101 秘密裏の婚約(フリーゲン夫人の告白)
ユーリ視点で話を書いてきましたが、そのために話のもう一つの軸なるべルークからの視点が上手く表現できまさんでした。これから最終回に向かう前に、フリーゲン夫人が娘婿や孫から聞いた話を語るという形で、カスムーク一家の心情を書いていきたいと思います。
俺はべルークと手を繋ぎながら、フリーゲン夫人からジュリエッタがべルークになったいきさつを聞いた。
十五年前、フリーゲン辺境伯夫人は娘のロゼリアのお産に付き添う為に、カスムーク男爵家の屋敷を訪れた。
初産の時はカスムーク男爵家の元夫人がまだ健在だったので、出しゃばってはいけないと手を出さなかったが、双子を授かった頃には元夫人が既に病気で亡くなっていた。
しかも、双子という事が原因かどうかはっきりはしないが、妊娠中娘の体調があまり良くなかったと聞いて心配していた。故に娘の出産が近づいた頃、夫人は夫と共にカスムーク家を訪れ、上の子供のバーミントを辺境伯で預かる事にして、夫と孫を先に領地に帰らせた。そして自分はお産の手伝いをする為に娘宅に残った。
間もなくしてロゼリアの陣痛が始まったが、酷い難産で三日三晩苦しんで、明け方にようやく男女の双子を産み落とした。そしてそこで力尽きて、赤子の顔を見る前に気を失ってしまった。
二日後にようやくロゼリアは目を覚まし、赤ん坊を見せて欲しいと言ったが、夫のセリアンと実母のフリーゲン夫人は困ってしまった。実は双子の兄の方はとても小さくて、生まれた翌朝には亡くなっていたからである。
母親であるフリーゲン夫人は娘の心が弱い事を知っていたので、娘が落ち着くまでなんとかごまかそうと言った。しかし実の母親に真実を隠す訳にはいかないと、夫のセリアンは二男が亡くなった事を妻に伝えた。
その結果は母親の読みが正しかった。ロゼリアは息子の死を受け入れられなかった。息子に会わせてと泣き叫んで暴れ、何度もベッドから落ちそうになった。
仕方なくセリアンはまず娘のジュリエッタをロゼリアに見せた後、一旦部屋を出て、そこでおくるみだけを替えて、息子のべルークだとして再び妻の所へ連れて行った。
ロゼリアは息子の顔を見るとホッとして再び眠りについた。そんな彼女の寝顔を見ながら、セリアンとフリーゲン夫人はため息をつき、ロゼリアが落ち着いて体調が戻るまで、べルークの事は隠しておく事にしたのだった。
セリアンは幼馴染みで主人でもあるジェイド伯爵夫妻にだけはこの事を話し、四人だけでイザーク教会でべルークの葬儀を執り行った。そして小さな亡き骸は辺境伯の墓地に埋葬する事にした。カスムーク家の墓に埋葬してロゼリアの耳に入るのを恐れたからである。
葬儀の後、夫人は娘婿のセリアンと、娘の幼馴染みのグロリアス、そしてグロリアスの夫のジャスティス=ジェイド伯爵にこんなお願い事をした。
生まれたばかりのジュリエッタを、半年前にうまれたジェイド伯爵家の三男セブオンと、婚約させてもらえないかと。
そのあまりにも突拍子のない話に三人は驚愕した。生まれたばかりの子供を婚約させるなど、王族でもない家で聞いた事がない。
唖然していたセリアンだが、彼はいち早く冷静さを取り戻して、義母を窘めた。
「義母上、私はジャスティス様に仕えている身なのですよ。主に対してなんて失礼な事をおっしゃるんですか。義母上が元候爵家の人間だったとしても、ジュリエッタは男爵家の娘なんですよ」
「わかってるわ。私が身の程知らずのお願いをしている事は。でも、あの子の将来を考えると、ジェイド伯爵様にお願いするしか方法がないの。べルークが亡くなってジュリエッタまで何かあったらロゼリアは二度と立ち上がれないわ。いいえ、きっと死んでしまうわ。どうか、ジュリエッタを、ロゼリアを助けて下さい!」
フリーゲン夫人はジェイド伯爵夫妻の前に跪いて手を合わせた。
「義母上何を!」
「「フリーゲン夫人!!」」
三人は慌てて夫人を起き上がらせようとしたが、夫人は激しく抵抗した。元候爵令嬢でいつも冷静で気品溢れた淑女であるフリーゲン夫人の、あまりのなりふり構わない行動に三人は度肝を抜かれた。
「ジュリエッタを、ロゼリアを助けて! 私はあの子達がまた苦しむ姿を見たくないの。あの天使が再び悪魔達に苦しめられるのを見たくない。今度こそ、私が絶対にあの子を守ってみせるわ! 貴方一人でジュリエッタを守れるの? どうやって? 屋敷にずっと閉じ込めておくつもり? それとも紐をつけて傍から離さないつもり?」
フリーゲン夫人は憎しみのこもった目でセリアンを睨みつけた。夫人以上にいつも冷静沈着なセリアンも言葉につまった。
彼は息子の死と衰弱している妻の事で精一杯で、娘の事まで頭が回っていなかった。
ただ驚いていたグロリアスだったが、少ししてようやくフリーゲン夫人が何を言っているのか、どうしてそんな事を言い出したのかを理解した。彼女はロゼリアの幼馴染みで、彼女の辛い過去をよく把握していたからである。
昨日初めて見たジュリエッタは、今まで見た事がないくらい本当に愛らしく可愛らしい赤ん坊だった。
やつれた顔をしたフリーゲン夫人がため息混じりにこう呟くのが聞こえた。
「髪の色以外はロゼリアの赤ん坊の時にそっくりだわ・・・・・」
と。
そう、ロゼリアはその飛び抜けた美しさの為に、幼い頃から男達の欲望の目にさらされて、嫌な思いや危険な目に合い続けて、精神的に酷いダメージを受けてきた。
その度に癒し魔法でどうにか持ちこたえてきたが、それも限度がある。セリアンと出会って結婚してからは心の平安を取り戻して幸せに暮らしていたが、難産で心身とも衰弱した上に、生まれたばかりの息子を亡くして、彼女の精神はついに限界を超えてしまった。
グロリアスの国内一と言われる癒し魔法でも、彼女のひび割れた精神を全部繋ぎ合わせる事はできなかった。今はただ彼女の自然治癒力を信じるしかない。
上の子のバーミントは父親似だったので、まあ美男子ではあるがそう問題はないだろう。しかしジュリエッタは髪の毛だけは父親と同じ薄茶色だったが、それ以外はロゼリアにそっくりだ。という事は、彼女も母親と同じような目に合う可能性が高いと予測出来るのだ。
しかも、ロゼリアの場合は国の実力者であるフリーゲン辺境伯である父と、候爵家出身の母のお陰でどうにか守られたが、ジュリエッタの父親はいくら有能と評判が高いとは言え男爵である。高位貴族に無理強いされたら、断ることも容易ではないだろう。
そうか。無理矢理縁談を持ち込まれても直ぐさま断れるように、さっさと婚約してしまおうということか。婚約証明書さえ教会へ提出しておけば、二人の間柄は教会と国が保証して守ってくれるのだから。
しかもその相手がこの国を陛下に代わって治めていると言われているイオヌーン宰相の身内となれば、そう簡単には手出しが出来ないだろう。
「フリーゲン夫人、わかりました。婚約証明書が必要だという事ですね?」
グロリアスの言葉に夫人は頷いた。
「成人するまででいいのです。子供達や世間には内緒にしていて構わないのです。ただもしもの時の為に保険として持っていれば、少しでも心の安寧になると思うのです。
もちろん、ジェイド様の方で意中の方が現れたら、すぐに破棄して下さって構いません。ですからそれまで形だけの婚約をして頂きたいのです」
フリーゲン夫人の説明に、セリアンとジャスティスはようやく夫人の突拍子のないと思われた願いの意図を理解したのだった。
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