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15 黒髪の騎士

「俺、正直な話をすると、その黒髪の騎士様はその場の盛り上がりで言っただけなんだと思ってたよ。

 レストー=グラリス教会に出入り出来るのって、普通は伯爵家以上だろ。それに、どうみてもまだ学生だったし、例え本気だったとしても、要求が通るとは思えなかったんだ」

 

 エミストラが笑った。

 

「ところがその騎士様は有言実行したんだ。レストー=グラリス教会からスカウトが訪れたと聞いた時は、ホント驚いた!」

 

 俺とベルークは顔を見合わせた。

 実は俺達も半年前の葬儀に出席していたのだ。追悼礼拝にも。

 

 あの時のレクイエムの歌は素晴らしかった。あんなに心に響いた歌を聞いたのは生まれて初めてだった。

 あれを歌っていた歌い手がまさかアルビーだったとは!

 

 この一週間毎日教会へ通ってはいたが、教会や聖歌隊に迷惑をかけてはいけないと、朝の礼拝が終わった頃を見計らって向かっていたので、アルビーが歌うところをみていなかった。

 

「その黒髪の騎士様って、どなたなんですか?」

 

 ベルークが尋ねると、二人は知らないと首を振った。

 

「教会でも教えてくれないのよね」

  

 アルビーがため息をついた。しかし、俺とベルークは多分知ってる。

 

 俺達が半年前のアイヤー教会の葬儀に何故出席していたのかといえば、兄ザーグルの幼馴染みで親友の葬儀だったからである。

 

 その兄の親友は兄より二つ年上だったが、本当に仲が良かった。

 立派な体躯をし、武道に優れ、豪快な性格で、兄とは正反対なタイプだったが、お互いをリスペクトしあっていた。

 

 軟弱でちゃらんぽらんの俺の事もとても可愛がってくれた。

 

 あんな優秀で将来有望だった人が、上層部の怠慢さと判断ミスで、初陣で命を落とす羽目になるとは。

 俺でさえ悔しくて悲しくて一晩中泣いたのだから、兄はどれ程辛く悔しがった事だろう。

 まして、ご遺族や、亡くなった本人は・・・・・

 

 しかし、恨みや怨念を持ったままでは昇天できないという。

 

 アルビーの歌声はその魂を救ってくれた気がした。それは残された者が勝手に感じただけなのかもしれないが・・・

 

「何故レストー=グラリス教会とアイヤー教会の掛け持ちをなさっているのですか? 大変じゃないのですか?」

 

 ベルークの問いにアルビーはこう答えた。

 

 レストー=グラリス教会からは専属になって欲しいと言われたそうだ。だが、正直に言うと、彼女は皇家や高位貴族などの選ばれた人々だけの為に歌うのは不本意だったと。

 

『私がこんな事言ったなんて、絶対に内緒よ。あなた達だけに話すのだから・・・』

 

 とアルビーはいたずらっ子のように少し笑って言った。

 

 アルビーはサンティア家の長子として生まれ、両親からとても愛されて育った。もちろん家族同様に付き合っていたドラドッド夫妻にも。

 彼女は自分が容姿も地味で、何か飛び抜けた才能があるわけでもない、という事を自覚していた。それでもやはり女の子なので、せめて少しでも魔法が使えたら、少しは注目してもらえたかも、などと考えたりもしていた。

 

 しかし、そのうち弟が次々と生まれると、そんな事を考える暇がないほど忙しくなった。

 貴族とはいえ末端。執事と侍女が二人、そして乳母がいたが、それだけでは手が回らない。三人の弟達は揃いも揃って腕白だった。

 

 アルビーは自分の身の回りの事はもちろん、弟達の世話から、家の掃除や洗濯まで何でもやるようになった。

 特に洗濯は好きだった。アルビーは毎日鼻歌を歌いながら、庭の木の枝に張られたロープに洗濯物を干した。

 侍女達からは

 

『お嬢様に洗濯をさせていると世間様に思われては、私達の恥です! やめてください!』

 

 と言われたが、彼女達だけにまかせていたら、洗濯物は乾かないし、弟達が泥だらけにした服は、汚れが残ったまま落ちていないのだ。

 

 そんなある日、近所の知り合いのお婆さんのお孫さんが亡くなった。二番目の弟と同じまだ八歳だった。

 アルビーがアイヤー教会で行われた葬儀に出席すると、近所の人達があちこちで噂話をしていた。

 聞くともなく聞いた話によると、亡くなってしまった男の子は、家が貧しくて空腹に耐えきれずに盗みを働き、逃げる途中で馬車に轢かれたらしい。

 

「かわいそうだけど天には昇れないね。罪を犯したのだから」

 

 皆がそう口にしていた。

 

 お婆さんの息子は長患いをしていて、お婆さんとお嫁さんは必死に働いたが、生活が苦しく、食べる物にも困っていたらしい。男の子は小さな妹のためにパンを盗んだのだ。

 アルビーはお婆さんの家がそんなに困窮していたとは知らなかった。

 盗みが罪だという事はわかっている。しかし、その罰として死は重すぎる。釣り合いが取れない。しかも天に昇れないなんてありえない! とアルビーは思った。

 

 式の最後にレクイエムが流れた時、アルビーは聖歌隊ではなかったが、自分の席から心を込めて歌った。

 男の子の罪がその死によって償われた今、もう、彼は綺麗な魂だけになって軽くなった。美しいシャボン玉のようのように光り輝きながら天まで昇ってください! 天で幸せになってください。

 

 アルビーの美しいやさしい歌声が教会の建物の中に響き渡った。みんなが一斉に彼女を見た。しかし、男の子の魂が救われるよう、一心不乱に歌っていた彼女は、そんな事には全く気付かなかった。

 

 式が終わった後、アルビーはお婆さんとお嫁さんから両手を握られ、大変感謝され、こう言われた。

 

「貴女の歌声で、あの子はきっと汚れが落ちて、天へと昇って行けます。本当にありがとうございます」

 

 そして神父さんから聖歌隊へ入って欲しいと頼まれた。彼女が十二歳の時だった。

 

「私にはなんの力もなくて、人の役になんか立てないとずっと思っていたの。でも、歌を歌う事で少しは役に立てると知って嬉しかった。だから聖歌隊に入ったのよ。

 半年前レストー=グラリス教会で歌ったのも、魔物退治のために亡くなった方と遺族の方の役に立てればいいと思ったからで、常任はお断りしたの。

 ただ、身分の上下関係なくたくさんの人の為になる時だけご協力させて頂く事にしたのよ」

 

「という事は、近々なにか国民の為の行事が教会であるという事ですか?」

 

 ベルークの質問にアルビーは頷いた。

 

「八月の第二日曜日は年に一度の贖罪の日よ。自分達には関係ないからって忘れてる?」

 

「アア! 贖罪の日か・・・」

 

 俺が眉をひそめたので、アルビーは俺の思い違いに気付いて笑った。

 

「本来は自分の犯した罪や過失を償い、罪滅ぼしのために奉仕活動をして贖罪する日だったらしいけど、今はそれほど重いものじゃないの。

 

 普通、罪を告白したい時は通い慣れた教会で一人で行くものだから、かなり勇気を要するでしょ。

 でも、贖罪の日には身分の上下関係なくみんなで集まって一斉にできるの。気軽っていうと語弊があるけど、有難いと思わない? 

 誰にでも謝りたいな、反省しなきゃ、って思う事の一つや二つはあるでしょ。

 聖歌隊はそんな人達の贖罪を歌によって消滅させるお手伝いするわけ。」

 

「もっとも、今年は自分が贖罪する方に回らなきゃいけない身分だから複雑だけど。」

 

 アルビーが苦笑いした。

 俺達が頭を捻ると、彼女はこう言った。

 

「我が家のせいで、エミストラや貴方達に迷惑かけてしまったし、今、お城の牢獄に入れられている冒険者の方々の事を考えると、申し訳なくて」

 

 俺は彼女の言葉を聞いて、ピンとある良い事が閃いた。

 

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