28 セブオンと侍従
今まであやふやだった、ユーリとベルークのなれそめが、今後ようやく明らかになっていきます。おまたせしました。
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俺はベッドに横たわった。
長い長い一日だった。
こんなに密度の高い日が今まであったろうか。
俺の平穏で平凡な暮らしは、たった一日でがらっと変わってしまった。
イズミンに無理やり変えられた。しかし、それは俺の為、ベルークの為に悪役を担ったのだという事くらいは、イカれてしまった頭でもわかっている。
遅かれ早かれ、俺はベルークときちんと向き合わなければいけなかったのだから。
でも理屈じゃないんだ。俺がベルークを側に置いておきたいと願うのは。
俺はベルークが好きで、ずっと一緒にいたいだけなんだ。
みんなはベルークを国一番の美人だという。確かに綺麗だとは思う。俺の美的感覚はいたって普通、まともだと思うし。
しかし、俺はベルークの美醜はあまり関係なく、ベルークの存在そのものが、とにかく可愛くてかまいたくて、守ってやりたくてしかたないんだ。
あいつの事をみんなクールビューティだという。頭も運動神経もよく、いつも冷静で何事もそつなくこなしていると思っている。
でも、本当は違うんだ。本来のあいつは気が小さな臆病者で、不器用この上ない。だけど心がまっすぐで綺麗で、何事にも一生懸命なんだ。
いつもいつも必死に頑張る姿に心惹かれ、側で守ってやりたくなってしまうんだ。
確かに、俺が初めてベルークを見た瞬間は、その容姿があまりにもかわいかったので、目が釘付けになったのは事実だ。
ほら、人だけでなくほとんどの生き物の赤ん坊って、丸くてぷよぷよ、ふわふわしてて、可愛くて、思わず愛でたくなるじゃないか。そして守ってやりたくなるじゃないか。特にブルブル震えていたりすると・・・
初めてジェイド家に来た時のベルークはまさしく、この状態だった。薄水色の大きな瞳をうるうると潤ませ、顔をピンク色に染め、小さな体は不安そうにブルブル小刻みに震えていた。
俺は前世と同じく、生まれ変わったこの現世でも、幼少の頃から世話好きな性格だった。
何せ、あのみんなが手を焼いていたセブオンの事さえ、ほっとけないからと色々とかまっていたぐらいだから。
セブオンは幼い頃から攻撃魔法を持っていたので、感情が高ぶると無意識に魔法を使っていた。
まあ、大した威力のある魔法じゃなかったから、その後始末も大した事じゃなかった。
たとえ誰かが怪我をしたとしても、母が癒しの魔法を使えば簡単に治る程度だったし。
とは言え、やられた方はたまったものじゃない。傷は癒されても、痛い思いはしたわけだし、その精神的なダメージは残る。
しかも本人が悪い事をしたと反省しているのならともかく、本人は無意識で魔法を使っているので、自覚が全くなかったし。
それゆえ、母がいる時はともかく、母がいない時は、皆がなるべくセブオンに関わらないようにしていた。
しかし、誰にも秘密にはしていたが、俺にも攻撃魔法が使えた。しかも弟とは違ってかなり強い魔力で、その上、俺は幼い頃からその力を上手にコントロールする事が出来た。
だから、可能な限り弟の側に居て、セブオンが魔法を使う瞬間に俺は阻害魔法を使って、その被害を食い止めていた。
そんな世話好き、お節介な俺は、八歳の時に初めてベルークに会った。
その時、誕生日前でまだ六歳だったベルークは、俺を見た瞬間、大きな瞳をさらに大きく見開いた後、唐突にしくしくと泣き出してしまった。
もしあの時俺が泣かせなかったら、最初からベルークは俺付きになっていたんじゃないかな。
何故ベルークがうちに来たのかというと、セブオンが学校に入学するのにあたり、性格や行動に少々、いや、かなり心配があったので、誰かを付けようという事になったのだ。
そしてたまたま執事のカスムークの次男と同い年だったので、その子に白羽の矢がたてられたのだった。
暫くの間俺はベルークには近付かなかった。また怖がらせて泣かせるのは嫌だったからだ。
ただ、やはり気になって様子は見ていた。
すると、ベルークとセブオンはあまり上手くいってはいなかった。
そりゃそうだ。あの唯我独尊、俺様のセブオンの相手なんて、同い年の子供にさせる方がどうかしている。しかもあんな弱々しそうな泣き虫な子に。
もっと年上のしっかり者か、または力で押さえ付けるタイプをあてがわないと無理だろう。
案の定、あの執事として仕事に厳しいカスムーク男爵でさえ、陰で息子にこう言い含めているのを聞いてしまった。
「セブオン様はお前がどうこうできる方ではない。一切逆らわずにただ言う事を聞いていればいい。
そしてセブオン様が何かをしたら、すぐに大人に助けを求めなさい。お前は関わるな! わかったな?」
カスムーク男爵の言っている事は正しいと俺も思った。セブオンの側で上手く仕えたかったら、セブオンの言いなりになっているしかない。
しかしベルークはそれを是としなかった。
セブオンが悪い事をする度に、ベルークはきちんとそれを指摘したのだ。
ただそれは、規則違反だとか、マナー違反だとか、それを責めるのではなく、その結果がどうなるのか、相手がどう思うのかを丁寧に説明していた。どんなにセブオンに嫌がられようと疎まれようと。
そしてセブオンのせいで迷惑を被った相手に、いつもいつも丁寧に謝罪していた。
見た目は華奢で弱々しかったが、ベルークは芯の通った気高い精神の持ち主だった。俺は益々ベルークを守ってやりたくてどうしようもなくなっていった。
そしてとうとうあの事件が起きたのだ。
あの日、学校から戻ってきたセブオンは酷く腹を立てていた。
後で聞いた話では、悪さをして叱られた際に、兄である俺や同い年のベルークと比較されたのが悔しかったらしい。
庭の花壇の花をむしり、木の枝を折りまくった。
「止めて下さい、セブオン様!」
ベルークの一際甲高い叫び声に、俺を含めた家の者達が中庭へ目を向けた。
ジェイド家の中庭には小さなパビリオン(あずまや)がある。そしてそこの天井からは、いくつもの大きめの鳥籠が吊り下げられ、母が好きなインコやオウムが飼われていた。
なんとセブオンはその鳥籠に向かって、まるで光線銃の如く、左手で右手を支えながら、狙い定めていた。
「やめて~!!」
母の悲鳴が辺りに響き渡った。
ベルークがセブオンにしがみついて、それを止めさせようとしたが、セブオンはお構い無しに鳥籠に向けて攻撃魔法を放った。
ガシャガシャガシャ・・・
ピィ~ピィ~ピィ~・・・
ウヮ~ンウヮ~ンウヮ~ン・・・
ベルークはセブオンの腕を掴んで、その腕を下へ向けようとしたが、セブオンに払いのけられて尻もちをついた。そしてセブオンもふらつき、支えていた左腕が外れ、ブラーンとしたセブオンの右手が下方のベルークに向いた。
「「「キャア~!!!」」」
母達の悲鳴が上がった時、俺はベルークの前に飛び込んだ! 魔法を使う余裕なんて、そんなものはなかった。
俺が目を覚ましたのは三日後だった。
いくらセブオンの魔力が大したことがないとはいえ、至近距離で腹を撃たれたらまあ、それなりの傷を負うわな、そりゃ。母に癒し魔法をかけられ続けながら病院へ行かなかったら、マジ危なかったらしい。
前世に引き続き、病死や事故死ではなく、また殺されるとこだった。
でもそれを後で聞いた時、俺は後悔するより心底ホッとした。
あの時セブオンの右手はベルークの頭に向いていたのだから。
弟の悪名はさりげなく出していましたが、今までは具体例が出ていませんでした。多少ご不満を持つ方もいらっしゃったと思いますので、今回初めて実例を紹介させて頂きました。それも、一番実害のあった例を。(^-^)