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106 婚約パーティー

 フリーゲン夫人は俺がべルークの浮気を疑ったあたりを誤魔化して話してくれた。カスムーク氏がそこまで詳しく夫人に話しているとは思ってもいなかった。

 

 夫人から聞かされたべルークの今日までの思い。それは初めて知った事ばかりだった。俺は泣いた。声を出さずに泣いた。涙がとまらなかった。

 俺はずっとべルークを愛してきた。しかし、自分がべルークに相応しくないんじゃないかと卑屈になって、その思いを告げようとはしなかった。

 まだ幼い妹でさえべルークの思いに気付いていて、自分を悪者にしてまで俺に決断させようとしてくれていたのに。

 母も姉もふざけてべルークに女装させたり、淑女教育をしていた訳ではない。いずれべルークがジュリエッタに戻った時に困らないようにと思ってやってくれていた事だった。

 

 べルークを守るとカスムーク氏に誓いながら、俺は守るどころかべルークを苦しめ、辛い思いばかりさせてきた。本当に情けない。

 

「泣かないで下さい、ユーリ様。わ、私はユーリ様の傍にいる事が出来てずっと幸せでした。そして今も幸せです」

 

 べルークは泣いていなかった。優しく、天使のような美しい笑顔で俺を見つめていた。

 俺はべルークをまた抱き締めた。すると今まで感じた事のない柔らかな胸の感触に気付いて、この柔らかな胸を晒しでギュウギュウに締めつけていたのかと思うと、また涙が溢れてきた。

 なんてかわいそうな事をしてしまったのだろう。何故苦しんでいる事に気付いてやれなかったのだう? 鈍感にもほどがある。

 

 

「それで、これからどうするつもりなんですか?」

 

 いつまでも情けなく泣き続けている俺に、やがてベスタールが呆れたように聞いてきた。どうするって、どういう意味なんだろう。

 

「ですからお二人の関係です」

 

「みんなの前で婚約しているって発表するよ、もちろん」

 

 当たり前だろう、そんな事は。俺はべルークを自分のものだと周りの奴らに公言して、余計なちょっかいを出す奴らを排除したいんだ。独占欲丸出しだが。

 

「それはべルークとですか? それともジュリエッタですか?」

 

「「えっ?」」

 

 俺達は顔を見合わせた。俺は男のべルークと結婚するつもりで、周りの人達に宣言していたんだっけ。まあ、俺はべルーク自身が好きなので女装でも男装でも関係ないのだが。

 

「俺はべルーク自身が好きだから、どちらでもいい。べルーク、お前はどうしたい?」

 

「今まで通りユーリ様の傍にずっといたいので、出来ればべルークとして侍従を続けたいですが、無理ですよね?」

 

 べルークは少し躊躇うように言った。

 

「ねぇ、結婚すれば子供ができるでしょう? そうしたらどうするのかしら? 一旦他所へ養子にでも出してからまた引き取るつもり? 男同士では当然子供はできない筈なのだから」

 

 フリーゲン夫人の言葉に、べルークはすぐ様拒否反応を示した。

 

「ユーリ様との子供を形だけでも養子に出すなんて、絶対に出来ません。ジュリエッタに戻ります」

 

 まだ見ぬ俺達の子供の為に必死に言い募るべルークが愛おしかった。俺はべルークの手をギュッと握りしめながらこう告げた。

 

「俺は都へ戻ったら、ジュリエッタ=カスムーク男爵令嬢との婚約を公表する。そして二人が成人したらすぐに結婚すると。

 しかし、ジュリエッタ嬢は少々体が弱いので、結婚式を挙げるまでは今まで通り、フリーゲン辺境伯の所でお世話になって、体調を整える事になっていると説明しようと思う」

 

 パチパチと暖炉の薪が音をたてて燃えている。暫く黙って俺を見つめていたべルークが、徐に口を開いた。

 

「それは式を挙げるまではべルークとして傍にいてもよいという事ですか?」

 

「お前がそれを望み、お前が辛くないのなら。俺としては人前でべルークを独占出来ないのは辛いが、お前を守る為には現状維持が一番いいと思う。それに、今までとは違い、これからはお前を大切に出来ると思うし」

 

「今までも十分大切にして頂きました。でも、これからもよろしくお願いします」

 

 べルークが俺の胸に顔を付けて小さく呟いたので、俺はまた愛おしくなって、べルークをギュウギュウ抱き締めた。

 

「この部屋、暖房が効きすぎじゃないんですか? 暑くて暑くてたまらないんですが」

 

 ずっと貝のように黙っていたバーミントが初めて口をきいた。

 

「これから屋敷の中で堂々といちゃいちゃされると思うとたまんないなぁ〜」

 

 少し遠い目をして、本気とも冗談ともつかないように彼はこう嘆いたのだった。

 

 

 辺境伯爵邸に着いた翌日、俺はべルークに案内されて、フリーゲン辺境伯家代々の人達が眠っている墓地へと訪れた。

 屋敷の使用人が雪掻きをしてくれたのだろう。辺り一面真っ白な中に、目的の場所まで真っ直ぐに道ができていた。雪道を歩きやすいようにいつもの男装をしたべルークと俺は、手を繋ぎ、足元に注意を払いながら歩を進めた。

 そして道の行き止まりにあった、一番新しいフリーゲン前辺境伯の墓石に花を添えて手を合わせて祈った後、その隣の小さな墓石にも花を添えた。その墓碑銘には『べルーク=カスムークここに眠る』と刻まれていた。

 

「ここにお訪ねするのが遅くなった事をお詫びします。本当に申し訳ありませんでした。

 私は愚かにも貴方の妹の正体にも気付かず、散々辛い思いをさせてしまいました。どうか許して下さい。

 これからは悲しみも辛さも二人で分け合って、ジュリエッタをもう一人だけ苦しめたりしません。ジュリエッタと手を合わせて必ず幸せになります。ですからどうか天の上からお義母様(かあさま)と一緒に、私達を見守って下さい、義兄上(あにうえ)、どうかお願いします」

 

 俺は片膝をつき、両手を合わせ、目を閉じて祈った。するとべルーク、いやジュリエッタも俺のすぐ斜め後ろに腰を下ろして手を合わせたのだった。ずっと来れなくてごめんなさいと。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 俺とべルークは、べルークの祖母や叔父一家、バーミントとベスタールと共に女神の誕生祭を祝い、同時に婚約の祝いをしてもらった。そして年が明けてから、三年後の結婚式にはみんなで必ず出席して下さいと言って、都へ戻ったのだった。

 

 ジェイド家の屋敷に帰った俺は、家族やカスムーク氏を含め、屋敷の全員にべルークとの婚約を発表した。全員が俺達を祝福してくれた。

 俺達は今まで二人を支え、見守ってくれた人々に深く感謝した。

 

 兄夫婦と今春結婚する事になっている姉と婚約者が、婚約パーティーを開いてくれた。べルークの秘密を守れる者だけを招待する為に、身内だけのこじんまりとしたものになるはずだった。しかし・・・

 

 イオヌーン公爵夫妻に嫡男アーノルド、ココッティ伯爵夫妻に一時留学先から戻ってきたサンエット、親友のオルソーとマルティナのカップルにエミストラ、自称俺の崇拝者ヤオコール、元英雄冒険者のジョルジオ、ボランティア仲間となっているアルトナとニルティナ姉妹、カスムーク邸で赤子の頃からべルークを守ってきてくれた使用人達

 ここまではわかる。しかし・・・

 

 首相第一補佐官アピア氏、父の部下ジャスター氏、近衛騎士団の副団長のイセデッチ氏、そしてローソナー殿下まで。

 

「親友の婚約パーティーなんだからお祝いに来るのは当然だろう。兄も来たがっていたんだが、留学先の学校で試験中らしくてね。エミリア嬢にトップで卒業すると宣言した手前、帰国出来なかったみたいで、悔しがっていたよ。

 それにしても君が羨ましいよ。こんな美しいレディと将来結婚できるなんて。だけど婚約者を今まで隠してきた訳がわかるよ。だってこんな素敵な婚約者がいたら心配だもんね。

 でも、これからは心配しなくても大丈夫だよ。仲間達みんなで君の一番大切な人を守ってあげるから、ねぇ?」

 

 ローソナー殿下の言葉に、祝いの席に集まってくれていた人全員が、大きく頷いたのだった。

ようやくここまできました。次章で最終回です。最後までよろしくお願いします。今日中に投稿できるように頑張ります!

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