34 過去の経歴
俺はべルークをかわいがりたい、甘やかしたい、世話を焼きたいという欲求を、十歳の時に生まれた妹のイズミンへ向けた。
祖母の生まれ変わりのようなピンク髪の妹は、本当に愛らしく可愛らしかった。
ただ、妹の誕生とともに俺は前世の記憶を取り戻したので、世話を焼き過ぎたり、面倒を見過ぎると相手にとってよくない、という事も自覚していた。
だがら、世話を焼くといってもほどほどにはしていた。
二年ほどで家には戻ってきたが、弟のセブオンが矯正施設へ入らざるを得ない状況にしてしまったのも、俺が庇い過ぎたせいも一因だったかもしれないし。
そして、俺はべルークの世話は焼けなかったが、べルークを好きだ、守りたいという気持ちは全く変わらなかった。
故に俺はべルークの為に真逆の自分を演じるようになっていった。
自分一人じゃ何も出来ない、情けない奴。それに撤するようになった。そうでもしないと、相変わらずべルークにかまいたくなるからだ。
べルークも俺を世話する事に喜びを感じているようだったので、まあ、仕方ないかなと。
でも、去年、一度カスムーク氏に相談した事がある。
昔、べルークのパートナーになって欲しいと言われたが、このままだと俺だけが駄目人間になっていく一方だが、これでいいものかと。
俺とカスムーク氏は人前では素っ気ない素振りをしていたが、実際は結構親密な間柄だった。
それは互いの秘密を共有しているからというだけではなく、そこには確かな信頼関係があった。
俺は単なる執事としてではなく、一人の人間としてカスムーク氏が好きだったし、尊敬していたし、信頼していた。
カスムーク氏は少し困ったような顔をした。
俺にはべルークのためにあまり手をかけるなと注意したくせに、べルークには徹底的に俺の世話をするように、そう自分が仕向けたからだろう。
「すみません。私のせいですよね。べルークを一人前の侍従にしようと、厳しく指導した結果こうなったわけですから。
ですが、私はユーリ様を信じているのでこの状況を放置してきたんですよ。
貴方はべルークに世話をして貰っているというより、仕方なくして貰っている事はわかっておりますので。
それに、貴方が周りの方々から、少々駄目だと思われている方が、丁度良いと旦那様も私も思っておりましたので」
カスムークのこの言葉に俺は驚いた。駄目に思われた方がいいとはどういう意味だ?
しかも親父まで。普通は自分の息子を少しでも良く思われたいと願うもんだろう?
さすがに俺がムッとした顔をすると、カスムークは苦笑いをした。
「誤解しないで下さい。
貴方が有能過ぎて、ありのままでいたら、目立ち過ぎるというか、目をつけられそうで怖いのですよ。旦那様も私も」
「有能? 魔力持ちの事? えっ、親父、俺の魔力の事に気付いてるの? カスムークさん、話したの?」
俺は更に驚いた。どうしよう。ばれたんじゃ、軍の実務部隊に入れられちまう!
俺が酷く焦ってあたふたし始めると、カスムークさんはやれやれといった顔をした。
「私がユーリ様との約束を破るわけがないでしょう。話していませんよ。それに、もし貴方の魔力持ちを知ったら、それこそ旦那様は卒倒しますよ」
「?」
「べルークだけではなく、ユーリ様もそろそろご自分の能力と向きあいましょうよ。」
自分の能力?
「七年前のセブオン様の事件の頃から、私はユーリ様の並外れた能力には、もちろん気付いておりましたよ。
ジュリエッタとべルークを危機から救い出して下さった事、べルークが精神的に追い詰められた時に、癒しの歌で立ち直らせてくださった事。私への例の指示の件、そして・・・・」
カスムーク氏が言うには、俺の状況処理能力が飛び抜けているのだというのだ。
つまりするどい観察力で素早く判断し、それを元に的確な作戦戦略をたて、それを実行、あるいは人に指示する力があると言うのだ。
いやいや、そんな事は学校で学んだ通りやれば誰だって出来るだろう。
俺がそう言うと、カスムーク氏がまた呆れたように俺をみた。そして、
サンエットの護衛犬の話、マルティナとオルソーの話、アルビーと癒しの魔剣の話を持ち出し、
「普通、大人でもこれらの問題をいとも簡単になんて解決出来ませんよ。」
と言った。
しかし、何故そんなに詳しく自分が関わった件を知っているのか、そちらの方に俺は驚いてしまった。べルークにさえ知らせていない内容も含まれていたので。
すると、カスムーク氏はさらっと物凄い秘密を俺に打ち明けたのだ。
「私は結婚する前までは、軍の諜報部に所属していたのですよ。学生時代にスカウトされまして。
実は、ジェイド家の執事の方は弟に任せようと思っていたんです。
ですからその昔の繫がりで、貴方が秘密裏に行っていた『人助け』情報は、ほとんど私の耳に入ってきていましたよ。
まあ、さすがにジュリエッタの件は、貴方にお聞きするまではわかりませんでしたが。
ですから、これらの情報が外にもれないように一応は手を打ったのですが、さすがに完全という訳にはいきませんでした。
貴方が飛び抜けて優秀だという情報は、一部の人間達の間ではとうに知られているんですよ。
時々、ユーリ様はナッツとチーズを頂いたりしているでしょう? 貴方の個人情報が漏れているからですよ」
俺は絶句。
「それと癒しの歌の件は、べルークから話を聞いた時にすぐにユーリ様がなさったのだとわかりましたよ。亡くなった大奥様からお話を伺っておりましたので。
実は私、べルークとは違う意味でユーリ様をずっと心配していたのですよ。だから、アルビー様の件以来、貴方が出来るだけ余計な事に首を突っ込まないようにされていたので、内心ホッとしておりました。
まあ、小さな『人助け』は相変わらずなさっていると、べルークから聞いておりますが。
成人まであと三年ですので、あと少しだけべルークに世話をされていて下さいね。その方がこちらも助かります」
ええっ? 人助けなんて大層な事してるつもりはないんだが。それに俺、過大評価されてる。大袈裟過ぎるし、誇張されまくってる。
俺はカスムーク氏の話に、とてもじゃないが納得できなかった。ただ、ハッキリとわかった事は、俺の能力の真偽はともかく、すでに俺が優秀な人間だと一部の人達に思われており、俺の個人情報が出回っているという現実だ。
怖すぎる。
俺は暫くはカスムーク氏の言う通り、大人しくべルークの世話になっていよう! と固く決心したのだった。
それにしても、カスムーク氏がこんなに凄い人だったとは。執事としてかなり優秀なのはわかっていたが。
父親とカスムーク氏は幼馴染みでとにかく仲がいい。俺とべルークのように。
もしかしたら親父が『陰の司令塔』って呼ばれているのは、陰の陰にカスムーク氏がいるからじゃないのか? そんな親不孝な事を考えてしまった俺だった。
話の時系列と人間関係がややこしくなってきたので、次章ではそれをまとめておきたいと思います。
読んで頂けら嬉しいです。




