24 責める侵入者
「ベルーク、あなた、一体何やってるの?」
俺に抱かれたイズミンが、ベルークを見下ろしながら言った。
ベルークはビクッとして、少し怯えたようにイズミンを見ている。
昔は自分の父親やセブオンを少し苦手としていたベルークも、近頃は誰に対しても淡々としている。しかし、そんなクールなベルークが、唯一イズミンをいまだに苦手にしている。
いつも一方的に、訳のわからない難癖をつけられているのに、ベルークは何故か反論しない。だからイズミンは言いたい放題だ。
俺が何度注意してもイズミンは止めない。二人に訳を尋ねても決して理由を言わないので、俺はどうすることもできないでいる。
「お兄様がマリー=スウキーヤ男爵令嬢と親しいと疑われるなんて、心外だわ。あなたが側に付いていて、何をしてるの?」
「申し訳ありません、お嬢様」
「あなたはお兄様を守るために側にいるんでしょ。それが出来ないなら、何故側にいるの?」
「すみません」
ベルークは蚊の鳴くような小さな声で謝罪した。
自分の大切な親友が、やはり大切な妹に責められるのを目にするのは気分のいいものじゃない。お互いが言い合っているのならまだしも。
「俺が勝手におせっかいをしたのが悪いんだ。お前は全く関係ないだろう。何故謝るんだ?」
「・・・・・」
ベルークは俯いたまま何も言わない。
以前俺は、この事を友人のエミストラに相談した事がある。彼にも妹が二人いるので。
エミストラが言うには、元々イズミンはベルークの事が好きだったのだが、ベルークに相手にされなかったので、次第に嫌いになったのではないかと。
なるほどと俺は思った。正直ベルークほどの美男はいない。妹が好きになっても不思議ではないと思う。しかし、あのイズミンがツンデレであんな態度をとっているとは、到底思えなかったのだが。
「ユーリってさ、人の事はよくわかっているようで、案外鈍いとこあるよね」
とエミストラに言われて、そうかもと思った。で、数ヶ月前、どんなタイプの女の子が好きかとイズミンに聞かれた時、俺はこう答えたんだ。
「素直な子が好きだな。好きなものは好き、好きな人は好きと言える子がいいな。好きな子をいじめちゃう子もいるけど、そういう子は俺はちょっと苦手かな」
するとイズミンは瞳をキラキラさせて俺に抱き付いてきた。そして、
「私は毎日、お兄様が好きだと言ってるわ。お兄様はイズミンみたいな女の子が好きなんですね?」
と言うと、どや顔でベルークを見た。ベルークが顔をひきつらせていた。
「え? イズミンは本当はベルークが好きなんじゃないの?」
俺がこう聞くと、イズミンは口をポカーン!と開けて俺を見つめた後、今まで見た事がない程怒りの表情をして、無言のまま俺を突き放して部屋を出て行ってしまった。
俺が唖然としたままイズミンが出て行った方を見つめていると、ベルークが言った。
「今のはいくらなんでも酷いのではありませんか、ユーリ様。素直な子がいいと言っておきながら、正直に言った事を疑うなんて」
いつも一方的にやられているベルークが、何故かイズミンに同情している。なんで?
「大体普段の僕達を見ていて、どうしてそんな事思えるのかが不思議です。
それに、イズミンお嬢様は物心付く前からユーリ様一筋だったではありませんか。
ぼくにあたりが強いのだって、僕がイズミン様より一緒にいるから、焼きもちを焼いているからに決まっているじゃないですか」
「だけどさ、実の兄のことで焼きもちって」
あんなに焼きもちを焼かれるほど妹に好かれる理由が、俺にはさっぱりわからなかった。
まあそれはとにかく、あの時、イズミンの機嫌が直るのに一週間もかかり、家族中から非難された。それ以来、俺はイズミンとベルークの間に入りにくくなってしまった。
とは言え、今日のパーティーの件はベルークには関係がない。ところがイズミンはこう言ったのだ。
「あら、お兄様が皇太子殿下に疑われたのはベルークのせいでしょ」
「だから何故そうなる?」
「お兄様に恋人がいれば、いえ、せめて仲の良い女性がいれば、あの男爵令嬢との仲を疑われたりしなかったでしょう?」
「確かにそうかもしれないが、こればかりは仕方ないだろう? 俺は女性にもてなくて、恋人が出来ないんだから」
するとイズミンはため息をついた。
「お兄様、初恋はいつですか?」
「おい、兄に向かってなんて事聞くんだ。おませ過ぎ!」
「お兄様は恋人が出来ないのではなくて、作れない環境なんです。ベルークのせいで。
だって、周りを見渡したって、ベルークより美しい女性なんていないじゃないですか。そんな見劣りする方にお兄様がときめく訳がないわ。
それに、全く気付いていらっしゃいませんが、お兄様は本当はもてるんですよ。けれど、いつも側にベルークがいるから、皆さま引いてしまわれるのよ」
いくら兄贔屓でもほどがある。そんな事ある訳ないじゃないか。
「お兄様信じていませんね。それじゃあ、文机の一番下の引き出しの奥にある木箱を取り出してみてください」
俺はイズミンを下へ下ろすと、言われたとおり、木箱を取り出した。そしてその蓋をあけてみると、たくさんの手紙が入っていた。
「なんだ、これ?」
「お兄様宛の恋文です」
「え? 俺、知らないけど」
「そりゃそうでしょうね。お見せしていませんもの」
「なんでそんな事したんだ? 相手の方に失礼だろう。返事も返せなかったじゃないか!」
「ちゃんとお返ししましたわ」
「は? お前が返したのか? まさか違うよな、いくら天才といったって」
俺はもう何が何だかわからなくなってきた。
ベルークは俺とイズミンがやり取りをしている間、ずっと俯いていたがようやく顔を上げた。しかし、酷く青ざめていた。俺が慌てて声をかけようとした時、ベルークが口を開いた。
「僕です。僕が勝手にお返事を書いて出しました」
「なっ!」
「違うわ。私が命じて書かせたのよ」
「お嬢様!」
ベルークが驚いた顔をして何か言いかけたが、イズミンがそれを遮った。
「だって、お兄様を誰にも取られたくなかったんだもの」
「それなら、どうして今それを暴露したんだ。もういいのか? 俺が誰かと付き合っても?」
俺が矛盾を感じて聞いた。するとイズミンは大きくため息をついた。そして俺ではなく、ベルークを見て言った。
「だって、そろそろ潮時かなって」
「潮時?」
「もうすぐザーグルお兄様が結婚されるでしょ。来年には赤ちゃんが生まれるかもしれないわ。
そうしたら、ユーリお兄様をこの家に縛り付けておく大義名分がなくなるでしょ。きっと山ほどお見合い話が舞い込むわ」
「・・・・・」
「そうなった時、一度も女性とお付き合いした事がないせいで、変な方に引っ掛かったら困るじゃないですか」
イズミンの言葉に俺は絶句した。
俺が皇太子殿下を心配していたように、俺自身も心配されていようとは! しかも早熟とは言え、まだ六歳の妹に。




