105 べルークの苦悩(フリーゲン夫人の告白)
いよいよクライマックスに近づいてきました。
今日か明日にはハッピーエンドを迎えたいと思っています。
お付き合いよろしくお願いします、
ロゼリア=カスムーク夫人は、亡くなる直前に正気に戻り、夫と二人の子供に感謝と愛を伝えて、幸せそうに微笑んで息を引き取った。
この奇跡を起こしてくれたのがユーリである事を、カスムーク一家は分かっていた。何時間もずっと癒しの歌声が聞こえてきていたから。
イザーク教会で執り行われた葬儀の時も、人前では歌ってはいけないと前伯爵夫人と約束していた筈なのに、ユーリはその約束を破り、ロゼリアの魂が間違いなく天へと帰れるように、心を込めて葬送曲を歌ってくれた。
そしてずっとべルークの傍にいて肩を抱いてくれていた。セリアンはその様子を見ていて、もしかしたらユーリも本気でべルークの事を思ってくれているのではないか?と思った。
しかし、たとえもし両思いになったとしても、陰で英雄とも聖女様と呼ばれている次期侯爵と男爵の娘では、とても結ばれはしないだろうと思った・・・
べルークは徐々に女性的になる体に怯えながらも、必死に男の振りを続けた。
冬は厚着で簡単に誤魔化せる点では楽だったが、夏場は大変だった。侍従も執事服を着るのだが、たとえ
夏服になって薄い生地になったとしても、さらし布で胸から腰まで何重にも巻いていたので、暑さが半端なかった。
ただ立っているだけでも暑いのに、体術や剣術の訓練や授業は汗だくになって、べルークは時々気を失いかけた。そしてその度に癒し魔法によって体が正常に戻された。
べルークは幼い頃から、自分の主が魔力持ちである事に気付いていた。そしてその力を使って、いつもこっそりと自分を助けてくれている事にも。
娘が心配なセリアンは絶えず彼女に注意を払っていたのだが、そのうちべルークとジェイド家の末娘であるイズミンとの関係が変化していくのを感じていた。
以前のべルークなら誰に対してもクールで、淡々と対応出来ていた。ところがいつしかイズミンには、ただ一方的に好き勝手に言われ放題になっていた。
本来のべルークならば相手が上の立場であろうが子供であろうが、間違った事を言ったりしたらきちんと意見を言っていたのに。
ユーリとはまた少し違うが、イズミンが天才少女だという事をセリアンも薄々感じていた。普段は年相応な振りをしていたが、兄のユーリやべルークと一緒にいる時だけは二人とほぼ同等に会話をしているのに気付いていたからだ。
暫く観察していると、どうもイズミンはべルークが女性である事、ユーリが好きである事に気付いている様子だった。一見するとべルークを虐めているようで、陰でべルークを助けたり庇ったりしていた。
多分べルークもその事が分かっていたから、イズミンに一切逆らわなかったのだろう。身近な者に関してだけは何故か鈍いユーリだけが、二人の関係に戸惑って一人で右往左往していたが。
イズミンは絶えずべルークの後押しをしていた。早く自分の正体をばらして、兄にその思いをぶつけろと。そうしないと誰かに取られてしまうが、それでもいいのかと。
そしてそのうちにイズミン以外にもべルークを支えてくれる者達が現れた。それはイズミンの姉ミニストーリアと、その従姉のエミリアだった。
彼女達もまた、大変優秀な淑女で、社交界の若手ツートップと呼ばれていた。彼女達は人前では素知らぬ振りをしていたが、その実べルークを通して繋がって、次第に親友と呼べる程三人は仲が良くなっていった。
男の振りをさせてしまった為に、同性の友人を作れなかった事に申し訳なさを感じていたセリアンは、二人のご令嬢に深く感謝した。
べルークは全く気付いていなかったが、二人はべルークが女性だという事にとっくに気付いていたのだと思う。賢い方々だったので。
そうこうしているうちに、あの皇太子殿下の誕生日パーティーが催され、あの事件が起こった。
若者達の交流を深める為に、若者達だけでパーティーを主催運営していたので、大人達というか年配者達はパーティーで何が起こったのか、その事に暫く気が付かなかった。
翌日の午前中には、何故か皇太子殿下とエミリア公爵令嬢、何処かの男爵令嬢、そして主のご子息であるユーリが四角関係になっているという情報が流れた。と思ったら、すぐにそれは全くの誤解だと、別の情報が入ってきた。しかもそれは驚愕するような内容だった。
「べルークとその話題の男爵令嬢が元々恋人同士だったのに、何故か皇太子殿下の側近とセブオン様が、皇太子殿下とファーストダンスを踊らせようとしたので、ユーリ様がそれを阻止しようとした、だと?」
セリアンは思いがけない話に一瞬頭が真っ白になった。ただしあっという間に復活した。べルークが令嬢と恋仲になるなんて100%あり得ないのだから、これは意図的に操作された情報だとすぐに気付いたのだ。
スウキーヤ男爵の良くない噂を思い出し、ユーリとべルークが何をしたのかをすぐに理解した。
それにしても、主の為にと頑張れば頑張る程、主との差が広がっていく。それを分かっていながらも一途に尽くす娘が哀れでいじらしくて、セリアンの心は悲しみではち切れそうになった。
しかし、噂を耳にしたその日のうち、こちらが対策を練る前に事態が動いた。べルークに護衛騎士が付く直前に、皇太子殿下の側近の身内に学校内で襲われたのだ。
騎士団の詰所に出向いていたユーリは、夕食の席で初めてべルークが襲われた事を知った。その時の動揺振りは周りの者が呆気に取られるほどだった。
多分、あの場にいた女性の方々と、勘のいいベスタールは気付いただろう。ユーリとべルークがただの主従関係ではなくなっている事に。
セリアンは二人に何も聞かなかったし、二人も何も言わなかった。ただユーリはセリアンと顔を合わせると、恐れるような、申し訳なさそうな、戸惑うような、何かいいたそうな顔をしていたので、いつか自分に話をしてくれるだろうと察していた。
そしてべルークはというと、今まで見た事ない程幸せそうだった。しかし、それはどこか儚げでもあった。もしかしたら両思いにはなれても、心のどこかで結ばれないだろうと覚悟していたのかもしれない。
そしてあの『森作り競技大会』があったあの日、ユーリが倒れ、ジェイド家では大騒動になった。
まあ、今まで良い子過ぎたユーリが、たまに周りに迷惑をかけたっていいじゃないかと、べルークが関わっていなければそう思えたかもしれない。
しかし、訳もわからずユーリに拒まれたべルークの悲しみ、苦しむのを見て、流石にセリアンは非常に腹立たしく思った。べルークはろくに食事をとらず、眠らず、いくら休めと言ってもふらふらしながら働き続けた。
ジェイド伯爵夫人のグロリアスと令嬢ミニストーリアは、べルークを慰め励まし、そして癒しの魔法をかけてくれたが、べルークを絶望の底から引き上げる事はできなかった。
べルークには隠し事があった。だから嫌われたのだと思った。全てを話してしまいたい。しかし自分が女だという事を隠し、ずっと騙していたと分かったら、ユーリはどう思うだろうか。もう二度と口をきいてもらえないかもしれない。顔も合わせてくれないかもしれない。一生許してもらえないかもしれない。
べルークの事を心配してジェイド家を訪ねてきたイオヌーン公爵令嬢エミリアと、ミニストーリアの話から、ユーリがべルークとエミリアの関係を誤解したらしいという事が判明した。そしてベスタールから、ユーリが自分ではエミリアには勝てないからべルークの為に身を引こうとしているらしい、と聞いて、セリアンは完全に切れた。静かに切れた。
こんなにも人様に愛され思われているのに、何故そうも自分に自信が持てないのだ! そして、セリアンは無理矢理ユーリを花や見舞いの品で溢れ返っている居間へと連れて行ったのだった。
ユーリはべルークにただ病気をうつしたくなかっただけ、心配かけて悪かったと謝罪し、隠し事があっても気にしないと言った。べルークが別の人間を好きだと勘違いした事を話したら、べルークを傷つけると思ったらしい。
そして抱き合って愛の告白をしたのだった。父親や兄や従兄弟の前で・・・




