33 ジュリエッタ
ユーリの策士っぷりがいつ頃から発動されていたのかがわかる章です。
これは次章にも続くのですが、『策士策に溺れる』を地で行くユーリがかわいいので、これからも読んで頂けると嬉しいです。
ジュリエッタは運良く、怪我一つなく無事だった。
犯人の男はロリコン趣味の変質者だった。計画的な犯行ではなく、たまたま見かけたジュリエッタがあまりにも綺麗で可愛らしくて、考える間もなく、勝手に体が動いてしまったと証言したらしい。
そんな言い訳が通じる筈がないが、その言葉に思わず頷きたくなる程、ジュリエッタは美しく、可愛らしく、愛らしい、天使のような子だったのだ。
犯人の男は、後ろからいきなり攻撃されたので、誰にやられたのかわからないと言った。
ジュリエッタも恐怖で酷く震えていた。とても質問に答えられる状態ではなかったし、今後も多分聞き取りは無理だろうと、警護隊は早々に諦めたらしい。
周りの人々の証言から、男の後を追ったのは少年一人だけだったので、恐らくはその少年が攻撃魔法を使ったのだろう、と推測をした。しかし、犯人をやっつけてジュリエッタを救ったその少年の特定は、結局出来ずに終わったのだった。
ジュリエッタは取り敢えず無事であったのだが、その後カスムーク家は大変だったらしい。
夫人が酷いショックを受け、パニック状態に陥ったのである。
というのも、夫人自身も幼い頃から何度も危険な目に遭っていて、その度に癒し魔法で記憶を封じ込めていたのだ。それがジュリエッタが連れ去られるのを目の当たりにして、自身の記憶まで甦ってきてしまったのだ。
夫人は入院を余儀なくされた。そして、ジュリエッタも心身ともに弱り、男爵だけでは到底世話する事ができなくなって、夫人の実家へ預けられたのだという。
「母上の調子はどうなの? 少しは良くなったの?」
「少しは落ち着きました。僕の事は大丈夫になったんです。僕はほら、父親似でしょう?
でも、相変わらずべルークの事は駄目なんです。あいつもジュリエッタ同様母に似ているから、恐ろしい記憶が甦るみたいで。
もう、癒し魔法じゃ記憶を消すのは無理らしいし、時が癒してくれるのを気長に待つしかないみたいです。
ジュリエッタだけでなく、べルークもかわいそうです。何も悪くないのに。」
「ごめんなさい。そんな辛いお話させちゃって」
俺は素直にバーミントに謝罪した。けして興味本位で尋ねた訳ではなかったが、あまりにも悲しく辛い話だった。
いつも冷静沈着で完璧に仕事をこなし、冷たい感じがしていた執事のカスムーク氏が、家庭でそんな大変な思いをしていたとは思いもしなかった。
いつも優しく遊んでくれていたバーミントが、幼い頃に両親から引き離されて、寂しい思いをしていたとは気付かなかった。家族揃って出かけた事もなかったなんて。
そしてべルーク。
母親とも妹とも会えないなんて寂し過ぎる。
その上、自分と接する度にパニック状態になる母親を見て、どれだけ傷付いただろう。
べルークが可哀想で、俺の胸は酷く痛んだ。泣きたくなった。
そんな俺の頭を優しく撫でてくれながら、バーミントはこう言った。
「貴方が泣く事はないんですよ。ただ、これから、べルークと仲良くしてくださると嬉しいです。」
僕はやっぱり涙をこらえられなくなって、少しシャクリ声をあげながら頷いたのだった。
俺は泣き止むと、すぐさま執事のカスムークを探した。さっきの話を聞いた以上、べルークを守りたいという思いが余計に強くなったのである。
俺はまず一番最初に父親の書斎へ向かった。勘が当たり、父親の書斎からで出て来るカスムーク氏に会った。
「カスムークさん、僕、お話があるんですけど。」
俺は直球でこう言った。
俺から話しかける事はあまりないので、彼は少し驚いたようだったが、以前より優しい目で俺を見た。
「なんでしょうか? ユーリ様」
「秘密のお話があるんです。僕の部屋へ来てもらえませんか?」
「申し訳ありません。今、旦那様からご用事を頼まれたところなんですよ」
「そうですか。それではカスムークさんのお仕事が終わってからで結構なので、必ず僕の部屋に来て下さい。何時になっても待っていますから」
俺はカスムーク氏の傍に近寄ると、小さな声でこう囁いた。
「べルークを守るためのお話をしたいんです」
すると、カスムーク氏は酷く驚いた顔をした。俺は彼の返事も聞かずに踵を返すと、自分の部屋へと歩き出した。
彼は父の用が済んだら、それほど遅くならずに自分の元に来るだろうと、俺は確信していた。
そしてその予想は当たった。午後のお茶の時間が終わった後、カスムーク氏は俺の部屋へとやって来た。珍しく少し落ち着かない様子だった。
「ユーリ様、ご用とはなんでしょうか?」
「セブオンの事、本当にすみませんでした。べルークをあんな危険な目に遭わせてしまって。」
俺は本心からこう謝罪した。
さっき、カスムーク家の事情を知ってからは尚更その思いを強くした。父親として、どれほど辛かった事だろう。息子を守りたくてした事が、反対に息子を、危険な目に合わせてしまったのだから。
「とんでもありません。ユーリ様にあんな大怪我をさせてしまって、本来なら職を辞すべき所を、旦那様やユーリ様の温情でお許し頂きまして、感謝してもしきれません」
カスムーク氏は俺の謝罪に恐縮して慌てていた。そんな姿は珍しかった。ああ、彼は本当に俺の怪我を申し訳なく思っているのだろう。病院で見た顔は、両親達と同様に、心から心配していた。
「カスムークさんが謝る必要は無いですよ。僕が勝手にした事なんですから。
それに、大体あのセブオンに同い年の侍従を付ける事自体無謀だったんです。うちの両親の責任です。
ああ、でも、カスムークさんが、全く悪くないというと、それは違うかも・・・」
「・・・・・」
「べルークを守るために、父の依頼を受けたとしたら、それは選択ミスでしたね。
本当にべルークの安全を考えるなら、セブオンではなく、僕の侍従にすべきでしたね。どんな手を使ってでも」
「なっ!」
カスムーク氏は驚いて言葉が出ない様子だったので、俺は言葉を続けた。
「いくら主人に頼まれたからといって、大切な息子をあのセブオンの侍従になんかしないでしょう? 普通は。
それなのに、何故あなたが父の申し出を受けたのかといえば、多少怪我くらいさせられても、たとえ面倒でも、ジェイド家の庇護下に入れば、もっと危険な奴らからべルークを守れると踏んだからでしょう?」
「ユーリ様? 一体何を?」
「兄からジュリエッタの事を聞きました。べルークはジュリエッタと瓜二つだそうですね? つまりは、べルークにもジュリエッタ同様の心配があるという事でしょう?
あんなに可愛らしいんだから、もう性別は関係なさそうですもんね」
俺の推測は当たっていたようで、カスムーク氏は下を向いて、体を小刻みに震わせていた。
多分、彼は俺の事を怒っていたのだろう。まだ子供の癖に何生意気な事を言っているのだと。主の子供でなかったら怒鳴りつけてやるものを、と必死に感情を抑えているのがわかった。
しかし、それでも俺は尊大な態度を貫かなければならなかった。カスムーク氏の信用を得る為にも。
俺は止めを刺すようにこう言った。
「俺だったらべルークを守れますよ。半年前にジュリエッタを守ったように」
カスムーク氏が顔を上げ、それこそ化け物にでも会ったかのような表情で、俺を見たのだった。




