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27 兄と妹の攻防

 冗談じゃない。何故ベルークがそんな事までする必要があるんだ。

 

 確かに俺にだったら多少義理があるから、皇太子殿下のために動くことは(やぶさ)かじゃない。

 

 そもそも、俺が皇太子殿下とエミリアの仲を心配していたのも、二人のため、この国のため、というより、俺が戦争が嫌だ! 平和な社会で気楽に暮らしたい、っていう個人的な思いからだ。

 

 しかし、ベルークにはコーンビニア皇室に恩も義理もありゃしない。

 その上、マリー=スウキーヤ男爵令嬢と付き合っても、ベルークにもカスムーク男爵家にも何の得もない。むしろマイナスだ。あんな悪評の高い家! 

 

 あっちだって、娘を皇太子の(めかけ)にしようと謀っているような厚顔無恥な奴だぞ。それを邪魔しようとするベルークに何をするかわからない。

 そんな危険な事に巻き込ませる訳にはいかない。

 

「ベルークに危険な目に合わせるな、と言ったくせに、矛盾してるぞ、イズミン。

 絶対にベルークにそんな真似させない!」

 

 今度は俺の方が激昂した。妹の前でこんな大声を出すのは初めてだった。

 しかし、俺がどんなに怒っても、イズミンは平気の平左だった。

 チラッと俺を見ただけで、ベルークと話を続けている。

 

「お兄様は駄目だって言ってるけど、ベルークはどうする?」

 

「これはユーリ様のお役に立つことなんですよね?」

 

「ええ。少なくとも、お兄様に悪い噂はたたなくなると思うわ」

 

「それなら、お嬢様のおっしゃる通りにやってみます」

 

 その返事に俺はマジで驚いた。ベルークなら絶対に断ると思ってた。

 

 ベルークは学校に入学してから、それこそ星の数程交際を申し込まれていたが、一度だってそれに応じた事はなかった。

 

 付き合うつもりものないのに、そんな不誠実な真似はできません、と。それなのに、何故? 俺は酷く動揺した。

 もしかして俺には言わなかったが、マリー嬢が気になっていたのか?

 

「お前、本当にマリー嬢と付き合うつもりなのか?」

 

「それは彼女次第ですが、付き合ってもらえるよう努力するつもりです」

 

 ベルークは俺と違って動揺するわけもなく、むしろ嬉しそうな顔をしたので、俺は無性に腹が立った。

 

「へぇー、お前、ああいうタイプが好みだったのか、意外だな」

 

「好みなんかじゃないですよ」

 

 ベルークは今度は困った顔をした。するとイズミンが呆れた顔で言った。

 

「お兄様、人の話をちゃんと聞いてます? ベルークはマリー嬢と本当の恋人になるわけじゃありません。振りをするだけだって言っているじゃないですか!」

 

「ベルークはお兄様の為に、仕方なくマリー嬢の恋人の振りをするのです!」

 

「俺の為ならそんなことをする必要はない。俺は大切なベルークにそんな不誠実な事はさせたくない!」

 

 ベルークがマリー嬢と微笑み合う姿を想像しただけで、胸が激しくざわついた。

 

 ベルークは俺の言葉に一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに悲しげな表情に変わった。


「そんな風に言って頂けて本当に嬉しいです。

 しかし、僕は貴方の侍従です。貴方の役に立てた時こそが一番の幸せです。でも僕は、その一番の幸せをまだ味わった事がありません」

 

「何を言ってる?」

 

「僕は貴方の侍従でありながら、今まで貴方のお役に立てた事が一度もありません」

 

「そんな訳ないだろう。俺の身の回りは全部お前任せじゃないか。お前がいなきゃ俺には何にも出来ないとみんなも思ってるぞ」

 

 嘘じゃない。俺はベルークが側にいてくれないと駄目なんだ。ベルークがいれば他は誰もいなくていいんだ!

 

 しかし、ベルークは首を振った。

 

「ユーリ様には僕なんか必要ではない事くらい、昔からわかっていたんです。

 貴方は何でもご自分でできますし、人にしてもらうより、ご自身でなさりたいんだという事もわかっていました。

 それなのにわざわざ僕にやらせてくださるのは、僕が父に咜られないためです。

 僕は本当に情けない侍従です。主人の役に立つどころか、気を使わせてしまうなんて」

 

「・・・・・」

 

「先程、お嬢様にもう潮時だと言われて、頭をハンマーで殴られた気がしました。

 いつまでもユーリ様の側に居たいと願っていましたが、それは無理な事なんだと。

 それならば、最後に一つくらいはユーリ様の役に立ちたいのです」

 

 ベルークは切なそうに言った。

 俺はその言葉に胸が抉られるような気がした。

 

「最後ってなんだ?」

 

「・・・・・」

 

「言えよ! 俺の侍従を辞めるつもりなのか?」

 

「ベスタールがお兄様の侍従になるらしいわ。いずれお兄様が独立された時、執事になる事を前提にしているみたいよ」

 

「そんな事、俺は聞いてない!」

 

 ベスタールとはベルークの父方の従兄(いとこ)で、今姉の侍従をしている。

 大変優秀な男で、カスムーク男爵家の長男より、こちらの方を兄ザーグルにつけたかったと、父は思っているらしい。

 確かに出来る男だが、否、出来る男だからこそ俺にはいらない。独立を前提って、それは三年前にアルビーとの結婚を断った事で無くなった話だ。

 姉が結婚した後は、もうジェイド家にこだわらず、執事として働く場所を探すべきだ。すぐに、うちより条件の良い家に採用されるだろう。

 

「それでお前はどうするつもりなんだ?」

 

 ベルークは頭を振った。

 イズミンに余計な事を言われた流れで出た発言で、前々から計画していたわけではないようだった。その事に俺は少しだけホッとした。

 俺はベルークを手放すつもりなんか絶対にないのだから。

 しかし、イズミンはこう言った。

 

「お父様達はベルークを私の侍従にするつもりらしいわよ」

 

 それを聞いて俺は鼻で笑った。もしそれが本当なら、セブオンで一度失敗しているのに学習しないな。

 

「いくらなんでもそれはないだろう。お前達は相性が悪すぎる」

 

「あら、そんな事はないと思うわ。ベルークと私は同志なんだから。

 お兄様は私がベルークを苛めているように思っているかも知れませんがそれは違いますよ。私はベルークが好きだから、背中を押しているだけです。

 その証拠に、ベルークは私に反論しないでしょ。まさかベルークほどの人が、六歳の子供に苛められて、怯えていると思っていたわけじゃないでしょ!」

 

 いや、思ってた。

 同志って何の?

 

「さ、ベルーク、私の部屋へ行って、マリー様との件の話を詰めましょう」

 

 イズミンがベルークの手を引いて部屋から出ようとした。

 

「おい! 勝手な事をするな! ベルークは俺の侍従だ!」


 俺はベルークの腕を掴んだ。

 

「お兄様、どうしたんですか?

 いつものお兄様なら、今何をすべきかをまず考えられますよね? 今の優先順位は明日マリー様とどうやって接触するか、だと思うのですが」

 

「違う! 俺がベルークと話し合う事が最優先だ!」

 

「では、何故今まで話し合わなかったのですか? 時間なんていくらでもあったでしょう? 

 ベルークが悩みを抱えている事くらい、わかっていたでしょう? 私みたいな子供でも気付いていたんだから」

 

 イズミンも俺に怒鳴り返してきた。いつもの斜に構える言い方ではなく、真剣そのものだった。

 

 確かにベルークが何か悩みを抱えている事には何となく気付いていた。

 しかし、どうしてもそれを尋ねる事ができなかった。理由を知ったら、二人の関係が変わってしまいそうな、そんな気がして怖かった。

 

「結局お兄様は頭はいいけど、初恋もまだのニブチンなんですね!」

 

 俺の兄弟達は何故、いつもそれを最後の切り札のように使ってくるんだ。俺はため息をついて言った。

 

 姉上やセブオンだけでなくお前も、俺が恋もしたことがないような朴念仁だから、物事の(ことわり)がわからない、と言うんだな。

 しかし、俺だって初恋くらいとうに済ませているよ、と。

 

「嘘! そんな事あるわけないわ。私はずっとお兄様を見てきたんだから」

 

 珍しく動揺しているイズミンに俺はこう言った。

 

「お前が知ってるわけがないよ。お前が生まれる前の事だからね!」


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