21 イズミン
俺が生まれてから一番と思うほどの大きな声で怒鳴ったので、親父は瞠目し、その場で固まった。普段ちゃらんぽらんな俺が怒りに震えているのが信じられないのだろう。
一年前から兄のザーグルは、アルビー嬢をレストー=グラリス教会に推薦した事に責任を感じて、時々様子を見に行っていたようだ。そのうちに、いつも一生懸命で明るく優しいアルビー嬢の事が気になるようになったらしい。
そしてアルビー嬢の方も、彼女自身が語っていた通り、黒髪の騎士に感謝し、ずっと憧れていた。
自分を認めてもらった事、そしてより多くの人々の役に立てる機会を作ってもらった事に。
この二人の父親は同期の友人同士だったから、俺はてっきり、父親達が二人の関係を知って、このお見合いの話を設定したのだと思った。
だから俺にアルビー嬢を観察させたのも、二人を結びつけるために動け、と暗に示唆したのだと解釈したのだ。しかし、これは俺の深読みだったのか?
「父上、どういうつもりで俺に兄上のお見合い相手を調べさたのですか?」
俺が怒りを込めながら尋ねると、父は少ししどろもどろで、最初に言った通りだと誤魔化そうとした。だから俺は鼻で笑ってやった。
「父上が人から『陰の司令塔』と呼ばれている事ぐらい知ってますよ。そんな父上が、マルティナ=グランドル嬢にはオルソー=ボブソンという思い人がいる事ぐらい、ちょっと調べればわかった事でしょ。それなのに彼女を見合い候補にしたのはカモフラージュだったんでしょ?
最初からアルビー=サンエット嬢だけが本命だったのですよね?
俺はその事を聞いているんですよ。何故彼女と兄上を結びつけようとしたのか。そして何故俺にわざわざ彼女を調べさせたのかを」
俺がこう尋ねると、親父は嬉しそうな顔をした。俺が父親の優秀さを知っている!と言ったからか? しかし、ここで喜ぶのは場違いだぞ。空気を読め、親父!
「最初、同期のサンエットから、娘がレストー=グラリス教会の聖歌隊からスカウトされたが、どうしたものかと相談をされた。あの教会は、上層部の人間が行く所だから心配だったんだろう」
「・・・・・」
「それから色々と相談に乗っているうちに、アルビー嬢を教会へ紹介した黒髪の騎士というのが、どうやらザーグルの事だと気が付いた」
やっぱり!
「ほら、ザーグルは女性には全く興味を示さないだろう? 私はずっと心配していたんだよ。だからようやく女性に関心を示したので、これはいけるかも?と思ったわけだ」
やっぱり!!
「私はお前が家族思いの優しい子だとわかっている」
やっぱり!!!
「じゃ、何故今更、兄上じゃなく俺と結婚させようとするんですか?」
「それはお前が私の予想を越える事ばかりするからだ」
「はっ?」
親父の言っている意味がわからない。
「お前が言う、そのカモフラージュで調べさせたグランドル家、そことボブソン家の抱えていた問題を、お前はあっさりと解決してしまった」
そんなのたまたまでしょ! 偶然の賜物。
「そして今回の事だ」
「だぁかぁらぁ、たまたまです! 子供達が宝探ししていなきゃ、あの魔剣は見つからなかったんですからぁ!」
「しかし、お前が策を練らなきゃ、あの魔剣はただの飾り物にすぎなかったし、国家転覆を図る連中もあぶり出せなかった。しかも、お前はあの癒しの魔剣の力を引き出す聖女様の一人だった。」
「だぁかぁらぁ、俺は男で聖女なんかじゃありませんからぁ!」
「それに本当にわかってますか? あの時、兄上が癒しの魔剣を放さずに握っていてくださったからこそ、威力が発揮されたんです。
言わば、俺達は三位一体だったんですよ! 三人のうち、誰が欠けても魔人さん達を元には戻せなかったんです。
最初の計画通り、兄上とアルビー嬢をお見合いさせて下さい。俺は弟なんですからいつでも二人に協力しますよ」
俺の説明に父は目をパチパチさせていた。本当に気付いていなかったのか? 陰の司令塔!
「そうか・・・」
父は暫く黙っていた。しかし、やがてこう口を開いた。
「だが、私は陛下の申し出を受けたいと思っている。私は常々思っていたのだ。このままお前をこの家で飼い殺しするのは勿体ない人間だと。無論、よその家へ出すことも」
「!!!」
「新しく爵位を授かる。こんな素晴らしい事が他にあると思うのか? お前は次男として生まれたせいで、その能力を発揮できないのだぞ。悔しくはないのか!」
俺は呆気にとられた。まさか父がそこまで自分の事を買っているとは思ってもいなかった。面映ゆい気持ちになった。前世では便利な人間としてしか親に見られていなかったから。
しかし・・・
「父上、先ほどは大声を出して申し訳ありませんでした。そして、俺の事を考えて下さっていた事に感謝します。でも、俺は独立をしたいとは考えていません。俺は一家を背負えるような人間ではありませんから」
俺は父にこう言ったが、すぐさまこう返された。
「いや、今はまだ子供だからそんな事を言うが、大人に成れば考えも変わるものだ」
「しかし、俺が成人する時、アルビー嬢は二十歳を越えてますよ? 俺より二つ上ですからね。そこまで彼女を待たせるのは可哀想だし、失礼だと思います。いくら婚約していたとしても。」
俺は、兄とアルビー嬢の幸せの邪魔をするのは絶対に嫌だと父に言った。そして、アルビー嬢との結婚を前提にした爵位なら、断固拒否すると断言した。
そしてこう付け足してやった。
魔物討伐部が普段からきちんと冒険者達の健康チェックさえしていれば、今後は癒しの魔剣を使わずとも、癒しの公爵家の魔法で対処出来るでしょ。そうすれば、俺達の出番はありませんよ、と。
父がむむっと唸った時、父の書斎をノックする音がした。
「今、大事な話をしている。後にしろ!」
父がイライラしながら言った。しかし、それでもノックする音が止まないので、父は雷を落としかけそうな形相で扉のノブを回した。
すると、そこには末っ子のピンク頭の妹イズミンと、酷く心配そうな顔をしたベルークが立っていた。
ベルークは俺の物凄い怒鳴り声が聞こえてきて心配して来たのだろう。
イズミンは怒っている父の事など全く無視して、俺に飛び付いてきた。
「ユーリお兄様、お帰りなさい! お兄様がいなくて、イズミン、寂しくてずっと泣いてました。お父様、ユーリお兄様を独り占めしてずるい!」
グッドタイミングだぞ、イズミン!
イズミンは我が家の天使! アイドルだ。父だろうが、弟のあのセブオンでさえ妹には逆らえない。とにかく可愛くて愛らしい。
しかし我が家の宝玉であるこの妹は、何故か俺に一番懐いている。懐くというより、家の中にいる時は俺にべったりと張り付いている。そしていつも何故かベルークにライバル意識を燃やしている。
ああ、いい事思い付いたぞ。
俺はイズミンを抱き上げると、そのすべすべな顔に自分の顔をすりすりさせながら言った。
「ただいま、イズミン! 俺も可愛いイズミンに会えなくて寂しかったよ。本当はあんなジジ臭いトコ行きたくなかったんだけど」
「ジジ臭い・・・・・」
「わかってる。お兄様はベルークのためにいやいや行ったんでしょう? お兄様が行かないとベルークは行かせてもらえないもんね、あの執事に。でも、主に気をつかわせるなんて、侍従失格よね!」
相変わらずイズミンは辛辣だ。しかも、とてもじゃないが三歳児とは思えない。多分イズミンはサンエットと同等の天才だ。
あはは! と俺は、ベルークには申し訳ないがそこはスルーして、ひきつり笑顔をしながらも、こう言った。
「でもね、イズミン。もしかしたら俺、そのうちにもうイズミンの側にはいられなくなるかもしれないんだ・・・」
「どうして?」
イズミンは元々大きな黒い瞳を限界まで見開いた。だから俺はとても悲しそうな、切なそうな顔でこう答えた。
「父上が、俺に、とある子爵令嬢と結婚して、家を出て独立しろとおっしゃるんだよ」
イズミンとベルークは、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしたかと思うと、同時にこう叫んだのだった。
「「絶対に駄目~~~!!」」
と・・・・・




