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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

最強のドラゴンに転生したが召喚獣だったとか聞いてない!〜召喚されない限り何もない空間でずっと神様的な奴の話し相手にされるだけだから、もし呼び出されたら全力で戦闘を長引かせていくスタイル〜

作者: なまけものさん

「最強のドラゴンが良い!」


 俺は声高に叫んだ。


『最強のドラゴンですか?』


 真っ白な空間に、綺麗にエコーがかかった中性的な声が響く。


『私の話聞いてました?』

「聞いてたよ? いやぁ、一回聞かれてみたかったんだよね。"異世界転生リクエスト"ってやつ」


 俺が意気揚々と答えると、姿の見えない声の主は諭すように言う。


『では、今一度良く考えて答えてください。説明したはずですよ、転生先の肉体や境遇が恵まれていればいるほど、必ず他の部分でバランスが取られると』

「だから良く考えた結果が最強のドラゴンなんだって。どれだけバランスを取られようと、適当にマイペースに、大空の覇者ってな感じで悠々自適に生きられそうじゃん? 寿命も長そうだし」

『アホか』

「何だぁその雑な罵倒は」


 声の主は呆れたような声色で、


『……まぁ、良いでしょう。本人がそれを望むのなら、望むようにするのが私の役目。これからアホなあなたを最強のドラゴンとして異世界へ転生させます』

「ヒューッ!」

『ハァ、願わくば、健やかにあらんことを――』


 ため息まじりの祈りの言葉を聞いたのを最後に、俺の意識はゆっくりと暗転していった。


 ――いよいよ始まるぜ!

 俺の異世界転生チーレムスローライフ無双なんやかんやがッ!




――――――




「…………」

『…………』

「……ん?」

『…………』

「……あれ?」

『…………』

「おーい」

『さっきからうるさいですね。ん? だの、あれ? だの』

「いやいや、言うてる場合じゃないでしょ。待ち時間長過ぎじゃない? 早くしてくれないと、こっちもテンション維持が難しくなるんだけどなー」

『もう終わりましたよ』

「明らか終わってないでしょ。神様的なあなたと会話しちゃってんじゃん。ここまだ転生待機場所じゃん」

『一から十まで説明しなきゃいけませんか?』

「そーだよ、役目でしょ」

『自分の身体を見てください』

「んー?」


 視線を下ろして自分の身体を見ると、明らかドラゴンになっていた。


「転生終わってた!」

『だからそう言ってるでしょ。あまりなめないでくれません?』

「いやいやいや、何を仕事しました的な雰囲気出してるの。まだでしょ? "異世界"の部分がまだでしょ?」

『まぁ、この空間もある意味異世界みたいなものですよね』

「ごめんなさい、そういうオチだけは本当にやめてください、お願いします」


 俺はドラゴンになった両手をスリスリ合わせてお祈りポーズを取った。

 めっちゃザラザラしてる手のひら。


『冗談ですよ』

「良かった……」

『とでも言うと思いました?』

「やめてくれぇー!」


 そして俺は一から十まで理解させられた。

 俺の愚かな判断が招いた最悪な状況を。


『あなたは召喚獣として異世界に転生しました』

「召喚獣!? どゆこと!?」

『あなたは最強のドラゴンとして、まさしく最強の力を手に入れましたね?』

「いや、分かんない分かんない。全然自覚ない」

『最強の力に対してバランスを取った結果、あなたからは"自由"が奪われたということです』

「うわーッ! 俺のアホー!」

『ね?』

「やかましい!」


 最強のドラゴンとなった俺は短めの後脚をどうにか畳んで体育座りをした。


「くそ……ッ! 座りにくい……!」

『先ほどあなたはこの空間を待機場所と言いましたが、実はその通りです』

「あー、そういうことかー」

『異世界の召喚術師に呼び出されるまで、あなたはここで待機となります』

「ですよねー」

『しかもあなたは最強なので、あなたを呼び出せるような力のある術師はかなり限られます』

「最強ってなんだよ、もー! いらねーよ、そんな力ぁー!」

『救いがあるとすれば、あなたが転生した異世界は、ただいま人類と魔族の大戦争の真っ最中ですので、平時に比べれば呼び出される機会は多いと思われます』

「よっしゃ争えー! どんどん争えー! 世界を火の海にしてしまえー!」

『あ! あなたが邪竜のようなこと言ってたら丁度きましたよ、《召喚呼び出し(サモン・コール)》が!』

「サモン・コールっていうの!? ちょっとカッコいいじゃん!」

『初出勤、いってらっしゃい!』

「急にダサくなった!」


 ヴーーーーーーンという、空気が振動するような音が聞こえ、俺の頭上に中二病全開の魔法陣が出現した。

 続いて重力を無視するように、俺の身体がそこに吸い込まれていく。

 そして、




――――――




 俺が目を開けると、そこには巨大かつ筋骨隆々な体躯に四本の腕を生やした、鬼みたいな怪物が仁王立ちしていた。


 場所はどこかの鬱蒼とした森の奥のようだ。割と近くに古いお城のような建物が見える。

 木の一本一本が小さく見えてミニチュア模型のよう……不思議な感じがする。どうやら俺は結構大きいみたいで、ちょっとテンションが上がった。


 森っていっても、この周辺だけ都合よく広場となっており、しかも側には湖まである。なかなかに良いロケーションだ。

 大自然が放つむせ返るような酸素の香りに、俺は目を閉じ深呼吸……あー、空気がうまぁい♪


 新鮮な空気を堪能したところで、俺はよいしょと後脚を広げて立つと、短い前脚と、背中の大きな翼と、すごく長い尻尾をぴんと伸ばして大きく背伸びをした。


 ……フゥー! 娑婆しゃば、サイコー!


「ちょっと! 何をリラックスしてるんですか!?」


 俺が待望の開放空間にまったりしていると、下の方から何やら声が聞こえてきた。

 おや? と思い視線を向けると、そこには重そうな甲冑を着たゴツいおっさんや、鋭い目つきで弓矢を構えた根暗男に守られるように、トンガリ帽子を被った可愛い赤毛の女の子が立っていた。


 おー、可愛いーぃ♪ 名前はなんてーの?


「な、名前ですか? アイーシャですけど……そんなことより、か、可愛いって、何でそんなに俗っぽいんですか? イメージと全然違います!」


 イメージなんてそんなもんでしょ。

 実際会ってみるまで、相手がどんな奴かなんて分からないに決まってる。

 とゆーわけで、今からお茶でもしながら、ゆっくりお話ししない? 分かり合おーぜぃ♪


「そ、そんな暇はありません! 目の前のあの邪悪なキングオーガの姿が見えないんですか!? 私達はあの魔物を倒し、先に進まなければなりません! そのためにあなたを"呼び出した"のですから、どうか力を貸して下さい!」


 あいつはキングオーガっていうのか。

 オーガのキングなんだから強いんだろうけど、俺は最強らしいからなぁ……下手打ってワンパンで沈めたりしたら、次はいつサモン・コールしてもらえるか分からないし、ちょっとのんびりやってもいい?


「言ってる意味がまったく分かりません! 早くしないと――あ、危ない!」


 アイーシャが悲鳴を上げた。と、同時に俺の後頭部に"軽い"衝撃が走る。

 放置していたキングオーガが、一発お見舞いしてくれたらしい。


 ――痛ッ…………てぇーな、このヤロー!!


 最強のドラゴン渾身の裏拳が、キングオーガの側頭部にヒット!

 首から上が千切れ飛び、側にあった湖へとダイブした。

 豪快な水飛沫が飛び散り、湖が真っ赤に染まる。

 置いていかれた胴体は、ゆっくりと膝から崩れ落ち、その場にダウン。

 大変おグロい光景だったが、ドラゴンになったお陰か何ともない。


「おお、やったぞ!」

「一撃で……!?」


 アイーシャの連れが口々に歓喜と驚きの声を上げる。

 アイーシャ自身はあまりの出来事に口をパクパクさせていた。


 そして俺は違う意味で口をパクパクさせた。


 ヴーーーーーーン


 ――ヒッ!?


 足元に中二病な魔法陣が広がる。


「ドラゴン様ッ、先ほどの無礼な言葉の数々、どうかお許しください! やはりあなたは最強のドラゴンです!」


 きらきらした瞳で俺にお礼を言うアイーシャ。

 でもね、俺はそれどころじゃないのよ。




 ――グォォォォォォ! イヤだぁぁぁぁ!

 戻りたくなぃぃぃぃぃぃ!!




 地面に鋭い爪を立て、"地獄の穴"に対して必死に抵抗する俺。しかし、努力虚しくズルズル引きずり込まれていく。


「本当にありがとうございました! またよろしくお願いしますねー!」


 ホントだよッ!? その言葉信じるからね!?

 絶対またスグ呼んでよ!? 絶対だからねッ!?


 ひらひらと手を振るアイーシャと、仲間の男達。


 俺は後悔の雄叫びを上げながら、魔法陣に全身を飲み込まれた。




――――――




『おかえりなさーい』


 地獄の穴の主の声が聞こえた。


「……ただいま」

『最強だったでしょ?』

「……最強だったよ。ちょっと痛かったから、ちょっとやり返してみたら一瞬で終わったよ」

『気分はどうでした?』

「気分は良かったんだよな〜。可愛い女の子にもお礼言ってもらえたしさ〜。でも後悔の念が大きすぎるんだよな〜〜〜〜」

『あの娘、そんなに可愛かったですか?』

「え? うん、まぁね? アイドル系みたいな?」

『ふーん、そうですか』

「なんだよ、そのめんどくさい反応はよ〜。そういう演出はいらねーんだよ〜」

『何にせよ、そうそう続けて呼び出されることもないでしょうし、それまで仕方ないからお喋りでもしてましょうか?』

「お喋りっていってもなぁ。共通の話題ないと辛くない?」

『話題なんて何でもいいじゃないですか。話し相手になってくださいよ。こんなにたくさんお喋りできるの生まれて初めてなんですから。ね?』

「何でちょっと可愛いんだよ!」

『あれあれ〜? もしかして口説いてます〜?』

「中の人変わってる? 最初とキャラ違いすぎない?」


 ――ピコーン


「ん? 今の音なに?」

『あなたが仕事行ってる間にサモン・コールに音を付けといたんです』

「え!? てことはもう次きたの!? ペース早くない!?」

『じゃ今回はパスしときます?』

「いやいやいやいや、無いわパスとか、マジで頭おかしいんじゃないの」

『……ふーん、術師はさっきと同じ女のようですね』

「アイーシャちゃんってこと? ホントにすぐ呼んでくれたじゃん。良い娘だな〜」


 俺がほくほくしていると、


『残念ながら、同じ術者が連続で呼び出すのはルール違反です』

「ウソォ!?」

『何か不愉快なので、今そう決まりました』

「お前その意味不明な嫉妬キャラやめろッ!」

『べ、別にヤキモチなんか……』

「いいから出せよ、例のヤツ! ほらほら!」

『もー……早く帰って来てくださいね?』

「アホか! 全力で引き伸ばしてくるわッ!!」


 ヴーーーーーーン




――――――




 俺が目を開けると、そこは先ほどとは打って変わって、どこかの古びたお城の中のようだった。

 森の中で見たあのお城だろうか。


「来てくれたんですね、ドラゴン様!」


 聞き覚えのある声がしたので、そちらに顔を向ける。そこには案の定、アイーシャの姿があった。ゴツいおっさんと根暗男も一緒だ。


 呼んでくれたらいつでも来るよ、アイーシャちゃん♪

 んで、今回はどうしてほしいの?


「はい、あの扉を見てください」


 彼女が指差す方を見ると、そこには大きな俺の身体のさらに二倍はありそうな巨大な鉄扉がそびえ立っていた。


「私達はあの扉の向こうに行かなくてはならないのですが、あれには上位神官にしか解呪できない強力な封鎖の呪いがかけられているんです。ついでに言えば単純なパワー不足で扉自体を開けることもできそうにありません。どうかこの非力な私達にお力をお貸しください」


 呪いとは、また面妖な。よく見れば、扉の表面には暗い紫色のエフェクトがかかった鎖のようなモヤが見える。

 はぇー、あれが呪いかぁ。

 でも完全に専門外な気がするから、あんまり期待しないでね?


「はい! 頑張ってください!」


 いや期待してるじゃない。きらきらした目で俺のこと見ちゃってさー。

 正直呪いとかよく分かんないから自信ないんだけど、あんな可愛い娘に期待されたら頑張るしかないんだよな〜。


 俺はノッシノッシと扉に近付くと、ちょっとビビり気味に、爪の先っぽでちょんとその表面に触れてみた。すると、


 パァンッ!


 風船が弾けるような音がして、すごい力を持った特定の人にしか解けないはずの鎖のモヤが一瞬にして吹き飛んだ。


 クソッ! 最強が過ぎる…………ッ!!


「今の音は何ですか!? もしかして、もう呪い解けちゃったんですか!?」


 後ろの方からアイーシャの驚く声が聞こえる。

 イヤだ! この声をもう少しの間でいいから聞いていたい!


 いや、まだだよー?

 やっぱスゲーわ、この呪い。気合いが入ってる。職人のこだわりが随所にこう、ね?

 そういうわけで、これまだ時間かかりそうだから、少し休憩入れても大丈夫かな? お互い自己紹介とかしとく?


「いえ、もう完全に解けてますよ、呪い! こちらからもバッチリ見えましたよ!」


 紫のエフェクトとか鎖のモヤとか分かりやすい見た目にしてんじゃねーよ、職人ッ!! もっと気合い入れて仕事しろや! こだわりはねーのか、こだわりは!


 ――え、あ、そう?

 あーでも、この鉄扉はなぁ、結構重くて時間が……。


 試しに押してみると、驚きの軽さ。

 ヤバい、このままだと今回もすぐ終わってしまう。まだ五分も経ってないのに。

 こうなったら重そうなパントマイムで小一時間粘るしかない。

 まさかこんなところで前世の趣味が生かされることになろうとは思ってもみなかったぜ。


「お、意外に軽いぞ」

「軽いな……」

「ホントですね、かるーい」


 最強関係なく軽いじゃねーか、半端な仕事しやがって! 行く手を阻むならもっとこう、嫌がらせみたいな策を何重にも講じろよー! 頼むよー!



――はぅ!?


「あ、待ってください、ドラゴン様! あれを!」


 え、なになに!? 何でも言って!?


 アイーシャ達の視線の先には、巨大な石柱が何十本と立った広大な大広間が広がっていた。

 その中心には、例の軟弱鉄扉がぴったりなサイズのどデカい巨人と、それに立ち向かう気の強そうな、金髪ショートの女剣士の姿が見える。


「勇者様ッ! 助けに参りました!」

「アイーシャか! 二人もよく……それに、そのドラゴンはもしや……!」

「はい! ついに成功したのです!」


 おいおい、勇者だってよ!

 人類と魔族が戦争中って言ってたけど、そういう本格的なやつだったの!? 完全ファンタジーじゃん!


「く……ッ! 情けない話だが、私一人でこいつの相手は手に余る! 手を貸してくれ、ドラゴンよ!」


 巨人の手には、小さいビル一棟を丸ごと両断できそうなサイズの分厚い剣が握られていて、それを容赦なく女勇者に向けて振り下ろしている。

 巨人はもちろん化け物だけど、女勇者も十分化け物だ。どうやったらあんな細い身体であんな攻撃を弾き返せるんだ?


 ――うーん、ホントに俺の助けいる?


「いる! 頼む、ドラゴンよ!」

「ドラゴン様! どうか勇者様を!」


 ……分かった。でもトラップとかあったら危ないから一歩一歩慎重に行くわ。


「く……ッ! ないから……! そこ私が歩いたところだからトラップないからッ!」


 サイズが違うでしょー!?

 もしこの大きなアンヨで爆発トラップとか引っ掛けたらみんな大変だよ!? いいの!?


「で、では……くっ! てや! ……ッ飛べばいいだろう! その翼は飾りか!?」


 柱に翼ぶつけたら痛いでしょー!?

 ぶつけたことあるの!? ないでしょ!?

(俺もないけど!)


「確かにない! くっ、ドラゴンの苦労を知っているわけではないから強く言えん……! 無理を言ってすまないが、できる限りで良いので早くこちらに来てくれ! 頼むッ!」


 クソがーー! 思いの外素直だから罪悪感が半端ねー!

 つり目で冷たい印象の美人だから気が強くてめちゃくちゃ文句言ってくると思ったのに、俺の適当な引き伸ばしに納得してんじゃないよー! 最強のはずなのに心へのダメージがでかすぎる!


 仕方ないな、もー!


 ノッシノッシノッシ!


「あ、予想してたよりも早い! 助かる、ドラゴンよ! 奴の剣に手を焼いているのだ! 一瞬でも気を抜けばたちまち押し潰されてしまいそうだ!」


 ということは、敵の剣さえどうにかすればイケるってこと?


「え? あ、まぁ、うーん、どうだろ、そうかな?」


 任せろぃ!


 俺は巨人が振り下ろしたバカでかい剣を片手で受け止めると、その表面に四本指の爪を立てた。

 そこにはたちまち亀裂が入り、一瞬で木っ端微塵。

 巨人は驚いたのか、ズシンズシンと地響きをさせて大きく後ろへ退いた。


「なんと!? あの六獄魔将の一角を相手に、ああも容易くその得物を砕くとは!」

「強い……」

「ドラゴン様ー! 素敵ですー!」


 え、この巨人、そんな凄そうな奴なの?

 めっちゃ攻撃軽かったんだけど……まぁ娑婆しゃばを自由に動き回れる奴なんぞ、その程度か。


 で、勇者さん、あとイケる?


「え……? あ、わ、分かった。あとは任せろ!」


 良く言った!


 あとは勇者が何とかするので、俺は冷たい石の床に横になった。

 ヒャー! つめたーい!

 あの待機場所、冷たいとか暖かいとか何も感じないんだよなー。

 どこ見ても真っ白だし、何もないし。

 せめてスマホとネット回線があればなー。

 暇つぶしの方法とかどうしたら良いんだよって感じ。

 ちょっと鬱陶しいけど、あの神様的な奴がいなかったらマジ絶望だったな。話し相手すらいなくてあの空間に閉じ込められるとかアタマ邪竜になるで。


「ど、ドラゴン様! 勇者様が危険です!」


 え、なに、どうしたの、勇者さん?


 涅槃像のようなポーズで顔だけそちらに向けると、剣を失った何とか将軍の巨人が己の拳のみで戦っているのが見えた。

 シュッシュッと短い息を吐きながら、軽快なフットワークと、隙の少ない左ジャブ、ここぞという時に腰の捻りを効かせた右ストレートで、女勇者を圧倒している。


「す、すまん、ダメだった、ドラゴンよ! こいつ、素手の方が何か生き生きしてるッ!」 


 あちゃー。第二段階だったか。

 じゃあ、どうしようかな。ボクシングってフットワークが大事って聞いたことあるから、そこ何とかすればいいかな?


「何を言ってるのかよく分からないが、何とかなりそうなら頼む!」


 もー、ちょっと頼り過ぎぃ。

 勇者のイメージ崩れちゃうじゃん。

 今回までだからね? あとはやってよ? カッコいいとこ見せてよ?


「す、すまない! 努力する!」


 そんじゃ……


 俺はノッシノッシと巨人将軍に近付くと、警戒する奴の抵抗をスルッとかいくぐり、その両肩に手を置いた。


 ――せいッ!!


 掛け声と同時に、巨人将軍の身体を思い切り地面に押し込む。

 すると、ズボボボボッ! といった感じで、そいつの胸までが冷たい石畳の床に埋まった。


 キョトンとする巨人将軍を見下ろしつつ、俺は満足げに頷く。


 これはもーイケるでしょう!

 これでイケなかったら嘘だよ!

 あとは勇者さん、あまり慌てずに慎重にね?

 一瞬の油断が命取りだから、細心の注意を払って決めてください。こっちそんな急いでないので。


「助かった、ドラゴンよ! お前が味方で心強いぞ!」


 よしよしと頷き、俺は後方で戦いの行く末を見守っている三人のところに歩いた。


 そういえば、なんで三人は勇者に加勢しないの?

 意味なくない?


 俺が聞くと、みんな気まずそうに目をそらした。


「勇者と我々では力量に差がありすぎて、かえって足を引っ張ってしまうのだ。敵将との戦いはほぼ一騎打ちで、我々は勇者の戦いに邪魔が入らないように守りを固めるのが決まりになっている」


 ゴツいおっさんが、悔しそうに話す。

 あー……それはちょっと切ないね。


「あとは応援とかかな……」


 根暗男も後に続いた。

 応援も大事だよね。あるとないとじゃ大違い。


「私はいつもなら強化魔法でサポートするんですが、今はドラゴン様を召喚しているので魔力がカツカツなんです」


 えー!? それ先に言ってよ!

 じゃあ本来ならその強化魔法の代わりに俺が頑張んなきゃいけないんじゃん!

 めちゃくちゃ手ぇ抜いてたよ、心が痛い!


「……ハッ!? あれを! ドラゴン様!」


 どうしたの!?


 そちらを見ると、胸より上だけを床から出した面白い状態の巨人将軍が、なおもその圧倒的な腕力で女勇者を押し潰そうとしていた。


「く……ッ! まさかこのような状態の相手にまで力負けするとは……! なんと情けない……!」


 巨人将軍の両手の圧力を、女勇者は渾身の力でどうにか耐えていた。

 大量の汗を噴き出しながら歯を食いしばるその様子に、流石に俺もヤバいのではないかと身を乗り出す。しかし、


「――助太刀は無用……! お前の言う通り、これ以上勇者のイメージを崩すわけにはいかん……ッ!」


 女勇者のその言葉に、俺は柄にもなく熱くなる。


 言うてる場合か!

 勇者が死んだらどうする!?

 勇者は希望の象徴だろ!?

 希望は潰えちゃいけないんだ!

 それこそ勇者のイメージが崩れ去る!

 勇者は生きて、勝って、最後に笑ってなきゃいけないんだ!


「ど、ドラゴン……!」

「素敵です! ドラゴン様!」

「良くぞ言った!」

「がんばれー……」


 そして、俺の心からの叫びが届いたのか、女勇者はくだらない意地を捨て、涙を浮かべながらこう言った。




「……お願い……助けて……ドラゴン……」







 えーー!? 嘘でしょ!? ホントに!?

 可愛いすぎるよーーーー!?

 反則だろ、これは! ギャップ萌えが過ぎる!

 声がちょっと幼くなるのもヤバいし、何より涙がヤバい! 普段は気丈な女勇者のここぞの涙ヤバいよ!


 うわー、熱いよー、心が熱い!

 熱いの吐きそう! あー、出る出る出るッ!




《 ド ラ ゴ ン ・ ブ レ ス 》




 俺のノドの奥から、溜まってた熱い炎が放射された。

 それは俺の意思を反映するように女勇者のみを器用に避け、とぐろを巻いて巨人将軍の肉体を包み込む。

 肉体のみならず、その断末魔までも焼き尽くされ、後に残ったのは焦げ臭い消し炭だけ。

 一瞬の出来事だったけど、みんなすぐに状況を理解したようで、喜びの声を上げながら俺の周りに集まってきた。

 そして少しの間、互いの生存を喜び合ったのだった。




ヴーーーーーーン


 チッ、時間か。

 ゆっくりと俺の身体が魔法陣に沈んでいく。


 せっかくだから、お互い名前くらい名乗っておこうか。もしかしたら長い付き合いになるかもだし。

 俺は……なんかちょっと浮きそうなんでドラゴンて呼んでくれていいや。


「改めまして、私はアイーシャです!」

「我が名はドガード!」

「シャネク……」


 そして、最後に女勇者が口を開いた。


「私の名前はマカロンです。その、ドラゴン殿……また、助けに来てくださいますか……?」


 マカロンちゃん、可愛いすぎるよーッ!

 名前も可愛いし、しおらしくなったし、上目遣い可愛いよーッ!!


 絶対助けに来るからまた呼んでね!?

 絶対よ!? 絶対だからね!?

 忘れないでね俺のこと!?


 こうして俺はみんなに惜しまれつつ、ついに頭まで魔法陣に沈んだ。




――――――




『……おかえりなさい』

「不機嫌じゃ〜ん」

『は? 別に? なんで私が不機嫌にならなきゃいけないんです? 理由は?』

「俺がマカロンちゃんとイチャイチャしてたからだろ?」

『あなたが誰とイチャイチャしてようと私には関係ありませんし? すぐに帰ってきてって言ったのにダラダラ手を抜いて他の女のところでゴロゴロしてたのも別にイライラしてませんし?』

「機嫌直してよ〜。お前がいかに大切か分かったんだって。この世界にお前がいなかったら俺、闇堕ちルート真っしぐらだもんよ〜」

『ん……そ、そうですか? そう思います?』

「思うに決まってんじゃ〜ん。だから、ね? 機嫌直してよ〜」


 じゃないと面倒だしよ〜。


『今、面倒だしって思ったでしょ?』

「思ってない思ってない!!」

『全部筒抜けですよ。今後あなたが私に対しエロいことを思っても筒抜けなので、気を付けてくださいね』


 思うかなぁ……


『は?』

「思うかも!」

『まぁ良いでしょう。私がどんだけエロい身体してるかは今度思い知らせてやるとして、今の私の機嫌を取りたいのであれば、やることは一つだけです』

「え、なに? これ、クイズ? ヒントは?」

『クイズではないしヒントもありません。ただ――』

「ただ?」

『……な、名前で呼んでください』


 はーーーー?


「え、なに? もしかしてそれでイライラしてんの? 俺がマカロンちゃんとアイーシャちゃんのことは呼んだり、心の中で思ったりしてたのにって?」

『…………』

「あれあれ、黙っちゃうの? 何だよ何だよ、お前結構可愛いとこあんじゃんよ〜」

『だから"お前"じゃなくて……』

「いやいや、名前まだ聞いてないし」

『一番最初に言いました! あなたがここに来て一番最初にッ! どうして覚えてないんですか!?』

「え、ヤバ、うそマジ? ご、ごめんごめん、これはマジでごめんなさい。じゃあ悪いんだけど、もう一度だけ教えてくれる?」


 俺は姿の見えない相手に手を合わせ、尻尾を可愛らしくフリフリして見せた。


『では、もう一度だけしか言いませんよ? 私の名前は――』




 最強だけど、自由がない。

 でもそれもまぁ、悪くないと思えてきた。




 おわり。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白かったです!読みやすいし、主人公の性格も好きです。
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