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18 ソーズスミスソング

 聞き覚えのない『ソーズスミスソング』の歌が始まった瞬間、礼拝していた人々の多くが少しざわついて、上目遣いで聖歌隊の方を見た。

 しかし、ほとんどの者達はまた元の姿勢に戻って祈り始めた。

 

 確かに馴染みのない歌ではあったが、その曲は厳かで、聖歌隊の歌声は素晴らしく、彼らの贖罪の為の祈りに相応しいと感じたからだろう。

 

 しかし、俺とエミストラは、歌が始まった時、聖歌隊ではなく、後方を振り返った数人の人物達に目をやった。

 

 彼らは後方でズラリと並んだ軍人見習いではなく、その胸の前に掲げられている剣に目をやり、端から端へと頭を動かし、困惑している様子だった。

 兄達はさすが訓練を受けている者達だ。彼らは微動だにしなかったが、怪しい動きをした人物をしっかりと確認しているのが遠目でもわかった。

 

 これで癒しの剣を狙っているやつらがいる事がはっきりした。

『ソーズスミスソング』の歌の時だけこんな反応をするなんて、癒しの剣の事を知っている奴しかいないじゃないか。

 

 多分、俺達みたいに、聖なる本を夏休みの自由研究にしようとしていた奴が、過去にいたんだろう。ご苦労なこった!

 

 やがて聖歌隊の『ソーズスミスソング』は終盤を迎え、アルビーのソロのパートになった。

 俺達関係者は緊張した。

 

 アルビーの歌声は本当に素晴らしかった。

 彼女も俺同様絶対音感の持ち主なのだろう。音程の狂いなど全く無かったし、その澄んだ歌声はまさしく天へ届くかのようだった。

 

 しかし、彼女の歌が素晴らしいのは、そんな技術的な事じゃない。彼女は今、癒しの剣の事など全く頭に入ってはいないだろう。

 ただ、ここに集まっている人の思いが天へ届きますように、それだけを願って歌っている。だからこそ、彼女の歌は真に美しい。

 

 壇上から見ている限り、後方で掲げられている剣に変化は見られなかった。

 しかし、礼拝に来た人々の様子は変わっていた。

 

 贖罪の日の礼拝に参加するのは今回が初めての事なので、例年との違いがよくわからない。しかし、『ソーズスミスソング』、特にアルビーが歌い出した頃から、礼拝している人々の顔が穏やかになり、安らいだ表情になっていったのである。

 

 歌が終わると、人々は一斉にアルビーを見つめ、

 

「聖女様! ありがとうございます!」

 

 と口々に言うと、頭を下げた。

 アルビーは驚いて固まっていた。

 

 そして、後方の軍人見習いの皆さんは、歌が終わると同時に各々の剣を元のベルトのホルダーにしまっていた。俺はそちらの素早い動きの方にも驚いた。

 

 人々は皆明るい顔をして教会を出て行ったが、杖をついていた老紳士には杖が不要になっていたし、腰が曲がっていたお婆さんの腰はまっすぐになっていた。

 

 確かこの礼拝は贖罪の為じゃなかったっけ? 

 癒しの為のものじゃなかったよな? 

 と一瞬俺は思ったが、罪悪感をずっと抱いていると、メンタルもやられて体調も崩すんだろうなあ。それが贖罪を済ませた事ですっきりして、体調も良くなったのか? いくら何でも効果が早すぎる気もするが・・・まあ、いいか!

 

 ともかく、アルビーの歌声に剣が反応して、何らかの影響を与えている事は確かだろう。

 癒しの剣自体に、聖なる本に書かれてあったような劇的な変化は見受けられなかったが。

 

 もしかして、礼拝に集まっている人々が魔人のような魔力を持っていないからなのか? 魔人の前ならばもっと強く反応するのだろうか?

 

 

 こうして一度目の礼拝は無事に終わった。そして礼拝する人々を入れ替えて二度目、三度目の礼拝も何事もなく終了した。しかし、人々の反応は一様に同じだった。

 

 昼食の時にこっそりとロイホト神父に尋ねてみた。今年と例年の贖罪礼拝では違いがありますか?と。

 すると、ロイホト神父は眉間に皺を寄せ、小声でこう答えた。

 

「全く違うよ。確かに贖罪が済めば、皆一様にほっと安堵し、安らかな顔にはなるが、あんなにあからさまに明るくはならない。そもそも癒し魔法をかけられたように、体調まで改善されて出て行く人なんて、今までいなかったよ」

 

「やっぱりそうですか」


「癒しの剣の効果が出ているのは間違いないね。」

 

「でも、誰かが意図的に癒し魔法を使ったとは考えられませんか?」

 

 こうエミストラが尋ねると、ロイホト神父は首を振った。

 

「それは考えられない。癒し魔法は一対一でかけるものなんだよ。礼拝堂の中にいる多くの人々に一斉にかけられるものじゃないんだ」

 

「「「そうなんですか!」」」

 

 俺達はその事実を初めて知った。

 冒険者のパーティーには癒し魔法を使える者は一人、というのが相場だ。それなのに、何故軍には癒し魔法を持つ軍人が多くいるのかを、俺達はようやく理解した。

 

「私、怖いわ」

 

 アルビーが初めて弱音を吐いた。

 

「大丈夫。この後は城内で、軍人とか騎士がわんさかいるから、ここより安全だよ。親父達もいるし。」

 

 とエミストラが言うと、アルビーはそうじゃないと頭を振った。

 

「みんなが私の事を聖女様って崇めてたわ。あれは癒しの剣のおかげであって、私の力じゃないのに。勘違いしてる。誤解されたままなのは嫌だわ」

 

 彼女の気持ちはわかる。確かに彼女の歌声はすばらしく、人々の贖罪の気持ちを払拭させる力が本当にあるのだろう。だが、それは癒しの魔力じゃない。

 それなのにこれから後、知らない人々に聖女、あるいは魔力持ちであるかのように、救いを求められても困るだろう。

 

 自分の実力以上のものを要求されるのは辛い。特に真面目な人ほどそれに応えたい、と思うから余計に。

 

 いつもいっぱいいっぱいで、もがき苦しんでいた前世の姉を思い出す。

 

 今、俺は思うのだ。一人で頑張る事も大事だが、それ以上に、誰かに助けを求める事の方が大切なのではないか? 意固地になりすぎると、他人の助けを拒んで自滅してしまう。そうなると、周りの者も辛い。

 

 アルビーが弱音を吐いてくれたのが、俺は嬉しかった。なんとかしたいと素直に思った。

 

「ロイホト神父様、癒しの魔剣の確証が出来たら、ちゃんとその効力を発表して、アルビー嬢が聖女でも魔力持ちでもない事を、信者さんに説明して下さいね! それまでは、教会の方で彼女にボディーガードを付けて下さい! お願いします」

 

 俺が守ります! なんて無責任な事は言えないし、言ってはいけない。でも、周りの協力を仰ぐ事は出来るのだ!

 

 俺の真剣な要求にロイホト神父も頷いた。教会の総力をもってアルビーを保護すると。

 

 まずその言質をとってから、俺も出来るだけ協力するよ、とアルビーに言った。ベルークとエミストラも。

 

 アルビーはほっとしたよう笑った。

 俺は彼女の側に近寄ると、彼女にだけ聞こえるように、こっそりこう言った。

 

「兄貴も全力で貴女を守ると思います。だから、心配しないで!」

 

 アルビーは顔を真っ赤にしてうつむいたのだった。

 

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