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29 天使の泣き顔

 目が覚めた時、一番最初に目に映ったのは、ベルークの泣き顔だった。

 普段は天使のような愛らしいその顔は、泣き腫らして赤紫色になっていて、目蓋も膨れて開かないほどだった。

 

 何故こんなに泣いているんだろう。こんなに小さな子が。可哀想に。状況を認識できないまま、俺は手を伸ばして、ベルークの薄茶色のふわふわの髪の毛を撫でた。

 ベルークは驚いたように俺を見た。そして、

 

「ユ、ユーリ様、た、助けて頂いてほ、本当にあ、ありがとうございました。」

 

 そういうと、ぱっと立ち上がり、人を呼びに行ってしまった。

 ベルークが行ってしまってから、俺はようやく事故というか、セブオンが引き起こした件を思い出した。

 

 ベルークを守れてよかった。でも鳥籠の鳥達は無事だったかな?

 俺が呑気にそんな事えを考えていると、ドタドタという足音と共に、両親と兄と姉、そして執事のカスムークが病室に飛び込んできた。

 

 母と姉の目は真っ赤になっていてた。そして、いつも美しく結わえられている金色の髪の毛には、手が加えられていなかった。

 父と兄の漆黒の髪の毛にも櫛が通った様子はなく、父の顔には無精髭が伸びていた。

 

 そんな彼らの姿を見た時、生温かいものが俺の頬を伝っている事に気がついた。

 

 

 前世、俺は意識不明のまま三ヶ月後に亡くなった。

 確かに傍目からは意識がなかったんだが、俺の魂自身はまだ体の中にはあったんで、その時の記憶はあるんだ。

 

 当初は突然の事に泣き喚いていた家族も、俺がもう助かる見込みがないとわかった頃から、あまり病室には訪れなくなった。

 皆それぞれ仕事があって忙しいのだから、それは仕方ない事だった。まあ、引きこもりの弟以外は。

 

 しかし、生まれ変わってからも腹立たしく思うのは、家族がたまに病室に来ると、意識のない俺に向かって文句を言ったり、愚痴をこぼした事だった。

 

 つまり俺がいなくなった事で家事をする者がいなくなり、当番制にしたものの上手くいかないらしく、家庭内がぎくしゃくしたらしい。

 

 しかも、自分達の事で精一杯でついうっかり、ヒッキーの事を忘れていて、脱水症状の息子に驚いて救急車を呼んだらしいが、退院した後、誰が面倒をみるかで、これまた揉めたらしい。

 

 そうそう、姉は俺の友人でもある彼氏に振られたようで、その事でも散々文句を言われたな。

 弟がこんな時に別れ話をするなんて酷いと、姉は彼氏を責めたらしいが、俺がいて仲を取り持ってくれていたからなんとか我慢できたが、もう無理だと言われたそうだ。

 

 あんたがいなくなったせいで我が家はめちゃくちゃよ!

 

 と、みんなから責められた。

 え? 俺が悪いの?

 俺のおかげで今まで家が回っていたんだね、とは思わないわけ?

 俺は本当に腹がたった。

 

 でも、俺の事だけだったらまだ我慢もできた。しかし、一番許せなかったのは、俺の家族が俺を刺した犯人よりも、俺の幼馴染みを責め続けた事だ。

 

 俺は幼馴染みと同じコンビニでバイトをしていたんだ。

 あの事件が起きた日は、俺は本当はシフトから外れていた。

 しかし、高校生のバイトが突然熱をだして来れなくなって困っているから助けて、と彼女から連絡がきた。それで、俺はコンビニの助っ人に入った。

 そして、強盗にナイフを突き付けられた幼馴染みを庇って、俺は刺されたのだ。

 

 幼馴染みが悪い訳じゃない。それなのに、

 

「あんたがいつもあの子に甘えていたからこんなことになったんだ」

 

 と、病室に来る度に彼女を責め続けた。

 

 そう、俺が入院してからというもの、彼女は大学も休学して、毎日病室に来てくれていたのだ。もう、来ないでいい、と叫べるものなら叫びたかった。

 

 だいたい、何でも俺に甘えていたのは俺の家族の方だろう。

 こんな家族の中でも俺がなんとかやってこれたのは、幼馴染みが心の支えになってくれていたからだ。本来ならば彼女に感謝して当たり前なのに。

 

 俺は前世、本当に自分の家族に絶望しながら死んだ。

 

 

 セブオンの事があった時、俺はまだ前世の記憶は取り戻してはいなかった。それでも肉親に対して、どこか不信感があって素直に甘えられなかった。

 しかし、あの時、心から心配してくれる家族を目の当たりにして、本当に感謝した。そして、初めて幸せを感じたのだった。

 

 

 二週間後に家に戻ると、セブオンは矯正施設に入れられていた。

 

 この矯正施設というのは、別に犯罪者が入る施設というわけではない。

 

 この世界は魔力持ちとそうでない者が混在する世界だ。それは魔力持ちに対する規制がきちんとされているからこそ成立している。

 魔力持ちが生まれると、親が責任を持ってその子どもを指導する。

 しかし、親も魔力持ちとは限らない。こういう場合身内に頼んだり、家庭教師に依頼する。

 しかし、それが出来ない場合や、手に負えない場合は、矯正施設に入れて魔力の使用方法を学ばせるのだ。

 

 我が家も攻撃魔法の魔法持ちがいなかった。唯一持っていた祖母はもう亡くなっていたので。

 母は、癒し魔法の魔力持ちの姉に対してだけではなく、弟にも魔法の使用心得については指導してきた。

 しかし、セブオンはとにかく人の言う事を聞かないし、感情の波が激しくて、扱いが難しい為に、家庭教師もすぐに辞めてしまった。

 両親は困っていたが、まだ大きな実害が出なかった為に、矯正施設までは考えていなかったのである。

 

「すまなかった。お前をこんな目に合わせて。

 それにお前がベルークを庇ってくれていなかったら、私はカスムークになんと謝っても謝りきれなかったろう。

 もっと早くセブオンを施設にお願いすれば良かった。私の判断ミスだ。許して欲しい」

 

 父が俺に頭を下げたが、もしかしたら、こんな事になったのは自分のせいかもしれない、と思った。

 もし自分がセブオンの攻撃魔法を阻害せずにいたら、もっと早く施設に入って、こんな事件を起こさずにすんだかもしれないと。

 

「ベルークはどうしているんですか?」

 

「かなりショックを受けて、家に閉じ籠っているよ。本当にかわいそうな事をした」

 

「・・・・・」

 

 俺の胸がギュッと締め付けられた。そしてズキンズキンと酷く痛くなった。

 

 俺はベルークの泣き顔ばかり見ている。最初に会った時、病室で目が覚めた時・・・・・

 

 ベルークの笑顔が見てみたいと俺は思った。そしてその思いは段々と大きくなっていった。

 

 俺は怪我をした三週間後には学校へ通い始めた。そして毎日一年生のクラスを覗くのが日課になった。

 しかし、一ヶ月半過ぎてもベルークの姿はなかった。

 

 このままにしてはおけない。

 俺はとうとう行動を起こす事にした。

 

 

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