11 エミストラ
医務室の件があったその三日後、俺は放課後にベルークと共に友人に自宅に招かれた。
友人の名は、エミストラ=ドラドッド。王城の騎士を務める子爵家の長子だ。
茶髪に茶色の瞳、お茶目な愛らしい顔にはソバカスが星空のように散らばっている。
俺達がエミストラの家に入ると、彼の双子の妹がベルークを見て、
「キャー!」
と叫び声をあげた。すると、
「うるさい! お客に失礼だろ。居間には絶対に入ってくるな!」
普段はおおらかなエミストラが厳しい声で妹達に命じた。そして、ベルークに向かって申し訳なさそうに、「すまん」と言った。
見かけによらず、彼は男気のあるいい奴だ。俺は、人の気持ちを察せられるこの同級生が気に入ってる。
ベルークは老若男女に人気があるが、一部の奴らには妬まれたり、憎まれたりしている。自分の好きな相手(恋人や婚約者を含む)が、ベルークに夢中になっている、という理由で。
でも、ベルークの方からちょっかいをかけてるわけじゃない。むしろ、お嬢様方を避けまくっているにも関わらずだ。どうすりゃいいんだ!!
「気にしなくていい。こっちこそ悪い」
ベルークが苦笑いした。
エミストラは俺達を居間のソファーに座らせると、自らお茶の準備をしに行った。侍女達に頼むと面倒だと思ったのだろう。
「僕が一緒に付いてきたばかりに、気を使わせて悪い」
お茶を出すエミストラにベルークがこう言うと、彼は笑った。
「友達だろ、気にするな! それに、ベルークにも見てもらいたかったし」
実は、前々から魔剣を見に来ないか? と彼から誘われていたのだが、たまたまお互いの都合がつかず、今日になったのである。
「ああ、例の魔剣だね」
「うん。と言っても、本当に魔剣なのかわからないんだけど・・・」
「わからない?」
俺は首を捻った。
普通、魔剣に手を触れると熱というか、エネルギーを感じる。たまに、それとは反対に氷のように冷たく感じる時もある。どちらにせよ、すぐに何かを感じるものだ。たとえ、魔力を持たない人物がふれたとしても。
まあ、どんな魔力なのかは、由来や取説が付いてないと、実際使ってみないとわからないらしいが。
「今時珍しいね。取説なしの魔剣って・・・」
ベルークが言った。
そうなのだ。魔剣と呼ばれるものは多種多様あって、その威力がわからないと非常に危険なのだ。
昔はそれで色々な事故が起こった。そこでそれを防ぐ為に、先代の国王の時代に魔剣を所持する場合は、その魔剣の由来と性能(威力)、その通り扱いを纏めた書類を、魔法部魔道具課に登録する事が法律で決められたのだ。
そのお陰で魔剣の売買もスムーズになったし、何か事件に使われても犯人が特定しやすくなった。
そしてそれと同時に、登録されていない魔剣を所持する事は違法となったのである。
「その魔剣、まだ登録していないということ?」
「というより、魔道課で鑑定してもらったんだけど、魔力なし、ただの剣だと言われた」
エミストラの言葉に俺達が怪訝そうな顔をしたので、彼はその話題の美しい剣をテーブルに出しながら、事の経緯を話し始めた。
このドラドッド家と隣家のサンティア家は、家族ぐるみの付き合いをしていて、お互いの家でよくホームパーティーを開いているのだそうだ。
『えっ? サンティア家???』
前回やったのはひと月程前の事だった。その時、ドラドッド家の双子の姉妹と、サンティア家の腕白三兄弟が、この屋敷の屋根裏部屋でかくれんぼをしている時に、埃をかぶっていた大きな立派な箱を見つけた。それが、今目の前にある魔剣?だったらしい。
『何がかくれんぼだ! 宝探しでもやってたんだろう!』
埃を払って雑巾で拭いてみると、その箱はとても高価な魔法封じの箱で、形状からみても、剣がおさまっているように見えた。つまり魔剣だ!
その場にいた一同は一気に盛り上がり、すぐさま知り合いの魔道具屋
を呼んで、鑑定してもらおう、という話になった。
子供達は、お宝を発見した!って、大はしゃぎだったらしい。
『やっぱり宝探しだったじゃないか!』
そして、魔道具屋が来て、慎重に箱を開けてみると、非常に手の込んだ、珍しい若草色をした、それはそれは美しい剣が入っていた。
しかし、剣に触れる前にもう、魔道具屋は期待外れだったという顔をした。
というのも、強い魔力を持つ魔剣という物は魔法封じの箱を開けた瞬間に、今まで閉じ込めていた魔力が一斉に溢れ出してくるので、すぐにわかるのだそうだ。
一応、魔道具屋はその剣を握ってみたが、やはり何も感じなかった。
魔道具屋が帰った後、大人達が順番にその剣を握ってみたが、やはり誰も何にも感じなかった。
期待が大きかった分、みんなはとても落胆した。そして、大人達がため息をつきながら冷めたお茶を啜っていると、サンティア家の一番上のアルビーが遅れてやってきた。
彼女は教会の聖歌隊に入っていて、午前中はその練習に参加していたのである。
アルビーはリビングに入って来ると、テーブルの上に置かれたあった剣を見つけて、
「まあ! 綺麗! これは癒しの魔剣ですね。この剣をどうなさったのですか?」
と言った。
「「「癒しの魔剣?」」
「ええ、教会の聖なる本の中にある挿絵とそっくりですわ」
「ええと、その癒しの魔剣というのは、どんな魔力があるのかね?」
ドラドッド子爵が尋ねると、アルビーはにニッコリ微笑むと、
「何もないそうです。」
「「「えっ?」」」
「というより、魔力を払う事ができる魔剣のようですわ。しかも、持ち手を選ぶそうです」
アルビーの説明にみんなは一様に困惑の表情をした。
その魔力の効果を確かめるのは相当めんどくさそうだ。なぜなら、どうやってその持ち手なる人物を見つけるのだ。
ドラドッド子爵はその癒しの魔剣?かもそれないその剣を、再び魔法封じ箱に戻して蓋を閉じたのだった。
「それは、ずいぶんと厄介な剣だね。これをどうするの?」
ベルークは、癒しの魔剣を手に取り、それを見つめながら言った。
すると、エミストラがため息をついて答えた。
「だからさ、この剣をどうすればいいのかを相談したくて。このまま元の屋根裏部屋へ戻すのは簡単だけど、癒しの魔剣としてもし誰かの役に立つなら、是非使って欲しいしとも思うし。結局、この剣の始末を親に丸投げされちゃってさ。」
「まあ、そうため息つくなって。お前、面倒な事押し付けられたと思っているだろう。でもさ、明日から夏休みだぜ。それを夏休みの自由研究のテーマにして調べりゃ一石二鳥だと思うぞ」
俺が前向き発言してやると、なるほど! ってエミストラも頷いたのだった。
それにしても、兄貴の見合い相手候補が友人の隣人とはついてるぞ。
とにかく、家を探す手間が省けて助かった。それとなく彼女の人となりも聞けるだろうし、ラッキー! と俺は思ったが、それは大変大きな間違いだった。




