25 マリー=スウキーヤ
「お兄様。私、お兄様がマリー=スウキーヤ男爵令嬢とお付き合いするのは、絶対に嫌です。
でも、別にマリー=スウキーヤ男爵令嬢が嫌いというわけではありませんわ」
突然イズミンが話を変えた。
「マリー=スウキーヤ男爵令嬢を知っているのか?」
驚いた。何故イズミンが彼女を知っているんだ!
「ダンスとマナー教室でご一緒しますの」
ええと、イズミンの習い事って、幼児向けだったよな? 外では年相応の振りをしているから。
俺の疑問を察したベルークがこう教えてくれた。
「マリー嬢は半年前までは庶民として市井で暮らしていたんです。だからマナーもダンスも全く初心者なんです」
「よく知ってるね」
「同級生ですから。授業もよく一緒になるので、わからないところを教えてあげたりしていますよ」
「ヘエ~。彼女、お前に近づけるなんて凄いな。他の女子達に目をつけられないのか?」
「最初は苛められていたようですが、彼女の方がそれを全く意に介さないので、他の方々も諦めたようです。彼女、イズミンお嬢様がおっしゃる通りいい子ですよ」
なんか、やっぱり、乙女ゲームのヒロインみたいだな。
「天真爛漫で、男女、身分関係なく人気者って事か?」
「人気者ですか? まあ、かわいいし素直だから人からは好感を持たれると思います。しかし、天真爛漫というより、苦労人で、地に足をつけている感じなので、貴族の気楽な坊っちゃんなんて相手にしてない、って感じですよ」
「え? だって、今日だって、彼女の信奉者達が皇太子殿下とくっ付けようとしていたじゃないか」
弟のセブオンや、皇太子殿下の元同級生達が。
「セブオン様は確かに彼女にやたらというか、勝手に同情していらっしゃいますが、他の方々は別に彼女の信奉者と言う訳では・・・」
ベルークは言いにくそうに口ごもった。すると、その後をイズミンが続けた。
「お兄様が信奉者と思っている方々は、皆、元々はそこそこ家柄が良かったけれど、今は領地経営に失敗して財政的に厳しいお家の人達の事でしょう?」
確かに言われてみればそうかも。しかし、何故そんな事を知っている?
何度も言うが、まだ六歳で、しかも社交デビューもしていないのに。マジこの妹はエスパーなのか!
戸惑う俺に、妹があっさりこう言った。
「だって、マリー様本人からお聞きしましたもの」
「何を?」
「あの取り巻き連中は、マリー様のお父様のスウキーヤ男爵が、落ちぶれ高位貴族に賄賂やお届け物をしているから、近寄ってくるだけだって。うざくていやだって」
「・・・・・」
スウキーヤ男爵は成り上がりであまり評判のよくない男だ。
見た目が良くて、若い頃は女性を利用して金を儲けたらしい。そして年をとってからは、自分の遺伝子を継いだ娘を使って高位貴族と縁を結んで、自分のステータスを上げようとしているらしい。
あんたはソガ氏? それともフジワラ氏か! 前世の歴史上の貴族と重なる。
まさか最初からそれをねらっていたわけでもないだろうが、あちらこちらの女性に手を出して子供を孕ませていた。
しかも、その責任を取る訳でもなく母子を放置しておきながら、自分にとって利用価値のある子供だけを引き取っているらしい。それも無理やり、強制的に。
マリー嬢の場合は父親違いの弟妹を実質、人質にとられたらしい。
まさしくクソ野郎!である。
確かにマリー=スウキーヤ男爵令嬢の事情には驚いたが、彼女がこの話をまだ幼いイズミンに話したのだとしたら、そちらの方が驚きだ。
そんな俺の思いを感じ取ったイズミンは、珍しくばつが悪そうにこう説明した。
「ええと、マリー様の名誉の為に正直に告白しますと、このお話を直接私になさった訳ではありません」
「そうだろうね」
「マリー様が、ダンス教室のナタリス先生とそのようなお話をしていらっしゃったのを、たまたま聞いてしまいました」
「へえ、たまたまね~
今日もたまたま俺達の話を聞いていたんだよね?」
「てへ!」
イズミンは可愛く舌を出した。前世の祖母の若い頃の写真のポーズに似ている。ぶりっ子という奴。
まあ、そんな事より、ダンスの先生にそんな事を相談するなんて、貴族社会ではありえない。やはり庶民育ちだからか?
しかし俺の考えは間違いだった。
なんとダンス教室の教師、ナタリス=ツッター子爵夫人は、スウキーヤ男爵の娘、つまりマリー嬢の母親違いの姉であった。
しかも、マナー教室の教師もスウキーヤ男爵の娘だった。
つまり、スウキーヤ男爵は、市井の娘を引き取ると、正妻との娘達の教室へ入れ、ただで教育させていたのだ。
セコイ! セコ過ぎる!!
普通、正妻との実子であれば、隠し子の存在など許しがたい存在であろう。
しかし、スウキーヤ男爵の娘達からすれば、実子だろうと婚外子だろうと、ほぼ同じような立場である。ただただ父親に道具扱いをされている身の上なのだから。
故に姉妹同士、皆仲が良いのだそうだ。
「スウキーヤ男爵の子供って、結局何人いるんだろう?」
俺が何気なくこう呟くと、イズミンが即教えてくれた。
「十二人! 奥様に息子三人と娘二人。お外に息子四人と娘三人ですって。息子は長男とストック次男以外はみんな放置ですって!」
「鬼畜!!」
俺とベルークは思わず叫んだ。
「マリー様、最初はダンスもマナーレッスンも、全くやる気なしだったの。そりゃそうですよね。なまじ上手になったら、さっさと社交デビューさせられて、好きでもない方とお見合いさせられてしまうもの」
「だけど、もうデビューしているよね? まだ半年もたっていないけど。あまり上手じゃないと姉上が言っていたけど、父親が無理やりデビューさせたのかな?」
「そうだと思うわ。でも、マリー様のダンス、下手じゃないわよ。というより上手。ミニストーリアお姉様とおんなじくらい?」
まさか! と俺は思った。
姉のミニストーリアは皇太子殿下の婚約者エミリアと双璧を成す、我がコーンビニア皇国の踊りの名手だぞ。
半年ほどのレッスンで、あの二人と並べるほど上手くなれるものなのか?
そう思った瞬間、俺の脳裏にある鮮やかな映像が浮かんだ。
物凄い数の祭りの群衆。色とりどりの旗が揺らめく屋台。そして人の背より高くて広い舞台で繰り広げられるダンス競技会。華やかな衣装に身を包んだ女性達が、ペアの男性達と優雅に踊り舞っている。
そこに、飛び入りで一人の少女が舞台に上がり、仲間と思われる楽器の演奏で踊り出した。
もちろん一人なのでソーシャルダンスではないし、かといってフェスティバルダンスでもない。創作ダンスというか、フリースタイルのダンスだった。
スピーディーな音楽に乗って、彼女はキレのある、激しいダンスを踊った。舞台の周りは祭りで一番盛り上がった。
人々はもう興奮状態で、口々にこう叫んでいた。
「マリー・クィーン!!」
「マリー・クィーン!!」
「マリー・クィーン!!」
・・・・・・・
「「マリー・クィーン!!」」
俺とベルークは叫んだ。
思い出した。
去年の秋祭りで、俺とベルークはマリー=スウキーヤに会っていた。