3 スペシャリスト
いわゆる乙女系ゲームに出てくるのは、イケメン王子や、その派手な取り巻き、そして、悪役令嬢とヒロイン!
なぜか悪役令嬢の多くが婚約破棄され、投獄か、追放か、斬首。
これって酷くないか? たかが小娘がやった事で。教育的指導でもすりゃいいレベルが多い、って思うのだが。
しかも、どう考えても演技だろ! っていう、健気で儚げな、甘えた女に騙される王子達ばっかり。
普通、上層部の人間って、本物と偽物を鑑定できるよう、教育されてるもんじゃないの? えっ?宝物と女性を一緒にするな、モラハラだって? すまん!
でも、異世界って、元の世界と価値観違いすぎるよね。 一方的に婚約破棄した上に投獄するとか、モラハラ、パワハラのレベルじゃないから! 前世でそれをやったらネットで炎上、世界中から叩かれる案件だね。
ともかく、ツンとか、嫉妬とか、軽い苛めくらい目くじらたてるなよ。
それくらい許せないくせに、人道主義やらフェミニズム気取って、ヒロイン庇ってんじゃない!と思う。
前世の俺は、姉や母親、大学やバイト先の女子連中にいいように利用され、こき使われ、正直腹立たしい思いばかりだったよ。
だから、陰でこっそりやり返したり、猫被って誑かしている女の素の姿を、こっそり狙われてる奴に見せてやったりして、溜飲を下げてた。
だけど、いくら女の子のやっている事が陰険でムカついたとしても、王子達のように彼女らを衆人環視の中でやりこめたり、糾弾しようと思った事はない。
まあ、かつては、ネットでネチネチ匿名で攻撃する奴らがいたそうだが、俺が生きていた頃は、即、発信者が特定されて、反対にさらし者になっていたな。
あれ、これって、悪役令嬢の破滅シーンに似てるか? うーん。どっちも怖!!
それに俺は前世では庶民だったからわからなかっただけで、もしかしたら上級国民の間では、都合の悪い奴や邪魔者に濡れ衣着せて、吊し上げをしてたのかなあ?
政治家とか、芸能界みたいに。う~ん、その辺はわからないが・・・・・
まあ、それはともかく、別に俺は平和主義者でも理想主義者でもない。ただのへたれだ。
前世では、血を見るのが苦手だった。採血も、鼻血も、ホラー映画でさえ見られかなかった。そして残酷な話や悲しい話も嫌いだった。現世でも同じだ。
それなのに俺の家は代々軍関連だ。もし攻撃魔力だろうと、癒し魔力だろうと、魔力持ちな事がばれたら、兄貴とは違っていずれ戦場に駆り出されてしまうだろう。そんなのは絶対にごめんだ。
だけど俺はただ戦争に行きたくないというだけで魔力をひた隠しにしてるわけじゃない。弟を見ていて、魔力を持つ難しさや恐ろしさを思い知っているからだ。
そう。俺はどうしようもない臆病者なんだ。きっと真実を知られたら、両親や兄弟、そして愛しい大切な思い人にも軽蔑されるだろう。
しかし、そんな臆病者だからこそ、できればこの国を戦火に巻き込みたくないのだ。だからその要素になりうる火種は、今のうちに消しておかないとまずい。今頃になって、俺はそう思ったのだ。
それに、俺は別につまらない優等生だからって、皇太子やその婚約者を嫌っているわけじゃない。
だから二人が憎しみあって、悲惨な最後を迎えるのを望んでいるわけじゃないんだ。
かといって、絶対に二人にハッピーエンドを迎えて欲しい、と望んでいるわけでもないけど。ただ、もし別れるのならせめて穏便に・・・そう願ってるだけ。
だってそうだろう?
本人の意思無視の政略結婚なんて、義務感だけでどうにかなるって話じゃない。
前世、俺のいた国ではその昔、結婚初日にお互いに初めて顔を見た、なんていう事も実際にあったらしい。それでも、幸せに暮らしていた夫婦も結構いたという。
しかしそれは、たまたま相性がよかったとか、運が良かったという、単純な話だけでもなかったらしい。
仲人という、カップリングを仕事にしているスペシャリストがいて、その神業に近い手腕によって、男女の縁が結ばれていたらしい。
男女の性格、趣味嗜好、収入、家族構成などを徹底的に調べあげ、相性ピッタリな相手を探し出す。そして上手に両人の良さを引き出し、アピールし、互いの好感度を上げていく。
そして、婚約してからも、ちゃんと結婚式を挙げるまで、手をぬかずにフォローしまくる!
お見事!
しかし、俺が生きていた時代ではすでにその『見合い』というスタイルは廃れていて、自由恋愛を望む輩が多くなっていた。そしてカップリングのスペシャリストは絶滅しかけていた。
だけど、自分が好きになった相手が、自分を好きになってくれる確率って、どれくらいあるのだろう。
そもそも、好きになる相手に巡り合う確率は?
結局、運任せの自由恋愛を望んだ結果、婚姻率は低下し、人口は減少、国家は衰退へと進んでいた。
だからといって、今のこの世界の、本人達の相性無視の、貴族社会のパワーバランスの為だけの政略結婚も、絶対にまずいとは思うんだよね。
だいたい国王や宰相、上部のお偉いさん達は、自分たちが無理なら、仲人さんみたいなスペシャリストに、皇太子の婚約者を見つけてもらえば良かったんだよ。
例えば聖女様とかさぁ。あれ? この世界に聖女様なんかいたかな?
まあ、それはともかく、最初のペアリングに失敗したのなら、今からでもいいから、ちゃんと二人をフォローする人物(仲人さんみたいな人)を側におくべきだよな。
ただ、女性の方だけに、一方的にお妃教育してりゃいいという話じゃない。ちゃんと花嫁教育、花婿教育もしておけよ!
婚約させてしまえばすむという話ではないだろうに。
しかし、現実には皇太子の側近には俺の兄と兄付きの侍従以外にパッとした面子がいない。しかもその兄貴達も頭はいいが、女心に疎いので、そちら方面では役に立ちそうにないのだ。完全に詰んでいる。
このまま神経衰弱気味の皇太子殿下が、周りのろくでもない連中の罠にかかって、あの男爵令嬢といい仲になったら、本当にどうするんだ!
王族とか高位貴族とか、閉塞的で縛りがきつい人達ほど、障害があるとかえって燃え上がるものなんじゃないのか。何故偉い方々はそこんとこがわからないのかなあ?
身分違いの恋、
許されない恋、
数々の嫌がらせに妨害、
それらにも負けない純愛・・・・
周りから白い目で見られれば見られるほど、テンション上がって、メラメラと盛り上がる! 瞳の中に炎が燃え上がる! ウウッ!
自分で言ってて恥ずかしい!
まあ、乙女ゲームの世界だけじゃなく、恋が盲目ってのはよく聞くセリフ。
凄く評判の良かった奴が、恋愛したり、結婚した途端に人が変わってしまった! っていうのはよくある話。あれって仕方ないと思うんだよね。
恋してる時って頭ん中が恋愛脳になっているから、恋愛しか見えなくなるらしい・・・(ただし、友人の弁!)
だから母親思いの息子が、結婚したら嫁べったりになってしまった! っていうのも、それって、当たり前の事。いやむしろ、まとも?
恋をしていると、幸福感をもたらすドーパミンってやつが分泌されて、気分が高陽したり、一途な想いとかが生まれるらしい。
そんな最中に、母親の事なんか考えられる訳がない。
しかし、その恋愛脳を作ってる恋愛ホルモンってやつも、いつまでも出続けるわけもなく、
三年目の浮気・・・・・
って事になるらしいが。
それでも、全てのカップルが三年で破局するわけじゃない。
つまりは、恋愛ホルモン以外のものが、そのカップルにあれば、二人の仲は続くのだろう。
愛しさや、穏やかさ、やすらぎ、または、安定した生活、子育て、社会的信頼性など、夫婦でいるメリットがありさえすれば・・・・・・
つまり、俺が何を言いたいかって言うと、あの皇太子殿下がこの先、婚約者とこのまま結婚するのか、それとも婚約破棄をして、噂の男爵令嬢と恋愛に落ちて、城をおんだされるのか、
(男爵の娘ではさすがに結婚は認められないので・・・)
あるいは、婚約者、あるいは別の高位貴族の令嬢と結婚して、男爵令嬢を側室にするのか、
(これは、かなり鬼畜! さすがに恋愛脳になってても、あの利発な皇太子ならしないと思いたい・・・)
どのコースを進むのかは知らないが、どれを選ぼうとも、この国を破滅に追い込む真似だけは避けてくれ! ってこと。
そしてその為にはまず、皇太子殿下とその婚約者のご令嬢の、心と体の元気を取り戻して頂いて、それから判断をしてもらい。ご自分達の進むべき道を。
ちょっとだけうまくやれば、事態は改善される!
ちょっとだけ、冷静になって周りをながめたら、狭くなってた視野も広がる!
ちょっとだけ、優しくなれたら、最悪なシナリオは回避出来る!
ちょっとだけ素直になれば、心が通じる!
あとちょっとだけ・・・・・!
この異世界に転生しても、お節介で中間子の俺は、またもや面倒事に巻き込まれる羽目になったのだった。