12 レストー=グラリス
十三歳の夏休み初日、俺はベルークやミニストラと共に都の一番古い、格式の高い教会へ向かった。
そこはアルビー=サンティア嬢が聖歌隊のメンバーとして日参している所だ。この教会にある聖なる本に、例の魔剣の記載があるらしいので、まずそれを見せてもらう事にしたのだ。
レストー=グラリス教会は、国皇や高位貴族の結婚式や葬儀が行われる由緒正しい教会である。俺の両親もここで結婚式を挙げている。
本来なら我がジェイド家がこんな大層なとこで式をしたりしないが、何せ母親が癒しの公爵家の出だったので・・・
故に俺達一家は、普段の礼拝には近くのイザーク教会へ通っている。俺がこの教会にくるのは、母方の親戚の結婚式以来二年ぶりだ。
俺達が教会へ入っていくと、ちょうど朝の礼拝が終わって間も無くだったらしく、聖歌隊のメンバーがまだ残っていた。
そのメンバーのうち、年ごろの女の子達がベルークを見つけて、歓声を上げかけて口に手をあてた。さすがに神父さんの前、というより教会でまずいと思ったのだろう。さすが聖歌隊! 理性があって何よりだ。
その聖歌隊の中で、年上の部類に入ると思われる少女が、こう声をかけてきた。
「あら、エミストラじゃないの。どうしたの?」
「やぁ、おはよう! アルビー姉さん」
おおっ! 彼女がアルビー=サンティア令嬢か!
確かにあの薄黄緑色の釣書にはってあった写真の人物だ。
しかし、濃いブルネットヘアスタイルと群青色の瞳のせいで少し暗いイメージの写真より、ずいぶん明るく綺麗な人だった。
最初俺は彼女の前に顔を出すのはまずいんじゃないかと思った。しかし、エミストラから話を聞いた限り、寧ろ隠さない方がいいと思った。ただ、さすがに見合いの件は知らない振りをする事にしたが。
「もしかして、あの剣を調べにきたの? 自由研究のテーマにでもした?」
なかなか彼女は勘がいい。
「よくわかったね」
「わかるわよ。宿題を一つ仕上げる目的にでもしなきゃ、とても手をつけられないわよね。おじ様達に押し付けられたんでしょ!」
「ご明察のとおりです!」
エミストラが言っていた通り、二人は実の姉弟のようだった。
両家の両親が共にちゃらんぽらん(エミストラ談!)で、しかも妹弟が腕白なので、真面目長子同士が慰め、協力し合う同志の関係らしい。
あれ? サンティア子爵って、嘘も吐けない真面目人間じゃなかったっけ?
まあそれはともかく、エミストラはアルビー嬢を通して神父さんへ、癒しの剣の研究をしているので、聖なる本を見せては貰えないかと願い出た。あえて例の剣を所持している事は秘密にした。
現れた神父は俺の顔を見て
「おや?」
という顔をしたが、そのままスルーしてくれた。そして、古くて厚くて神々しい立派な本を貸してくれた。
そして、この本は貴重なので貸し出しは出来ないので、朝の礼拝後ならと、ここで読む事を許可してくれた。
それから一週間、俺達は毎日レストー=グラリス教会へ通った。二日後からアルビー嬢も加わっていた。
自分が口出しした事で、エミストラが厄介事を背負わされたと思ったらしい。
聖なる本を読んだ限り、どうもあの剣は、昔魔力払いに利用していた四つの癒しの剣のうちの一つに間違いなさそうだ。
大昔、この世界に魔物が闊歩していた時代、人間はそれに対抗するために、魔力持ちと刀鍛冶がタッグを組み、魔剣製作に励んだ。
そのおかげで色々優れた魔剣が作られ、その魔剣を駆使して魔物を退治する伝説の騎士や冒険者達が数多く生まれた。
しかし、そのうちに魔剣を作っていた刀鍛冶の不満が段々と雪のように静かに降り積もっていった。
自分たちがいなければあの魔剣は作れなかった。
自分たちの作った魔剣がなければ魔物達を倒す事は出来なかった。
それなのに何故騎士や冒険者達だけが英雄として褒め称えられるのだ?
何故自分達の名は人々の記憶に残らない?
伝説の騎士アグネスの剣だと? 違う! 北の刀鍛冶モーリーの剣だ!
冒険王カールの剣だと? 違う! 南の刀鍛冶ミズーラの剣だ!
刀鍛冶達の思いは無意識のうちに次第に魔剣の中に籠められていった。そして、やがて魔剣によって魔物を倒して有名になればなるほど、魔物に取り憑かれて魔人化する騎士や冒険者が多くなっていった。
英雄から一気に悪役に転落していったのである。
人を救う為に必死に戦った挙げ句に悪魔として処罰されるなんて冗談じゃない! 騎士や冒険者達は次々と魔物討伐を止めてしまう事態になった。
各国の王達は非常に困った。このままでは魔物達にこの世界を奪われてしまうと。
彼らは聖者レストー=グラリスに助けて欲しいとすがった。
そこで聖者レストー=グラリスは癒しの魔力持ちの弟子達に命じて、世界中に打ち捨てられた魔剣を収拾してくるように命じた。
そして、聖者は世界の東西南北にいる刀鍛冶の長を呼び集め、彼らの思いに耳を傾けた。
無意識だとしても、悔しい、悲しい思いがあった。
しかし、世界の平和を望んでいたその思いは嘘ではないし、このような現状を望んだ訳ではない。
ただ自分を認めて欲しい、褒め称えて欲しい、わかって欲しいという感情はいけないことなのか?
今まで閉じ込められていた彼らの思いが堰を切って溢れ出した。
すると、聖者レストー=グラリスの側に仕えていた一人の少女が突然歌い出した。
それは叙情歌とも賛美歌とも思える調べだった。
最初は刀鍛冶達の思い。
人々を救うために誠心誠意剣を作り続けた日々、自分達の作った剣で魔物を倒せた喜び・・・・・
次に英雄となった騎士や冒険者達が、自分を勝利へと導いてくれた剣と、それを作ってくれた刀鍛冶へ感謝の気持ち・・・
最後に魔物から助けられた人々が、英雄と彼らを支えた刀鍛冶達を称賛する数々の声・・・
透き通る優しくて美しい歌声が、周辺に響き渡った。
『ああ、そうだ!
私達が欲しかったのは、自分達に向けられるこの声だ。ただ感謝されている声、喜び、幸せ溢れた声・・。』
刀鍛冶達の周りから溢れ出していたグレーのモヤモヤが消え去り、今度は目映い白い光が彼らから溢れ出した。
それを見た聖者が刀鍛冶達にこう願った。
「貴方がたが作って下さった魔剣のおかげで多くの人々が助かりました。今度は、癒しの魔剣を作って頂けないでしょうか」
「癒しの魔剣?」
「魔物を倒す事で溜まってしまった、その汚れた魔力を祓うため魔剣です。そしてその癒しの魔剣で、どうか、かつて貴方がたが作った魔剣を清浄化して元に戻してください。
そうすればきっと、魔剣の持ち手も清浄化されるに違いありません。さすればきっと、貴方がたの名は今後益々人々の心の中に残る事でしょう」
こうして聖者レストー=グラリスの依頼により、東西南北の四人の刀鍛冶それぞれが作ったのが、四つの癒しの魔剣だったのだ。