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30 ピンク髪の歌姫

 俺は学校の帰りにカスムーク家へ向かった。迎えにきた御者には、友人宅に遊びに行き、帰りは送ってもらうからと言って。

 

 カスムーク家は貴族の住宅街の一番外れの、木々に覆われた一画に建っていた。

 

 ベルークの部屋が何処かはわからなかったが、それほど大きな屋敷ではないので、俺の声は多分届くだろう。

 

 大きな(けやき)の木の幹の後ろに身を隠すと、俺は歌を歌い始めた。

 

 亡くなった祖母から教わった癒しの歌を・・・・・

 

 ピンク色の髪をした祖母はとても華やかで美しい人だった。その姿には不似合いな攻撃魔法の持ち主で、昔、隣国との小競り合いをしていた頃は、女騎士として城を守っていたという。

 

「彼女は確かに剣も魔力も強かったが、彼女が最も威力を発したのは、その歌声だった。

 彼女の歌声は冷えきった人々の心を癒し、力を与えてくれた。不思議だよね。癒しではなく攻撃魔法の持ち主だったのに。

 私も彼女の歌声で救われた一人だが、私が彼女を独占してしまった事で、みんなに酷く恨まれたよ」

 

 以前祖父がそう言っていた。

 

 俺が物心がついたばかりの頃、たまたま祖母と二人きりになった事があった。

 俺は祖母に歌をねだった。

 母がいない夜などに、寂しくて俺達兄弟がめそめそすると、祖母がよく子守り歌を歌ってくれたのだが、俺はその歌声が大好きだったのだ。

 

「お母様がセブオンにかまいきりだから、寂しいの? あの子は貴方と違って、とにかく手がかかるから」

 

 俺は首を振った。別に弟に母をとられたとも思っていないし、寂しいとも思っていなかった。

 

「寂しくなんてないよ。

 ただ僕、おばあ様のお歌が大好きなの。

 おばあ様のお歌を聞くと、ここが温かくなるの。そしてね、元気になれるの」

 

 俺が自分の胸に手を当てながら言った。すると、祖母は嬉しそうに笑ってこう言った。

 

「それでは一緒に歌いましょうか。貴方もお歌が歌えるようになったら、一人で寂しい時でも元気が出るから」

 

 俺は一度聞いた歌は忘れなかったし、一度聞いた歌はすぐに歌えた。

 だから、祖母が歌い出すと、俺もすぐに一緒に歌い始めた。

 すると、祖母は歌いながら驚いた顔をした。そして、一曲歌い終わると、他にも歌えるのかと問われたので、頷いた。

 その後、祖母に促されて俺が何曲か歌うと、祖母は目を閉じてじっと聞いていた。やがて祖母は目を開けると、幸せそうに微笑んだ。

 

「ありがとう。貴方のお歌で、おばあ様の心も温かく優しくなれたわ」

 

 祖母はまずこう言ってから、俺の両手を優しく握り、言葉を続けた。

 

「貴方のお歌は人の心を優しく癒してくれるわ。

 でもね、大人になるまでは、大勢の人達の前では歌わないで欲しいの。おばあ様、焼きもちを焼いてしまうから。」

 

「絶対に歌ってはだめなの?」

 

 俺が尋ねると、祖母は少し困った顔でこう言った。

 

「そうねぇ。もし、貴方にとても大切な人ができて、その人がとても悲しい思いをしていたら、その時はいいわ。貴方が歌って慰めてあげて」

 

「大切な人?

 僕にはもういるよ。おばあ様でしょ、お母様でしょ、それにお兄様やお姉様、セブも・・・」

 

「うふふ。ありがとう。

 でもね、今はまだ家族ではないけれど、家族になりたいと思うほど大切な人という意味なのよ。貴方にはまだわからないだろうけど・・・」

 

 あの時は、何故祖母があんな事を言ったのかわからなかった。

 ただ、その言葉通りに俺は人前では歌わなかった。音楽が苦手な姉に嫉妬されるのも面倒だったし。

 

 そう、俺が自分の歌の本来の力を自他共に認識させられたのは、三年前の癒しの魔剣事件の時だったのだ。

 

 多分祖母はそんな俺の歌の力に気付いていて、悪い大人や権力者達に利用されたり、危険な目に合う事を恐れたのだろう。

 

 しかし、まさかあそこまで自分の歌に威力があるとは思ってはいなかったが、人の心を慰める力が多少あることは、自分でも何となく自覚はしていた。

 祖母が病気になって苦しがっていた時に、俺がそっと歌うと、祖母はいつも安らかな顔になったから。

 

 

 俺が今ベルークの為に何かしてやれる事があるとすれば、それは歌を聞かせて、少しでも彼の傷付いた心を癒してやる事だ。そう俺は思った。

 

 少しでも俺の歌声が届いたらいいな、と願いながら、俺は心を込めて歌った。一曲、二曲、そして三曲目の歌を歌い始めた時だった。

 屋敷の二階の一番東側、俺が隠れていた欅の木の正面に面した窓が開いた。

 

 その窓から顔を出したのはベルークだった。キョロキョロと外を見回していた。多分、歌っている人物を探していたのだろう。

 俺は隠れたまま歌い続けた。

 

 そのうちベルークは歌い手を探すのを止めて、目を閉じてじっと俺の歌声を聞いていた。

 

 そして俺が七曲目を歌い終わった時、ベルークは正面、俺が隠れていた欅の木の方を見ながら、にっこりと輝くように笑ったのだ。

 俺はその時、初めてベルークの笑顔を見た。

 

 テンプレな表現で恥ずかしいのだが、まさしく天使の微笑みだった。

 

 この時、俺は初めて祖母の言っていた言葉の意味を理解した。

 

 大切な人とは、今はまだ家族ではないけれど、家族になりたいと思う人の事なのだと。

 

 そう、ベルークは俺の初恋の相手となった。男とか女とか、そんな事は関係なかった。

 

 あの時俺は、ベルークの傍にいてずっと守ってやる、と固く心に誓ったのだった。

 そして俺は、欅の木の根元に腰を下ろし、ベルークを守るため、どうすればあの子の傍にいられるか、その方法を色々と考えた。

 

 要するに、俺が傍にいるとベルークにとって有利である。

 つまり俺がベルークにとってお役に立つ人間だと、カスムーク男爵に思わせればいいんだ、と俺は思った。ではどうやって?

 

 俺は自分の屋敷に戻ると、早速ベルークというよりカスムーク家の情報収集を始めた。

 

 

『兵に常勢無し』

 

 戦争は敵情にあわせて臨機応変に対応してやるもので、これといった決まった戦略があるわけではない。

 前例のある戦略しか考えられないような者が上に立てば、多くの部下が命を落とす。

 故に固定観念を持つような指揮官はいらぬ! が、我が国の軍のモットーらしい。

 

 なにせ四方八方を敵国に囲まれていて、いつどこから攻め込まれるかわからない小国(見栄で皇国と名乗っている)が、現在まで生き延びているのは、この教訓の賜物だ。

 

 学校へ入学すると、例え軍人や騎士希望者であろうがなかろうが、この考えの元で全て事が進められる。

 

 特に運動などは、毎回違ったグループに分けられ、いかに自分の所属するチームを勝たせるかが最重要課題になる。個人プレーなんかもってのほかである。

 

 勿論教育の一環なので、相手に怪我をさせた時点で即アウトだが、それ以外ならなんでもオッケーがルールだ。

 

 こうして俺達は幼い頃より、体の鍛練と共に頭の柔軟性も訓練しているわけだが、それだけで敵に勝てるわけじゃない。そもそもそれらは、座学で学ぶ知識や情報収集力があってこそ、即戦力と成り得るのだから。

 

 前振りが長くなったが、つまり、カスムーク男爵と対峙するために俺がまずすべき事は、この情報収集だったのだ!

 

 

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