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自主映画

 中間テストが終了したその日の放課後、数日振りに映画研究部の部室へ行くと、教室の中から邦画好きの先輩と洋画好きの先輩が激しく言い争う声が聞こえてきた。

 桃子は入室できずに、扉の前で凍ったまま棒立ちになって、中の様子をジーッと窺っていた。いつもの二人の論争だと解ってはいても、火中に飛び込んで栗を拾うほどの勇気を、新入部員の桃子はまだ持ち合せてはいなかったし、先輩二人の間に立って仲立ちをするなんて芸当は到底できるはずもなかった。

 それであってもそれがどんな内容なのか知りたいと思うのは、人の情というものなのであろう。

 桃子はオカルト映画のように首だけを90度回転させて耳を扉の方へ向け、正面を向いていた両目も同様に扉の方へと動かした。

 耳をダンボにして盗み聞きしていると、

「お前に人事権はないんだ」

 邦画好きの先輩の声だった。

「もちろんあるさ。監督だからな」

 洋画好きの先輩の声が反論した。

 どうやら文化祭に上映される自主映画の件のようだった。

「お前を監督にしたのは」

「君の優しさであり、君のアイディア」

「わかってんじゃねえか。わかってんなら」

「これは僕のアイディア」

「アイディアもくそもあるか。こんなことして許されると思ってんのか!」

「誰に?」

「誰に?……ぜ、全国民にだ!」

 邦画好きの先輩が怒鳴るように声を荒げて言った途端、洋画好きの先輩がゲラゲラと腹を抱えているような感じで笑った。

「私は怒ってませんですよ、はい」

 ボソリッと呟いて、桃子は片方で口許を押えて、もう片方の手で腹を押えて転げるようにクスクスと笑った。

「どうしたの?」

 不意打ちのまさかの声掛けに、

「ゲッ」

 音もなく何時の間にやらそこへやってきたのか、眼の前に立っていたのは、3年生の女子部員の梅香だった。

「入らないの?」

 梅香に言われて

「はい?」

 桃子は教室を指差した。

「またやってるの、あの二人」

「みたいです」

「ほっときなさい」

「でも」

「あれを楽しんでるんだから、あの二人は」

 そう言うや否や、梅香はピシャンッとけたたましい音を立てて扉をオープンした。途端に、邦画好きの先輩と洋画好きの先輩の口論がピタッとストップした。

「仕上がったのね」

と言って、梅香は机の上に置かれた一冊の台本を手に取って、パラパラとページを繰るった。

「本気?」

 梅香は、投げ掛けた。

「ああ、本気だ」

 洋画好きの先輩が、レスポンスした。

「反対だよな」

 邦画好きの先輩が脅すように言うと、梅香はそれに応えるように手に持った台本をゴミ箱に捨てた。

「いいぞ、いいぞ」

と言いながら、邦画好きの先輩が顔を綻ばせて拍手した。

「それでいいのか?」

 洋画好きの先輩に答えるように、梅香は踵を返して黒板に歩み寄り、取り残されたチョークを手にして、一瞬のうちにスタッフ、キャストの名前を書き上げた。

「いいぞ、いいぞ」

と言いながら、洋画好きの先輩が顔を綻ばせて拍手した。

「本気かッ?」

 邦画好きの先輩が怒鳴った。

「ええ、本気よ。私も皆と同じ。監督をやりたいの。だから、このチャンスを逃す手はないって言うものでしょッ」

 梅香が力強くきっぱりと返した。

「だったら替えることはねえだろッ」

「決定権はあなたにではなく、監督である私にあるのよ、さくら」

 桃子が、ついうっかりとプッと噴きだした。途端に、邦画好きの先輩が鬼のような形相で睨みつけてきた。

「女の役は女。昔っから決まってんだぞ。万国共通なんだぞ」

 邦画好きの先輩が、そう言うのも無理はないというものだろう。寅の役をしたくてしようと思って打ち出した企画であったのに、邦画好きの先輩に与えられた役は、何と、何と、妹のさくらだったのだから。

「歌舞伎は男。宝塚は女。脈々と受け継がれている伝統文化・芸術があるのよ。その伝統に乗っかって男がさくらの役をしても」

「何度でも言ってやる。女は女。それが常識なんだ」

「映画は芸術か、それとも、娯楽か。君にとっての映画はどっちだ」

と言いつつ、洋画好きの先輩は邦画好きの先輩に詰め寄った。

「映画は映画だ。芸術も娯楽もあるか」

「なら、尚更。僕達は僕達らしい映画を作ればいいんじゃないのか」

「私もそう思うわ。寅を寅のままに、男が男をやったって、面白くも可笑しくもない。寅の良さはそこにあるんだから。面白可笑しく。でしょう?」

と言って、梅香は同意を求めるように邦画好きの先輩に振った。

 だが、女役が嫌なのか、それともさくら役が嫌なのか、邦画好きの先輩はその返事を長く拒んでいた。そうなるのは人の心理や気持ちからすればそうなるのであろう。それに対する思いが強ければ強いほどにそうなるのは当然の人の情である。

 そんな邦画好きの先輩の背中を押したのは、何時の間にやら部室にやってきた、他の四人の部員達だった。

「映画は面白可笑しく」

と、部員達は拍手喝采で叫んだ。

 こうして、監督は梅香、脚本は梅香と桃子、カメラマンは2年生の女子部員のスタッフは総じて女子部員の持ち場となり、そして、寅の役は洋画好きの先輩で、さくらの役は邦画好きの強面の先輩。おいちゃんとおばちゃん、マドンナのキャストは総じて男子部員がやることとなり、自主映画のための部員達の話し合い会議は終了と相まった。

 駄々を捏ねて嫌がり渋っていた邦画好きの先輩ではあったが、いざ出陣、ならぬクランクインすると、強面の顔立ちは優しく聡明な妹のさくらへと変貌していった。

 それから数ヶ月後。いよいよ文化祭の日がやってきた。部室である教室にスクリーンを垂れ、黒幕で窓を塞ぎ、30人分程の椅子を並べた。そして、『映画研究部自主映画上映会場』と書かれた垂れ幕を入口の壁に貼った。準備の整った上映会場に、招待した映画鑑賞が趣味の父と母が緊張の面持ちでやってきた。桃子は父と母を椅子に座らせた。

 上映時間となり部屋の明りが消された。スクリーンにタイトル『男はつらいよ、女もつらい』が流れ、スタッフとキャストの名が次から次と流れていった。

 物語は、寅が旅先から帰宅したところから始まる。男はつらいよ、女もつらいのタイトル通りに、寅とさくら、二人を取り囲む人々の苦悩などが面白可笑しくドタバタ劇に描かれていた。

 女流監督の梅香の眼は、さくらを優しくて強く、ささやかながらも自分の足でしっかりと幸せを掴んでいこうとしているそんな女性の姿を見つめていた。

 映画研究部の自主映画は、立ち見が出る程の大盛況のうちに幕を下ろした。共に映画鑑賞が趣味の父と母は、スクリーンに流れる娘の桃子の名前を、ハンカチで目頭を拭きながら鼻を啜り上げながら眺めていた。

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