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104 切ない父娘(フリーゲン夫人の告白)

この章はカスムーク氏とべルークの本当の心情が出ていて、この話で一番表現したかった、説明したかった内容です。こんな最後になってしまってすみません。

 二年前、セリアン=カスムークは毎日大変忙しく過ごしていた。ジェイド家の屋敷内の所用や広大な領地の管理に加え、僅かではあるが自分の領地経営もある。

 最近上の息子バーミントがザーグルの侍従から執事見習いになり、少しずつではあるが役に立ってくれてはいるが、それでも色々手が回らない。

 申し訳ないと思いながらも、ミニストーリアの侍従をしている甥のベスタールにも手伝ってもらっていた。甥は大変優秀で、しかも優しい子だったので、伯父の状況をよく理解してくれていたのだ。

 

 その当時セリアンは仕事が忙しいだけではなく、心に余裕がなかった。何故ならこのところ妻のロゼリアの具合がかなり悪くなっていたからだった。

 七年前に入院した後、少しずつではあるがロゼリアの精神は落ち着いていった。セリアンとバーミントの事はちゃんと認識できていて、見舞いに行くと笑顔も見せた。

 しかしいつまでたっても、自分の幼い頃に瓜二つなべルークを見ると興奮して暴れた。自分の亡霊が現れた! 助けて! と。

 月に一度、べルークは父親や兄と一緒に母親の見舞いには行ったが、物陰から微笑んでいる母親の姿を見る事しか出来なかった。

 皮肉にもべルークが母親の手に触れられるようなったのは、数カ月前にロゼリアの意識が戻らない状態になってからだった。そんなべルークを父と兄は不憫でならなかった。

 

 べルークの調子が悪い事には薄々気付いてはいたが、それは母親の事が原因なんだと思っていた。ところがそれは間違いだった。母親の入院先のカスムーク家の主治医に嫌がるべルークを診察してもらうと、思いがけない事を言われた。

 べルークに初潮がきて、今体のバランスを崩しているのだと。そして精神的にも不安定になっているので、無理をさせないようにと言われた。

 セリアンは激しいショックを受けた。初潮・・・・・女の子なら月のものが来るようになるのは当然の事だった。しかし彼には女兄弟がいないし、母親は他界している。上の子も男の子だったので、今まであまりその事を考えた事がなかった。

 いや、辺境地にいる義母やグロリアスからそれとなく忠告をされたような気もしたが、やはり男のセリアンにははっきり口に出すのを躊躇ったのか、詳しい事までは教えてもらえなかった。そのためにセリアンは深くは考えなかった。

 

 グロリアス様はべルークの事を分かっていらっしゃるから、悩みができたら相談に乗ってくださるよ!と、べルークに伝えておけば良かったと、セリアンは後悔した。そうすればべルークは一人で悩んで苦しむ事はなかっただろうに。

 

 今のところ体型にそれ程変化はないが、すぐに女性らしい体に変わっていくだろう。そろそろ限界だ。今までよく誤魔化せてこれたものだとセリアンは思った。

 

 ジェイド家の屋敷に戻るとユーリが酷く心配して待っていた。思春期による体調不良だと説明すると、一安心したようだった。

 しかし、翌週になって暫く侍従の仕事を休ませて自宅に戻らせると言うと、珍しくユーリは酷く腹を立てた。住み込みの侍女もいない家に一人で置いておくより屋敷にいたほうが安全だし、みんなで世話もしてやれると。

 もっともだとセリアンは思ったが、今はそんな事は言っていられない。早めに今後の対策を考えないといけないのだから。そこで、ロゼリアの現在の状態を説明して、べルークが母親の介護をしたがっているからと説明して、ユーリを納得させた。

 

 ユーリはべルークを抱き締めて『ずっと傍にいるよ』と囁いた。後でユーリが言ったところによると、それは一種の告白のようなものだったらしいが、べルークには全く伝わってはいなかったようだ。

 

 自分の屋敷に戻った際、セリアンは自分の体の状態を包み隠さず話すようにべルークに言った。そして話を聞いたセリアンはもうそろそろ限界だから、ジュリエッタに戻ろうと告げた。しかし、べルークはそれを拒否をした。まだ自分はユーリ様の侍従として働けると。

 

 当時セリアンは既にべルークがユーリの事を深く愛している事に気付いていた。幼い頃のような淡い思いではなく、大人の女性としてユーリを思っている事に。

 そしてジュリエッタに戻ったら、自分はもう二度とユーリの傍にはいられないとちゃんと理解している事も。

 だからこそべルークは男として、侍従として出来るだけユーリの傍にいたがっている事も。

 

 このところ、体の変化と共にべルークの心も不安定になっていた。父親に厳しく指導を受けてきたので、それ程感情を表には出さなかったが、ユーリの周りに女性が近づくと不機嫌になり、嫉妬しているのがセリアンにもよくわかった。

 

 ユーリは全く気付かず自覚がなかったが、彼は全年齢層の女性に好かれていて、とても人気があった。

 確かに目立つ容姿ではなかったが、よく見れば整った顔立ちをしていたし、黒髪と黒い瞳は知性を感じさせた。そして中肉中背ではあったが、鍛え上げられた体にはバランスのいい筋肉がついていて、立ち姿は背筋がピンと伸びて格好が良かった。

 その上ユーリは誰にも優しく親切で、気配りの出来る若者だったので、まず年配のご婦人達が彼に好感を持ち、それを娘に伝える。最初は地味だと関心がなくも、少しでも接触を持つと、女性達はだんだんと彼の人柄に惹かれていくのである。

 

 最初はどうしたって顔やスタイルや家柄に目がいくものである。しかししばらく付き合えば、やはり大事なのは中身であるという事を年を重ねるほど分かってくるものだ。しかし、それは後の祭り。

 いくら母親が自分の失敗を教訓にしようとしても、まるで聞き入れない娘の方が多いのだろうが、自分の父親のような男と結婚したくないと思う娘も少なくないのだ。

 

 しかもいくら箝口令を敷いても、ユーリに関する情報を完全には隠せなかった。

 何をやったかはわからないが、ジェイド伯爵家の二男坊は優秀で将来を嘱望され、叔父のイオヌーン宰相だけでなく、陛下や皇太子殿下や、弟殿下の覚えもめでたいらしい。いずれは爵位も授かる予定らしい。

 

 高位貴族の中にはそんなあやふやな情報が流れ、取り敢えず縁談相手の一人としてピックアップし、娘に粉をかけさせようとする者までいた。

 

 しかし実際はユーリの傍にはいつもべルークがいた為、直接ユーリに声をかける女性はほとんどいなかった。いくら男とは言え、国で一番美しい人間の前で告白できる女性はそうはいないだろう。

 それ故、間接的に自己アピールしようと、ユーリの元には数多くの恋文が届けられた。その手紙を受け取る度にべルークが眉間に皺を寄せていたのをセリアンは知っていた。

 

(べルークはユーリ宛の恋文をべルークが全て読んで勝手に返事を書いて出していた、と交際直前に自ら曝露して謝罪していた・・・)

 

 そしてサンエット嬢とエミリアに激しく嫉妬し、それを必死に隠している事も知っていた。けして結ばれる事はないとわかっていながらも恋に身を焦がして苦しんでいる娘が憐れだった。

 しかし、娘だけではなくユーリの為にも出来るだけ、このままこの状態を続けた方が安全だという事は明白だったので、セリアンは深いため息をつくしか方法がなかった。

 

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