男に。
「お前がマリー嬢と恋人になりたいというのなら、それを邪魔したりしない。ただ申し訳ないが、俺のお前に対する気持ちは変わらない。それに、お前に危険が及ばないように、俺は全力でお前を守る。どんなに疎まれようと」
俺は今まで言えなかった事を次々と口にした。やけっぱちという訳でもなかったが、後で後悔するよりも、正直に全てを言いきって玉砕した方が、まだマシのような気がしたのだ。
何故もっと早く言わなかったのだろう? たかをくくっていたのか? べルークが俺以外を好きになるはずがないって。
いや、違う。ただただ怖かったのだ。気持ち悪いと思われ、避けられるのが・・・
でも、たとえ気持ちを隠していても、結局俺から離れようとするのなら、いっそ正直に話し、その上で仕事と割り切って傍にいてもらった方がましだ。
「ユーリ様は、その、同性の方がお好きなのですか?」
べルークが苦悩の表情をして、こう尋ねてきたので、俺は頭を捻ってからこう答えた。
「さあ、どうだろう? わからないな。初恋の相手はお前で、お前以外は好きになった事がないからな。
ただ、お前以外の男を見て欲情した覚えはない。女の人になら、恋愛感情無しの欲望を持った事はあるが・・・」
「女性に欲望を持った事あるんですか!」
べルークが目を釣り上げたので、俺は不思議に思ってこう尋ねた。
「男の生理現象なんだ。あるに決まってるだろう。お前だってあるだろう? 胸を大きく開いたドレスの女性を見た時や、うなじなんか見た時に」
べルークは俯いて、自分は無いと小さな声で呟いた後で、こう尋ねてきた。
「ユーリ様はいつ僕を好きになって下さったのですか?」
「七つか八つの頃から」
「それはジュリエッタを助けて下さった時ですか?
ジュリエッタとそっくりだったから僕の事も好きになって下さったのですか?」
「いや、それは違う。ジュリエッタを助けた時は一瞬だったんで、俺、彼女の顔をよく見てなかったんだ。
セブオンの事件が起きた後に、ジュリエッタの誘拐の話を聞いて、ようやく彼女を思い出したくらいなんだから。何故そんな事を聞くんだ?」
そういや、ジュリエッタの所へ一緒に行こうと言ったのに、まだ行けてない。俺がジュリエッタに手を出すのではないかと、避けられているのか? それなら心外だ。
「何度でも言うが、俺はお前が好きなんだ。性別も顔形も関係なく、お前自身が、お前の魂が好きなの!」
俺が声を荒げると、べルークは涙をぽろぽろとこぼした。
そんなに俺の事が嫌なのか? そう思った瞬間、べルークは俺に抱きついた。
「僕も、僕も、ずっとユーリ様の事が好きです。初めて助けて頂いた時からずっと・・・」
「えっ? えっ? えっ?」
思いがけない展開に俺は驚いた。べルークが俺を好き? しかもそんな昔から?
初対面の頃から両思いだったというのか? なんてこった!!
俺はパニクったが、それでも予想外の事に嬉しくなって、べルークを思いきり強く抱きしめた。
べルークからは優しくて少し甘い匂いがした。我が屋敷で使っている薔薇石鹸の香りだ。
それにしても信じられない。
我が国一の美人。学校一の人気者でモテ男のべルークが、この平凡男を好いてくれているなんて。しかも八年も前から・・・
もしかして、まだ幼かった時に起こったあのセブオンの件が、俺の事を自分を守ってくれる者として、べルークに刷り込ませたのか?
とにかくべルークが俺を好きだとわかった以上、絶対に手放すものか!
「両思いだってわかったんだから、夕べの件は無しって事でいいんだな?」
「夕べの件?」
「だから、マリー嬢の恋人の振りをするって事だよ。
俺の役に立ちたいからって言ってたけど、もう、そんな必要はないってわかっただろう?
むしろ、俺の気持ち考えるなら、誰かの恋人の振りなんか、お前には絶対にして欲しくない!」
俺はべルークを更に強く抱きしめながら言った。二人が微笑み合う姿を想像した途端、夕べ以上に嫉妬心が沸き起こった。そして今まで味わった事のない恐怖心も。
もし、べルークが俺以外の人を好きになってしまったら・・・
もし、べルークが面倒事に巻き込まれて、危険な目に合ったりしたら・・・
「それは僕も同じです。ユーリ様とマリー嬢が恋人だなんて噂が流れる事になったら、我慢できません」
嫉妬? べルークが俺の事で嫉妬してくれるのか? 俺が喜んだ事に気付いたべルークが、俺の胸を両手で押して少し距離をとると、俺を睨んだ。
「僕が今まで、どれほどユーリ様のせいで嫉妬に苦しんできたか、ご存知ないでしょう? それを今回思い知らせてやりますよ」
嫉妬? 俺の事で? 何で? 言われた意味がわからず、首を捻っていると、べルークは言った。
「本当にイズミン様のおっしゃっていた通りですね。ユーリ様はとにかく鈍いから、ハッキリ口にしないとわからないって! 」
べルークは今までどれほど嫉妬し続けてきたかを、物凄い早口で語った。
俺がべルークを残して、サンエットの屋敷にこっそり通っていた時・・・
俺とアルビーとの結婚話が出た時、
俺が従姉妹のミニストーアと仲良くしていた時・・・
俺が人助けをして、その相手から熱い眼差しを向けられていた時・・・
俺に度々届けられる恋文を手にし、中身をこっそり読んでいた時・・・
俺にイズミンがべったりと貼り付いていた時・・・
俺は瞠目してべルークを見つめた。
父親であるカスムーク氏同様、いつも冷静沈着だったべルークが、俺の周りにいるただの友人や顔なじみにまで、まさかそれほど嫉妬をしていたとは!
しかも俺の実の妹にまで。そういや、イズミンは、わかりやすくべルークを苛めていたが、あれも嫉妬だったのか! そうか、二人は俺の事で牽制し合っていたのか!
確かに俺は、自分が思うよりもずっと鈍いのかもしれない。
「ごめん、気付かなくて。でも、そのお返しとばかりに、マリー嬢と恋人の振りをするのだけはやめてくれないか。スウキーヤ男爵は本当に危ない奴なんだ」
俺はべルークに懇願した。しかし、べルークは珍しく俺の願いを却下した。
「ご心配をおかけするのは申し訳ないと思いますが、今回ばかりは僕の自由にやらせて下さい。
ユーリ様に悪い噂を立てられるのは絶対に嫌ですし、マリー嬢の事も助けてやりたいのです。友人ですから。
それに、ユーリ様なら、また僕を助けて下さるでしょう? いつものように陰からそっと」
べルークはそれこそ天使、いや、女神のように美しく微笑んだのだった。




