103 侍従修行(フリーゲン夫人の告白)
べルークがどうやって優秀な侍従になっていったかがわかります。
べルークの健気さ、頑張る姿に切なくなると思います。
よく思案した結果、セリアンはべルークをセブオンの侍従見習いにしてもらう事にした。とりあえず彼の傍にいればジェイド家の庇護下に入れると思ったからだ。
本当は自分の手で娘を守り抜きたい。しかし現実的にそれは不可能だ。四六時中娘の傍に張り付いていられる訳ではないのだから。
べルークの身を守るためならば、父親としてどんなに惨めで屈辱的な事でも耐えねばならないと思った。
セリアンは何度もべルークに言い聞かせた。セブオンはお前がどうにかできるような人間ではない。だから彼が何かやらかした時は自分を含め、周りの大人達に報告するだけでいい。お前は絶対に手を出すな。自分で対処しようとするな、と。
ところがべルークは容姿は母親に瓜二つだというのに、性格は父親にそっくりだった。それを薄々分かっていたのでセリアンは何度も忠告したのだが・・・・・・
べルークはセブオンにどんなに邪険にされようと、セブオンに真っ当な意見をし、過ちを正そうとした。彼が他人に迷惑をかけると、べルークが彼に代わって謝罪し、セブオンに反省を促した。それは僅か六歳の子供だとは思えないほど丁寧に穏やかに。
しかし結局べルークの努力は報われず、あの乱射事件が起きてしまった。
べルークはセブオンに攻撃魔法で頭に照準を当てられ、トラウマになるような恐ろしい目に合わされた。しかも自分を助ける為にユーリが腹に攻撃を受けて大量の血を流し、べルークもその血を浴びてしまった。自分の盾になって倒れた思い人を見て、べルークは絶叫した。
ユーリが目を開けるまで、べルークは傍を離れなかった。まだ幼い子供を怪我人に付き添わせておく訳にはいかない。しかもあんな恐ろしい目にあったばかりの子を。みんながそう思ったがべルークは頑として言う事を聞かなかった。ここで無理矢理引き離すのは精神的にかえって悪いと医師に言われ、仕方なくグロリアス夫人が定期的に癒し魔法をかけてべルークを眠らせた。
三日後にユーリがようやく目を覚ました時にもべルークは傍で眠っていた。頭を優しく撫でられて目を開けた時、静かに微笑んでいるユーリを見て、べルークは心から天に感謝をした。そして一生ユーリに尽くそうと幼心にそう誓ったのだった。
そう、確かにユーリに尽くそうと誓った。そして幸いな事に今度はユーリの侍従になる事が出来た。
ところが、ユーリは何でも一人で完璧に出来た。べルークが手助けする事など何一つなかった。いや寧ろ不器用で何をやっても時間のかかるべルークの手伝いまでしようとした。
べルークはとても情けなかったし悔しかった。だから父親に懇願した。自分を立派な侍従になれるように厳しく指導して欲しいと。
ユーリはとにかく目立たない地味な子供だった。それは風貌もそうだったし、勉強も運動もまあ上位だったが、特に際立ってはいなかった。
しかし彼が叔父のイオヌーン公爵と同類だという事にセリアンは早くから気付いていた。彼は酷く頭が良く、運動能力に優れ、しかも癒しの歌声を持つ事も前ジェイド伯爵夫人から聞かされていた。彼が本気を出せば軽くトップになれるだろう。
そして病院から退院してすぐ、ユーリはセリアンだけに本来の姿を見せた。
まず事件後ショックで家に引きこもって学校へ通えなくなったべルークの為に、癒しの歌声で歌を歌い、心を癒してくれた。
次に自分がべルークを必ず守るから、自分の侍従にしろと言った。そして守れる証拠として自分がハイスペックホルダーである事を告白したのだった。しかもそれを使ってジュリエッタの誘拐犯を倒したと。それは衝撃だった。べルークが二度もユーリに命を助けられた事に。
確かにユーリの侍従にしてもらって彼の傍に置いておく事がべルークにとっては一番安全だろう、そうセリアンは思った。
しかしユーリの作ったシナリオに従ったのだが、大恩ある主夫妻に対して後ろめたさが残った。執事を辞める気など更々ないのに、希望を叶えてもらえないなら辞めると脅したのだから。
べルークは命の恩人であり、初恋の相手であるユーリの侍従になれて、最初の頃は舞い上がっていた。しかし、そのうちに彼は自分が酷く不器用で要領がかなり悪い事に気が付いた。
その上一つしか違わない筈なのに、主はとても有能で、貴族の息子なのに自分の事は一人で何でもこなした。その上べルークの世話までやりたがった。そう、ユーリはとても世話好きで面倒見が良い人間だった。
この状況にべルークは焦った。このままでは自分の存在価値がない。そのうち主にとって邪魔なだけの存在になって、きっと侍従ではいられなくなる。
べルークはユーリの役に立つ人間になりたかった。どうすればいい? そうだ。自分は代々この国一番という執事を輩出しているカスムーク家の人間だ。自分だって努力すれば父親のような立派な執事になれる筈だ。
べルークは固い覚悟を持って父親に指導して欲しいと願い出たのである。
元々伯爵夫妻からは形だけの侍従でいいと言われていた。それにユーリにとってもべルークは保護対象であり、世話をしてやりたいとは思っていても世話をしてもらいたいとは露にも考えてはいなかった。
しかし、べルークは父親譲りの真面目な性格で、その上頑固で融通がきかない。人に甘えて楽をしようなどと間違っても考える人間ではない事は、父親であるセリアンが誰よりもよく知っていた。
セリアンはべルークがユーリの傍に堂々と居られるように、有能な執事になる為に厳しく指導をした。端から見ればそれは冷酷なように見えたかもしれないが、それは全てべルークの為であり、べルーク自身が望んだ事だった。
セリアンがまだ幼いべルークに武道を教え始めると、悲鳴を上げたのは教わっているべルークではなくユーリの方だった。
可愛らしく愛らしい小さなべルークに痣や傷が出来るのが耐えられないようだった。しかしセリアンは、べルークを本当に守りたいのだったら、ただ甘やかす事だけでは駄目だという事を理路整然と話して聞かせた。
ユーリは自分のおごりを反省し、セリアンの言う通り、べルークが一人前の侍従になれるように協力してくれるようなった。しかし世話好きな彼が反対に世話をされるという事が、ユーリにとっては苦行だという事はセリアンにもよく分かっていたので、彼にはとても感謝していた。
三年も経つと、べルークはその努力もあって立派な侍従になっていた。いつもユーリとべルークは一緒にいて、誰の目にも二人で一人と見なされるほどだった。そのお陰で、突出した美貌を持ち目立つべルークだったが、彼に直接手を出す者はいなかった。
べルークに告白する者は絶えなかったが、ユーリといる前で全て玉砕していった。セリアンの情報網によると、影でべルークにちょっかいを出そうと試みた輩はたくさんいたらしいが、ユーリがそれらを全て排除して、二度と手を出せないようにしていたらしい。
べルークを守るためにユーリの名義だけ借りるつもりだったのに、実際にユーリに守ってもらえるとは思ってもいなかったセリアンは、ユーリに心から感謝した。
そしてセリアンとユーリは本音で話し合える仲になっていた。そして息子と同じような年のこの少年をリスペクトするようになっていた。ユーリ自身がその自分の能力に気付かない事には腹立たしさも覚えていたが。
ある日、庭でユーリとべルークが珍しく言い争っている場面に遭遇した。訳を尋ねると、このところべルークの調子が悪そうなのでユーリが病院へ連れて行こうとしていたらしい。




