20 ハハルヤ郷
一人一人魔人を連れてこい、と言った時、正直な事を言えば、これで俺達の夏休みは終わったな、と俺は思った。
だってそうだろう? 魔人が何人いるのかは知らなかったが、五十年分の、少なくとも城の地下牢獄にいる全員の魔人を元に戻すなら、毎日ここに日参しなければ無理だろう? と観念したのだった。だけど・・・
俺達はまだ、夏休みの宿題を四人共同の研究としてレポートを一つ仕上げただけだったが、その他の宿題は免除される事になった。
それは、他の聖歌隊のメンバーも同様だった。どうやら国家の危機に協力したためらしい。
それとも口封じのためだろうか? 何故そんな事を疑うのかというと、宿題以外にも俺達には物凄い特典がついたからだ。
なんと、我がコーンビニア皇国の有名なリゾート地であるハハルヤ郷に招待されたのだ。
高位貴族でなければ、なかなか行くことの出来ないゴージャス場所だと噂で耳にしている所だ。
だが、正直俺は行きたくない。
そう、言わずもがなの事だが、俺は贅沢が嫌いだし、にぎやかな所は嫌いなのだ。
大体、まだ子供の自分達があんなところへ行って楽しがるとマジで思っているのか? やっぱり大人って馬鹿だ! と俺は思った。
賭博場や競馬場、高級ラウンジ、高級ホテル、温泉プール、そして高級エステやマッサージ・・・どこで何を楽しめばいいんだ?
しかも、擦れた連中ならともかく、真面目な信仰深い奴らだぞ!と俺は思ったのだが、意外にもアルビーを含め、聖歌隊のメンバーは、ハハルヤ郷の招待を喜び、しぶる俺にも一緒に行きましょうと誘ってきた。
何でも、ハハルヤ郷では毎日のようにコンサートホールで、世界中の有名なオペラやミュージカル、クラシックなどのコンサートが開かれるらしく、音楽好きには夢のような場所らしい。
あの城の地下で俺がアルビーをサポートしようと、つい歌を歌ってしまったことで、俺は聖歌隊のメンバーに崇められるようになってしまった。ううっ!
今回の事で兄貴がヒーローでアルビーがヒロインになって、めでたしめでたしで終わる筈だった。
なのに、俺までが、ヒーローであり、かつヒロインである、という訳のわからない立場になってしまったのだ。
つまり、アルビーの歌声だけでは癒しの魔剣の威力を完全には引き出せなかったのだ。アルビーに俺の歌声が合わさることで、初めて魔剣のパワーが全開になるらしい。
聖歌隊のメンバーが、俺の事を『聖女さま!』と呼んだ時は本気でひっくり返ったよ。なんで男の俺が『聖女』なのさ!
その上、アルビーの肩を抱いて一緒にデュエットしたことで、ヒロインを守ったヒーローのようだったと、周りの騎士や軍人達に囃し立てられた。
おっさん達は本当に現状把握能力が足りないなあ。こんなんじゃ、一年前、魔物討伐の際に現状把握ができなかった為に、優秀な部下を三人も失くした、今回の騒動の元凶、ギュッテ元将軍と大差ないぞ。
まあ、大した処分も受けなかった温情に感謝し反省するどころか、もう出世の見込みがないと判断して、自国の弱味を握って、その情報を元に隣国に自身を売り込もう、としていた売国奴と一緒にしちゃいかんだろうけど。
あいつは魔人さん達と入れ替わりで、城の地下牢獄に幽閉された。教会で贖罪どころか、スパイ活動をしていたお仲間達とともに。
なんで真の立役者がわからないのかな?
兄貴があの時、あの癒しの剣を命懸けで握って放さずにいたからこそ、魔剣は威力を完全に放出出来たんだ。そうでなきゃ、七十人もの魔人を一気に人間に戻せるわけがないじゃないか!
俺が周りの連中に兄貴が真のヒーローだ! と言おうとした時、兄が俺の肩を掴んでこう言った。
「お前がわかってくれていればいいよ」
と。すると、すぐ側にいたアルビーもこう言って微笑んだのだ。
「私もわかっていますわ」
この二人が互いにわかり合っていればいいか、とあの時は俺も思った。
しかし、現実はそんな簡単な事ではなかった。
俺がハハルヤ郷からもどると《ベルークの為に仕方なく行った!》、俺は父親に呼ばれた。そして例の薄黄緑色の釣書を手渡された。
「アルビー嬢の件、報告が遅くなって申し訳ありませんでした。でも、今更ですよね? アルビー嬢は素晴らしい女性で、我が家にお迎えできたら、大変光栄なことだと思います。でも、やはり、お見合いという形式は必要なんですかね?」
俺がこう言うと、父は頷きながらとんでもないことを言い出した。
「まあ、二人の関係を考えると今更なんだが、陛下がもうこの結婚に大喜びでね、ご自分が立ち会い人になりたいくらいだとおっしゃっていてね。さすがに恐れ多いので、お断りをしたのだが、その代わりに宰相殿が自分がと申し出てこられてね」
「叔父上がですか? へえ。そりゃありがたいことですね」
「それで、式は是非ともレストー=グラリス教会の方が、うちで挙げて欲しいとおっしゃっていてね。あの教会はこちらがお願いしても、なかなか挙げさせてもらえないというのにね」
「これから見合いだというのに、もう式場の話ですか? ずいぶんと気が早いですね。でも普通はどちらかが侯爵家以上じゃないと式は挙げてもらえないのでは?」
両親があそこで挙式を挙げられたのは、母が、あの教会の実質的管理者である癒しの公爵家の出だったからである。
いくらその姻戚関係があるとはいえ、伯爵家と子爵家の婚姻では普通は問題外だろう。
すると、父は誇らしげにこう言った。
「何を言う。聖女様同士の結婚だぞ。なんの問題があるんだ! それに今回の偉業に対し、陛下が新たに侯爵家を創設する事をお許しになったのだ。大変ありがたいお話ではないか!」
「ちょっと待って下さい。聖女様同士とはどういう意味ですか? それにうちが侯爵家になるのですか?」
俺が驚いて尋ねると、父親の方も驚きながら言った。
「さっきからお前とは微妙に話が食い違ってるぞ。今回のお前の功績に対し、新しく爵位を下さるとおっしゃっているのだよ、陛下は!」
「・・・・・俺、まだ十三なんですけど・・・」
「勿論、授与はお前が成人してアルビー嬢と結婚する時だよ」
父は当然だろう、と言わんばかりにこう言った。は? 俺の頭はパニックった。
「何故俺がアルビー嬢と結婚するんですか? お見合いするのは兄上ですよね? 俺が勘違いしていた訳じゃないですよね?」
すると、父はさらっとこう言った。
「ああ、確かに最初はな。
しかし、以前と今では状況が違うだろ。
癒しの魔剣は二人の聖女によって力を発揮するのだから、二人は結婚して一緒に暮らした方が都合がいいだろう?」
「ふざけるなっ!!」
俺は親に向かって初めて怒鳴ってしまった。それはとんでもない事だったが、攻撃魔法を使用しなかっただけ、誉めてほしいくらいだ。
その時、俺はこの世界に転生してから一番腹をたてていたのだった。




