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19 地下室の魔人

癒しの魔剣の話がだいぶ長くなってしまいました。そろそろ結末が見えてくると思いますので、是非ともお付き合い、よろしくお願いいたします!

 昼食後、俺達聖歌隊とロイホト神父は軍人見習いの方々に護衛されて城へと向かった。

 

 兄のザーグルは心配そうにアルビーを見守っていた《鉄仮面で表情が分かりにくいが、家族ならわかる!》が、この道中は何事もないだろう。

 

 贖罪の礼拝を見て、癒しの剣の存在が確かになった以上、狙われたのは剣だけだ。

 しかし、三十人の軍人見習いの持っている剣のどれが本物なのかわからないのだから、まさかここで襲ってはこないだろう。

 

 もし誰かが今日行動を起こすとすれば、牢獄でどの剣が本物かを確認した後に違いない。

 

 

 城はレストー=グラリス教会の隣に位置している。まあ、隣と言っても、敷地が広いから、城門にたどり着くまで歩いて十分ほどかかるが。

 

 そして城門を入って、両脇の高い城壁の間をかくかくと曲がって、またもや十五分ほど進んでようやく城内に入った。

 敵の侵入を防ぐためなのはわかるが、毎日ここに登城する人達は大変だろうなあ。まっすぐ進めたら五分もかからないだろうに。

 

 そんな事を考えながら、俺達は城の地下へと石段を下りて行った。

 どれくらい下ったろう。帰る時にまたここを上るのかと思うとげんなりした。周りの様子を伺うと、聖歌隊のみんなも同じ事を考えているようだった。

 

 そしてようやく階段が終わって平らな場所へ降り立った。

 途中の階段はあちらこちらに置かれた蝋燭で照らされていたが、この場所は地下のはずなのに、どこかに明かり取りがあるらしく、照明もないのに薄ぼんやりと明るかった。

 

 しかし、その明るさとは対照的に、なにか禍々しい感じがした。それは先へ進むほど強くなっていって、後ろを振り向くと、聖歌隊のメンバーが次々と蹲っていった。

 

 俺が慌ててすぐ横を見ると、今度は聖歌隊の衣装を身に付けたベルークが、苦しそうな顔をしていた。

 

「辛いか? お前はここで待っていろ!」

 

 俺の言葉にベルークが頭を振った。ベルークはどんなに辛い時でも俺の側を離れようとはしない。それがわかっているから俺は歩みを止めた。軟弱者と言われようと、俺にとってはベルークが何よりも大切だ。

 

 アルビーやエミストラも苦しそうだ。このまま進むのは無理だろう。

 

 先導していた城の騎士が先を促したが、俺はそれを拒否した。すると、騎士が怒鳴った。

 

「お前達は何しにここへ来たんだ!」

 

「俺達は、贖罪を願う者の手伝いに来たんだ。わかるか? あくまでも手伝いだ! 訓練もしてない、何の魔力も持っていない聖歌隊の子供達に無理強いするな!」

 

 俺が騎士を上回るような怒声で言い返したので、騎士及び周りの者達が驚いたように黙った。

 

「それではどうすればいいのだ?」

 

 後方から声がして振り向くと父親であるジェイド伯爵が立っていた。

 俺はこう言った。

 

「そもそも大勢の罪人を前にして、子供に歌えなどと、無茶な話だ。」

 

「・・・・・」

 

 お前が言い出したんじゃないか! とその目は言っていたが、地下のこの状態の説明を受けてなかったのだから仕方ないじゃないか。そっちのせいだ。

 

「まずとりあえず、一人ずつここへ連れてきて下さいよ。一人なら、貴方達はプロなんだから制御できるでしょ?」

 

 俺の言葉に「ほうーっ!」という声が上がった。

 

 そもそもここにいる連中は、親父から例の癒しの魔剣の話を聞いている連中だ。

 勿論、(おび)き出された奴もいるだろうが、どちらにせよ、最大の目的は、ドラドッド子爵家で見つかった剣が癒しの魔剣かどうかを確認する事だ。

 何も魔人全員の前で試さなくてもいいはずだ。

 

「わかった! すぐに連れてくる! 待ってろ!」

 

 先ほど怒鳴った騎士及び数人が厳めしく肩を揺らしながら、道の先へ進んで行った。

 

 そして俺達はその反対に、後方へ下がった。なるべく邪悪なものを避ける為に。

 歌が歌える状態でなければ元も子もない。俺はそんな事もわからないのかと、周りの大人達を軽蔑の眼差しで見てやった。

 

 親父達は気まずそうな顔をした。

 

 言い出したのは俺だが、それによって助かるのはそっちだろう? 偉そうにすんなよな! 

 こっちに尊敬と感謝の念を持って、もう少し配慮しろよな。この中には、自分の子供に丸投げしたドラドッド子爵やサンエット子爵もいるんだろ? 

 

 兄のザーグルがアルビーの側で背中をさすっていた。

 

「大丈夫か? 少し休んでからにするか?」

 

 俺が声をかけると、アルビーは首を振った。

 

「今やらないと。他の人達にも迷惑かけてるし。やれるわ!」

 

 アルビーの覚悟を決めた崇高なその顔に、俺は尊敬の念を抱いていた。そして兄貴も・・・・・

 

 そのうちに、騎士達が向かった先の方から、物凄い呻きが聞こえてきた。まるで獣の咆哮のような。それが次第に大きくなってくる。

 

 数人の騎士と軍人が、今まで聖歌隊を守ってきた軍人見習いさん達から緑色の剣を受け取ると、俺達の前に立った。

 茶色のウェーブのかかった髪の毛をした騎士はエミストラの父親だろう。そしてその隣に立つブルネットの髪の軍人がアルビーの父親だろう。色素が友人達とそっくりだ。

 

 親父も兄貴に手を差し出したが、兄貴はそれを拒否し、自らその若草色の魔剣を取り出して固く握った。

 

 

 やがて俺達の目の前に、鎖で繋がれて両足に重りを付けられた魔人が現れた。

 ぼうぼうに伸びた金色の髪の毛と髭に覆われて、ぼろぼろの服を着ている。見慣れない風貌だが、紛れもなく人間だ。

 恐ろしさとともに、哀れさを感じた。

 

 人々の為に戦った挙げ句に魔人となり、身体じゅうを鎖で縛られ、重りをつけられている。その上、絶えず攻撃魔法をかけ続けられているその姿に、思わず目頭が熱くなった。

 

 その時、突然隣のアルビーが歌い出した。震える小さな声ではあったが・・・・・

 

 魔人は呻き続けている。その声が大き過ぎて、彼女の歌声はまだ届いてはいない。

 頑張れ! 普段の俺なら絶対言わない言葉を心の中で叫んだ。他のみんなも同じだったろう。

 

 アルビーの歌声は次第に大きくなっていった。澄んだ美しい声で、 厳かな『ソーズスミスソング』を。

 

「うっ!」

 

 小さく兄が呻いた。

 兄が両手で握りしめている若草色の剣がガタガタと震え始めた。その瞬間、誰かがこちらに向かって飛び込んできた。いや、飛び込もうとした途端に、その男は両脇を羽交い締めにされた。

 

「放せ! 何をしてる! 私を誰だと思っている!」

 

 大声で喚いている男の顔には見覚えがある。一年前、兄の親友の葬儀に参列していた将軍だ。あの時の作戦ミスで評判を落とした将軍! 

 何故? 確かにあの魔物討伐で評価は下げたが、降格したとか、叱責されたわけでなかったろうに・・・

 

 俺はあっけにとられたが、周りの人達は既に予測していたようで、平然としていた。彼はすぐに縛りあげられ、猿轡(さるぐつわ)をされた。

 

「ううっ!」

 

 一段と大きくなった兄の呻き声に俺は視線を元に戻した。すると、兄は両足で踏ん張って、震える剣を構えていた。俺はベルークと共に兄の背を支えた。

 

 アルビーは一段と声量を上げた。

 それと同時に咆哮の声を出し続けていた魔人がピタリと静かになった。

 癒しの魔剣の効果か? 俺達がそう思ったのはつかの間で、魔人はまた暴れ出し、彼を押さえつけている騎士達を振り払おうとした。

 

 アルビーは恐怖で歌うのを止めた。

 俺は今度はアルビーの脇に立ち、彼女の肩に手をかけながら声を掛けた。

 

「アルビー嬢、あと少しだ。頑張れ!」

 

 そして彼女を誘導するように俺が歌い出した。『ソーズスミスソング』を。そしてそれに連れて、アルビーも俺の歌声に合わせながら歌い出した。すると・・・・・・

 

 兄の持っていた癒しの魔剣から、突如として眩い光が放たれた。

 

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