102 二度の初恋(フリーゲン夫人の告白)
この章は、べルークのユーリへの思いの第一弾です!
「分かりました。ご協力しましょう」
「旦那様! 何を!」
戸惑うセリアンにジャスティスは言った。
「君は私の執事である前に幼馴染みの親友なんだよ。君の宝ものは私にとってもとても大事なものだ。それを守るためならいくらでも協力しよう。
ただし、相手はセブオンではない方がいいだろう。セブオンは三男だから早いうちから婿養子の話が色々ときそうで面倒だ。それに比べて二男のユーリならザーグルが結婚するまではそうそう縁談もこないだろうからね」
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フリーゲン夫人の話をここまで聞いて、俺とべルークは顔を見合わせた。つまり、べルークの婚約者というのは・・・・・
「そうなの。あなたたちは生まれた頃からの婚約者同士なのよ。だから、新しい婚約証明書を作っても教会は受け取ってはくれないわ」
嘘から出た真ってやつ?!
「ユーリ様!」
「べルーク!」
俺達は思わず人前である事も忘れて抱き合った。まるで夢のようだ。俺達がずっと婚約者同士だったなんて。改めて婚約する必要はない。俺達の結婚にもう何の障害もないのだ。
「「コホン!!」」
バーミントとベスタールの咳払いで俺達は慌てて体を離した。
「ユーリ様。本当に今までジュリエッタを守って下さってありがとうございました。婚約者とも女性だとも知らず、ただの侍従であった子をずっと守って頂いて。
この三週間、ユーリ様にどれほど助けて頂いていたのかをこの子から聞きました。時にはユーリ様のお命に関わる事もあったと聞いて、ただただ頭の下がる思いです。
この子はジュリエッタの時に誘拐犯から助けて頂いた時に、ユーリ様に初めての恋をしたそうです。そして初めてジェイド様のお屋敷に伺った際に、ユーリ様と再会した時は嬉し過ぎて大泣きをして、ユーリ様を困らせてしまったそうですね」
初めて会った時、べルークは小動物のように怯えて震えていた。薄水色の美しい瞳がうるんでいて、頬がピンク色に染まり、もう可愛らしくて守ってやりたくなって、思わずそのフワフワな薄茶色の髪を撫でた。
するとべルークが突然泣き出したので、俺は怖がらせてしまったと思って酷く慌てた。しかし、あの時べルークは俺を怖がって泣いたのではなくて、再会出来た事が嬉しくて泣いたのか・・・
「ユーリ様がジュリエッタを庇って大怪我をされて目をさまされた時、頭を撫でられて、またこの子はべルークとして貴方に恋をしたのですって!」
「もう止めて下さい、お祖母様!」
べルークは真っ赤な顔をして狼狽えたが、俺はそれが聞けてとても嬉しかった。俺だけではなくべルークもずっと俺を好きでいてくれた事を知って。
「多分ジュリエッタは自分の口からは絶対に貴方にお話しないと思いますので・・・・」
そう言ってフリーゲン夫人はこれまでの彼(彼女?)の気持ちを俺に話して聞かせてくれた。
この三週間で祖母と孫の間でかわされたガールズトークを、まさかそれを俺にばらさられると思っていなかったらしく、今まで見た事がないくらいべルークは焦りまくった。
そして必死に祖母の口を塞ごうとしていたが、俺はべルークの心の内を知りたかったので、彼(彼女)の体をしっかりとホールドして動けなくして話を聞いた。
フリーゲン夫人から聞かされたべルークの切ない思い、苦しみ、葛藤を知った俺は、べルークのいじらしさに胸が詰まった。そして改めて自分の鈍さ、不甲斐なさに非常に腹が立った。
バーミントが酷くやつれている理由がよく分かった。愛する者の傍にいながら、その苦しみや辛さに全く気付いてやれなかったのだから。
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べルークは物心つく前から、一人二役をさせられていた。しかし、それはバイリンガルの子供が父親とはA国の言葉で、母とはB国の言葉で自然に話すようなものだったという。
べルークと呼ばれれば男の子として振る舞い、ジュリエッタと呼ばれればロングヘアのかつらをかぶり、ドレスを着て女の子らしく淑やかに振る舞った。それは無理するというより本当に自然な事だったという。
父親のセリアンも娘にいつまでもそんな事をさせるつもりはなかったのだが、母親の体調がなかなか回復せず、先の見通しが立たなかった。
とは言え、学校の入学時期も迫ってきて、いつまでも兄のバーミントを祖父母の所へ預けておくわけにはいかなくなった。家族が揃う事は嬉しいが、このままではべルークの事を隠しておけなくなる。まだ六歳の息子に母親の前で嘘をつかせ続けるのは無理だろう。
セリアンは義父母達と相談をした結果、ジュリエッタは双子の兄のべルークとしてメインの日常生活を送る事に決めた。そして妹のジュリエッタは病弱設定にして、なるべく部屋に籠もって生活している事にした。
ジュリエッタの愛らしさはますばかりで、ひと目で人の心を奪うほどで、娘を守る為にも男装させておいた方が良いと考えたのだ。
カスムーク家の使用人は少人数だが皆優秀で口の固い者ばかりだった。主の意図を察していちいち指示などしなくても、設定されたシナリオ通りに動いてくれた。お陰でカスムーク家の秘密は、ロゼリアにもバーミントにもばれる事はなかった。
ところが、九年前のあのジュリエッタの『トウリーヌの祝い』の日、とんでもない事件が起きた。
イザーク教会へ向かう途中で馬車が渋滞に巻き込まれ、父親が様子を見に僅かな時間その場を離れた瞬間に、ジュリエッタが誘拐されてしまったのだ。
運良く通りかかったユーリによりジュリエッタはすぐに救出されたのだが、その事件の余波は想像を絶する程大きかった。
愛する娘を守られなかった罪悪感、これから降りかかるであろう娘への災い、そして、過去に受けてきた自分のトラウマが一気にロゼリアを襲った。彼女は完全に正気を失ってしまった。
彼女は専門の病院へ隔離された。そしてジュリエッタも体調が悪化したため、北の辺境地に住む祖父母の所で養生する事になった。表向き家族離散のような状態になった。もちろん実際は、ジュリエッタはべルークとして今まで通りに生活するだけだったのだが。
ロゼリアが家で暮らせなくなった以上、セリアンはこれ以上ジュリエッタに二役をさせたくなかった。しかし、誘拐事件の事もあり、娘の安全を考えると男として生活させるしかないと彼は判断したのだ。そして成長して誤魔化しきれなくなったら、祖父母の元に預けている設定のジュリエッタとチェンジさせようと。
学校の入学が近づき、べルークことジュリエッタをどうやって守っていくべきかセリアンが考えていた時、主からべルークに三男のセブオンの侍従になってはもらえないか、という打診を受けた。
主であるジェイド伯爵夫妻はいつもべルークを気にかけてくれていた。多分、今回も依頼という形で自分達に配慮して下さったのだろうと、セリアンは心から感謝した。
しかし、正直な所、べルークをセブオンの侍従にする事には不安があった。彼はいわゆる扱いにくいお子様だったからだ。
セブオンはけして悪い子ではないのだが、穏やかな性格の一家の中でただ一人感情の起伏が激しいお子様だった。しかも攻撃魔力持ちだというのにそれをコントロールする事が出来ない。
奥様のグロリアスはセブオンの幼い頃よりつきっきりで指導してきたが、思うように改善されなかった。
セブオンの一つ年上のユーリはそのせいで両親からあまり手をかけてもらえなかった。セリアンが傍で見ていても気の毒に思うほどだった。しかしユーリはそれに対して不満を言うわけでもなく、何でも自分一人でこなし、弟の面倒もよくみる、とにかく色々な意味で良い子だった。それがかえって心配だった。
出来ればユーリの侍従にしてもらいたいと思ったが、ユーリの本当の婚約者にしてもらいたがっていると思われるのは困る。こちらは身の程知らずなお願いをしているのだ。それなのに、更に図々しい事を望んいると邪推されるのだけは絶対に避けたかった。
明日は、べルークのユーリへの思いの第二弾です!




