39 ロゼリア
ユーリとべルークの関係にイライラしていた皆様、ようやく一歩前進します!
カスムーク夫人の葬儀は、イザーク教会で行われた。
カスムーク子爵の人柄や、彼の執事及びかつての軍での活躍ぶりのためか、多くの人々が参列した。
その中には俺の知っている顔も大分あった。
ココッティ将軍一家、
グランドル伯爵、
サンティア子爵一家、
ドラドッド子爵一家、
ボブソン子爵とその父君、
そして、
ガストン侯爵、
イオヌーン公爵一家・・・
参列者のほとんどが、カスムーク家の事情を知っていたので、皆沈痛な面持ちをしていた。
俺は初めてカスムーク夫人、べルークの母親の顔を見た。ようやく会えた。
噂通り、本当に美しい人で、べルークによく似ていた。まるでそこでまだ寝ているかのように、棺の中に収まっていた。
俺は胸の上で組まれた彼女の両手にそっと触れて、心の中でこう誓った。
『べルークは、俺が絶対に守り抜きます。そして、絶対に幸せにします』と。
俺はカスムーク家の人間ではなかったが、ずっとべルークの傍から離れなかった。誰に何を言われても構わないと思った。
そして兄もまた、バーミントの傍に、父もカスムーク氏の傍らに寄り添い、時に肩に手をやっていた。
母は娘を亡くした、カスムーク夫人の母親である元辺境伯夫人を慰め、姉は婚約者と共に、義伯母を亡くした自分の侍従に話しかけていた。
いつもは傍若無人の弟もさすがにおとなしく、控えめにしていた。彼はカスムーク氏の事情を知らされていなかったので、珍しく神妙な顔つきをしていた。かつて自分がべルークにした事が、どれほど罪深い事だったのかをようやく悟ったようだった。
妹は目を真っ赤にして、式の最中ずっと泣きっぱなしだった。いつもの計算づくのピンクモンスターではなかった。本当に心から悲しんでいた。
棺の中に美しい花々が入れられ、夫人の美しい顔以外を埋め尽くした。
カスムーク氏が最後に、彼女によく似合いそうな明るい赤い薔薇の花を、彼女の胸元の辺りに置いた。そうして、こうつぶやいた。
「今まで一緒にいてくれてありがとう。昔も今も、そしてこれからも君を愛している。
天で少し休んだら、また私や子供達を見守って欲しい。頼むよ、ロゼリア・・・・・」
カスムーク氏の肩が震え、それを両脇の息子達が支えた。
俺はカスムーク氏の泣き顔を初めて見たのだった。
葬儀告別式は滞りなく進み、追悼の為のレクイエムを合唱隊が歌い出した。普段はアルビーがこの隊のリーダーとして歌っていたのだが、今日は参列者の側だった。
それでもアルビーはいつものように心を込めて歌った。どこまでも澄み渡り、その美しく優しい調べで。
間違いなく死者の魂を慰め、称え、天へと導いてくれると感じる声で。
そして、俺も歌った。
祖母や祖父の時は、それが約束だったから、涙をこぼしながら必死で口元を手で押さえて歌った。
しかし、今回ばかりは、俺は自分の歌声を隠そうとはしなかった。
祖母は言った。一緒にいたいと思えるほど大切な人ができて、その人が悲しんでいたら歌ってあげなさいと。だから・・・・・
人が羨むほどの美貌だったゆえに、幼い頃から多くの人間の欲望の対象となった。理不尽で恐ろしい目にあったために、人間不信となった少女時代。
彼女を全力で守ってくれる青年とめぐり逢い、身分の差を乗り越え、勇気を振り絞って、自ら青年の元に飛び込んだ。
愛する息子を授かり、夫と共に幸せいっぱいの日々。
やがて次の子供を授かって、双子だとわかって喜んだのも束の間、難産で命がけで出産したものの、体調を崩して、愛する三人の子供とも離れ離れになってしまった。
体調が少し回復し、長男を呼び戻し、親子五人で穏やかに暮らせると思った矢先、娘が誘拐されかかってしまった。
運よく、通りすがりの少年に娘は助けられ、事なきを得たが、これから先も同じような事が起きるかもしれない。自分と同じように恐ろしい目にあい続けるかもしれない。
彼女は娘の未来に恐怖と絶望を抱いた。それが、封印していた辛く恐ろしい過去の記憶を呼び覚まし、彼女は正気を失った。
それでも彼女は夫と長男との幸せな記憶だけはなんとか持ち続けた。それゆえ、なんとか生き延びてこれた。
それでもとうとう彼女の命が終わりかけた時、どこからか歌が聞こえてきた。それは今まで聞いた事のない、澄んだ、優しい、慈愛のこもった歌声だった。
もう、何も心配することはない。
・・・貴女は愛されている。そして、貴女の愛した子供達も貴女のように愛されている。だから、もう何も心配する事はない・・・
彼女は暗闇から明るい場所に戻ってきた。目の前には愛する夫と子供達がいた。
優しい歌声は教えてくれた。彼らは自分をずっと愛し、戻ってくるのを待っていてくれた。そして、暗い場所にいた時も、自分も彼らを愛していたのだと。
彼女は正直にその気持ちを伝えた。自分は幸せだったと。
そして子供達に言った。
「未来を恐れないでいい。なぜなら、あなた達は愛されているから。
あなた達はきっと幸せになれる。私もこれからずっと傍にいて、あなた達の幸せを祈っているわ」
べルークが語った、彼女の最後の様子が瞼の裏に浮かんだ。
ロゼリア=カスムークという女性は、決して可哀想な人なんかじゃない。彼女は夫と子供達を愛し、愛されて精一杯生き抜いたのだ。そして、死んでもなお、愛する人達を守ろうと願う、優しくて強くて、崇高な精神の持ち主だった。
俺は、彼女の魂が安らかに天へ召されるように、心を込めて歌った。
俺とアルビー、そして聖歌隊の歌が一つになって、教会の中に響き渡り、やがてそれが天へと昇っていくのを俺は確かに感じた。
式が終わった後、俺はべルークにこう言った。
「今日、ジュリエッタが参列できなくて残念だったね。でも、彼女の心はここに居たと思う。君達の傍に、母君とは違うオーラを感じたんだ。
彼女がこちらにこれないのなら、今度一緒に会いに行こう」
べルークは酷く驚いた顔をした。しかし、その後、また泣きそうな顔をして頷いたのだった。
・・・・・・・・・・
セブイレーブ皇太子殿下の誕生日だった昨日は、本当に長い長い一日だった。
俺は心も体もすっかり疲れ果てた。そしてそのために、かえってほとんど眠れずに朝を迎えた。
それでも、そんなほとんど回らなくなった頭でも、俺はある事を決めていた。
いつも通り朝食をとり、身支度を整え、セブオンより一足早く屋敷を出て学校へ向かう馬車に乗り込んだ。
馬車が走り出すと、べルークが夕べの手紙の件を謝ってきたが、最初のうち、それが何の事かわからなかった。
「ですから、ユーリ様宛のお手紙をお見せもせず開封し、内容を読み、しかも勝手にお返事を出した事です。あれはイズミン様の命ではなく僕が・・・」
俺はべルークの言葉を途中で遮った。夕べのイズミンのように。
「その事なら別に問題はない。気にする必要もない」
「えっ?」
「主の手紙を開封し、内容を確認してそれに対処するのは執事や侍従の仕事だろ? 何も問題はないよ。ただ、これからは、差出人の名前と簡単な内容くらいは報告して欲しいが」
確かに生前の世界だったら、例え夫婦であろうと封筒の開封は法令違反だったし、スマホの中身を勝手にみたらマナー違反だったろうが。
べルークは驚いた顔で俺を見たので、俺はこう続けた。
「謝るのは別の事だろう?」
「別?」
「俺の侍従を辞めると言った事だ。例え本気じゃなかったとしても、今後そんな事を言うのは許さない。
二年前、俺はお前の傍にずっと居ると言っただろう? 忘れたとは言わせないぞ。俺は、お前を絶対に手離さない」
「ユーリ様・・・・・」
べルークは薄水色の美しい目を大きく見開いて俺を見た。
できれば、応援よろしくお願いします。励みになりますので。
ようやく題名の、『悪役令嬢と駄目皇太子の破滅フラグの阻止に尽力』し始めるのですが、ここまで長かったです。本当は何章か投稿した後、この題名にした事後悔しました(笑)
題名って難しいですね・・・