100 明かされた秘密
あの吹雪の後は晴天が続き、雪道のせいで時間はかかったが、どうにか予定時間にはフリーゲン辺境伯の屋敷に到着した。
雪原にそびえ立つ白亜の豪邸は、前世のアニメでみたような氷の王国の城のようだった。まだ昼過ぎだというのに、まるで夕日のように太陽は地平線近くから赤い光を伸ばし、白い建物を、淡い色に染めていた。
馬車から降りると、キーンと冷たい空気が肺に入り込んだ。俺は改めて気を引き締めると、フリーゲン邸の頑強そうな防御壁の前に立った。
呼び鈴を鳴らすと辺境伯の護衛ではなく、バーミントが門を開けて出迎えてくれた。
「ユーリ様、遠い所をわざわざおいで頂きましてありがとうございます。この雪道を何日もお疲れでしょう」
「べルークは元気でしょうか? 来るのが遅くなってすみません」
「ええ、元気ですよ。色々忙しそうですが」
何故かバーミントは少しやつれて見えた。彼はこの辺境伯の甥で親戚だし、幼い頃にはここに住んでいた馴染みの場所だというのに。どうしたんだろう。
「あの、ジュリエッタ嬢の体調はいかがでしょうか。出来ればご挨拶したいのですが」
べルークの双子の妹に会う事が、俺がここに来た目的の一つだ。カスムーク夫人が亡くなった後、べルークと一緒に会いに行こうと言っていたのに、延び延びになっていた事を謝罪したかった。
バーミントは俺の言葉に動揺したように顔を強張らせ、
「体調は大丈夫です。ええ、後で祖母とご挨拶に伺います」
と言いながら、俺達を大きな暖炉で暖かくなっている客間へ案内すると、侍女にお茶を出すように指示するために部屋を出て行った。
「バーミント、どうしたんだろうね? 何か変だよ。仕事をしているわけでもないだろうに疲れているように見えるけど」
俺がベスタールに話しかけると、彼は俺から厚手のコートを受け取りながら、少し困った顔をした。
「多分バーミントは兄として執事として、自分の不甲斐なさに打ちのめされているんですよ、多分・・・」
「えっ?」
意味がわからず首を捻っていると、ノックの音がした。返事をすると、ドアが開いてフリーゲン元辺境伯夫人が中に入ってきた。
美しい白髪を黒真珠の飾りのついたネットで纏め、べルークと同じ綺麗な薄水色の瞳をした老夫人は、元侯爵令嬢らしくとても品があり、背筋をピンと伸ばし、堂々とした風格をしていた。
「ご無沙汰しております。こんな遠い辺境の地にまでようこそおいでくださいました。ありがとうございます」
「お約束していた日時から大幅に遅れ、女神誕生祭直前になってしまい、誠に申し訳ありません」
俺が立ち上がって頭を下げると、夫人は俺に座るように勧めてから自分も一人がけのソファに腰を下ろした。そして長旅で疲れているだろうベスタールにも座るように言った。
ベスタールは礼を言うと、壁際から簡易の椅子を持ってきて俺の後ろに腰を下ろした。
「ユーリ様のご活躍はこんな辺鄙な町にも聞こえてきますのよ。さぞかし毎日お忙しかった事でしょう。しかもこんな真冬の悪天候の中をわざわざ来て頂くなんて、こちらこそ申し訳ございません」
「とんでもありません。私にとってべルークとの事は最優先事項です。真冬だろうが大吹雪であろうが、フリーゲン夫人にお会い出来るなら、喜んで参上いたします。ただ、今回は城に閉じ込められて逃げ出せませんでした」
「まあ!」
俺が訪問が遅れてしまった理由を説明すると、夫人は驚いて目を丸くされていたが、俺の真剣さは伝わったようで、優しく微笑んでくれた。
「そんな忙しい中、べルークをこちらに呼び寄せてしまってごめんなさいね。べルークは貴方の事ばかり心配していましたわ」
夫人の言葉を聞いて俺は嬉しかった。俺だけじゃなくべルークも俺を思ってくれていたんだ。三週間も離れているなんて初めての事で寂しくて辛かったが、それはべルークも同じだったんたと。
俺は思わず顔がニヤついてしまい、ベスタールに咳払いをされてしまった。
「ユーリ様には本当に申し訳なかったのですが、私は久しぶりにべルークとゆっくり話が出来て嬉しかったわ」
その言葉に俺ははっとして夫人を見た。
「私がべルークを手放さなかった為に夫人とジュリエッタ嬢には大変寂しい思いをさせてしまい、心から謝罪いたします。今後はなるべくこちらへ寄越すようにしますので」
すると夫人は首を静かに振った。
「ユーリ様がこちらに来るように何度も勧めて下さっていた事は存じております。でもべルークは貴方の傍にいられる時間にリミットがあると思っていましたから、少しでも傍を離れるのが嫌だったのでしょう。それがまさか、二人が思い合う仲になるとは正直驚いています」
「フリーゲン夫人、私はべルークを心から愛しています。べルークとの事を認めて頂けないでしょうか。べルークの婚約者の方には私が誠意をもって謝罪に伺いますから、どうかお願いします」
「ええと、その事なのですが、少しだけ待ってもらえますか? べルークと一緒の時にお話ししますから。
まずはジュリエッタに会って頂けないでしょうか」
「はい」
と俺が返事をすると、夫人はサイドテーブルの上のベルを鳴らした。すると廊下に待機していたらしいバーミントとティーセットが乗ったワゴンを押す侍女が入って来た。
そして、それから少し間が空いてから一人の少女が伏し目がちに部屋へ入って来た。俺はその絶世の美少女を見て思わず立ち上がった。
淡いピンク色のふんわりとした可愛らしいセミロングドレスを着た少女は、べルークより少し濃い茶色のセミロングのストレートヘアに、べルークやフリーゲン夫人と同じ薄水色の瞳をしていた。肌は透き通るような白く滑らかで、すっと鼻筋が通り、薄めの唇はとても愛らしかった。そう、俺が何度も何度も触れた柔らかな愛しい唇だ。
「べルーク・・・」
俺が呟くと少女ははっとして顔を上げた。目が合った。少女は戸惑う素振りを見せた。どう反応していいのか分からないといった感じだった。
俺はこの時、べルークの秘密がなんなのかを悟った。何故九年間も一緒にいて気付かなかったのだろうか。自分の鈍さ、愚かさに驚愕した。
俺は夫人やバーミント、そしてベスタールが居るにも関わらず、少女の直ぐ前に立つと、彼女を思い切り抱き締めて耳元でこう言った。
「今まで気付いてやれなくてごめん、べルーク。でも、俺は君自身を本当に愛してる!」
俺の腕の中のべルークはガタガタと震え出した。今まで必死に保っていた緊張感が一気に破れたのだろう。顔も蒼白になっていた。
「ユーリ様、僕、僕は本当は・・・」
俺は首を振った。言わなくたってもうわかる。べルークは本当は女の子で、本当の名前はジュリエッタだという事を。
俺とべルークは並んでソファに座った。そして俺はずっと震えているべルークの両手を握りしめた。
「さすがですわね、ひと目でべルークだとわかるなんて。普通ならいくら瓜二つの兄妹だからといって、雰囲気が全く違うから同一人物だとは思わないでしょうに。兄のバーミントだって気付かなかったんですよ」
フリーゲン夫人が隣に座っている孫息子を見て微笑みかけると、バーミントは顔を引つらせた。彼が憔悴していた理由が分かった。
彼もべルークとジュリエッタが同一人物だという事にずっと気付かなかったのだろう。実の兄なのに。カスムーク氏は自分とべルークだけが知っている秘密だと言っていたから。
まあ、どうやらベスタールやうちの、ジェイド家の女性陣は気付いていたようだが。改めて思い返すと、イズミンや姉、そして母はべルークの正体を知っていたと思われる節がある。道理で俺よりいつもべルークの心配をしていた訳だ。
俺はため息をついた。
「今の今まで女の子だとは気付かなかったので偉そうな事は言えませんが、べルークがどんなに変装しようと、ひと目見ればべルーク本人だという事はわかります。俺はべルークを愛していますから」
「それが聞けて嬉しいわ。テストは合格です。二人の婚約をお祝いするわ」
とフリーゲン夫人は言った。
お待たせしました。ようやくここでべルークの秘密がわかります。予想通りと思われる方が多いのでしょうが、意外と思われる真実も次章にありますので、午後の投稿も楽しみにして頂けたらと思います。