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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼女が何を考えているのか分からない!

作者: ない

 何事も継続することが大事だと、誰かが言った。スポーツをするにも勉強をするにも継続できなければ意味がない、と。自分をみかぎって早くにやめてしまうのはバカがすることだと。私もそれは正しいと思う。

 私には三年間付き合ってきた彼女がいる。名前は富浦菜々子(とみうらななこ)。私より一つ年下で痴漢されていたところを助けたことで知り合った。その後、彼女がお礼をしたいからと半ば強引に連絡先を交換した。菜々子は、やたらと私に懐いてきて正直に言うと最初は面倒だなと思っていた。そんな大したことはしていないので懐かれると困ってしまう。私は元がめんどくさがり屋なのでそう思うのも仕方ないと思う。

 でも、人間慣れてしまえばどうってことなくて、数ヵ月経つと次第に菜々子のことを受け入れ始めてきていた。休日に遊ぶような仲になった、そんなある日のこと。

 私は、菜々子に告白された。

 その日は、バイト代が入ったから私にしては珍しく奢ることにしたんだっけ。菜々子は、めっちゃ拒否ってたけど私が口で言い負かした。菜々子は渋々って感じだっんだけどね。「今度は私が奢りますから!」なんて真面目な顔で言うもんだから笑っちゃった。

 楽しい一日だった。あまりにもいつもと変わらないから告白されても現実味がなかった。最初は、驚いて声も出せなかった。友達だと思い始めていた相手に告白されてどう反応をしたらいいのか分からなかったからだ。冗談だよね?と口に出そうとしたが、できなかった。菜々子が、必死な顔をしていたから。本気なんだな、とわかった瞬間。私の方も何だか恥ずかしくなってきて顔から火が出そうだった。喉になにか詰まっているのか、言葉が上手く発っせなくてやっと口に出せたのは「考えさせて……」というなんとも情けない声だった。

 私は、付き合った経験どころか告白された経験すらなかった。菜々子に告白されるまでは。その日は告白されたことで頭が一杯で寝付きが悪かった。

 そもそも好きとはなんだろう、菜々子は私のどんなところを好きになったのか。そして私は菜々子のことをどう思っているのか。考えて、考えて、考え続けて。気づいたら一週間が過ぎていた。そして菜々子と連絡を取らない日が続いていると彼女から一通のラインが届いた。


『突然ごめんなさい。先週の私の告白、なかったことにしてくれませんか?それとこれからは休日に遊ぶこともやめましょう』


 その文を読むや否や。私は頭がカッとなって彼女に電話を掛けていた。


『……もしもし』


「……さっきのライン、どういうこと」


『……』


「なにかいってよ」


『……ラインの通りです。先週の告白はなかったことにしてください』


「どうして」


『……私、今好きな人がいるんです。同じクラスの森井くんて言うんですけど、数日前に告白されて付き合おうと思ってるんです』


「……」


 嘘だ。ハッキリと分かった。菜々子は嘘をついている。なぜ嘘をつく必要があるのか。


(私のせいか……)


 私が中々決められないから。私が曖昧なままだから、菜々子を不安にさせた。

 でも、だからといってこんな仕打ち、あんまりじゃないか。

 だんだん腹が立ってきた。菜々子の身勝手さと彼女にこんなことを言わせてしまった私自身に。


『そういうことですから、今後は会わないように「……な」え?』


「ふっざけんなッ!散々振り回しておいて勝手なこと言わないでよ!絶対忘れないから!菜々子が私のこと好きって言ったの忘れたりしないから!てか、急になんなの!?こっちは一週間ずっと告白のことで頭が一杯だったんだからね!?勝手になかったことにしないでくれる!?」


 息を切らすほど大きな声で叫ぶ。両親はまだ帰ってきていないので面倒なことにはならない。ご近所には迷惑だろうが、そこは我慢していただきたい。


『…………よ』


「……なに?」


『ッ! 私だってッ!私だってずっと考えてましたよ!本当に告白して良かったのかとか、しない方が良かったんじゃないかとかっ。ずっとずっと考えてましたよ!直美さん以上に考えてましたし、悩みました!悩んだから終わりにしようって思ったんです!直美さんの負担にはなりたくないから!だから……っ!』


「だからってなかったことにするのは違うでしょ!?私、まだ返事してないじゃん!」


 そう。そこなのだ。私の返事も聞かずに先々と話を進められたのが、一番気に入らない。


『……いいですよ、返事なんて。直美さんには色々良くしてもらったし、付き合いたいだなんて高望みしすぎたんです……。私のことなんてもう忘れてください。私も忘れますから』


「もぉ!だから、なんでそうなるの!」


『同性からの告白なんて気持ち悪いものでしかなかったでしょ?本当に、ごめんなさい』


「そんなこと言ってないでしょ!私は菜々子と休日に出掛けるの楽しかったけど、菜々子はちがったの?」


『楽しかったですよ。すっごく……』


「菜々子は私のことが好きなんでしょ?」


『……好きですよ。大好きです』


「あ、ありがと……」


 熱のこもった囁きに少し怯んだが、すぐに立て直す。私を言い負かそうだなんて菜々子にはまだ十年早い。私はゆっくりと息を吸って言葉を続ける。


「……私も菜々子のこと、好きだよ」


『……慰めなくてもいいですよ。直美さんはほんと優しいですね』


 電話越しにもわかる。悲痛な声。


「だからなんでそうなるの!私が告白された相手に優しさで好きだとか言わないから!」


 最後まで言い終わると顔が熱くてたまらない。恥ずかしい。逃げだしたい。いたたまれない。

 私は菜々子のことが好きだ。その好きがどういう意味なのかは、自分でも分からないが、このままでは菜々子と本当に会えなくなるかもしれない。そう思ったら好きの種類なんてどうだってよくなった。


『う、嘘……』


「嘘じゃない。私は菜々子が好き。だから、付き合おう、菜々子」


 こうして私と菜々子の交際は始まった。同性同士で最初は何をしたらいいのか分からなかったけど、私たちは私たちのペースで仲を深めていった。休日に遊びじゃなくて、デートをするようになった。お互いの家に行き交うようになった。菜々子は受験生だったので勉強を教えたりするだけだったけど。生々しいことなんて何一つなかった。

 いや、不健全なことがなかったとは言い切れない。でも、それだって唇同士が少しふれあう程度の軽めのキスだ。勉強を教えていたらいきなり押し倒されて「ごめんなさい」っていわれて何が?と聞く前に唇を重ねられて驚いたんだ。後でなんでキスなんかしたのか聞いてみたら「私、欲求不満なのかもしれません」って申し訳なさそうな顔で言うもんだから怒るに怒れなかった。でも、急に押し倒すのはやめてほしい。ビックリするから。ということで、いつもは無理だけど時々ならキスしていいよと許可を出した。その時の菜々子の喜びようったら凄かったんだよ?目をキラキラさせちゃってすっごく可愛かった。この時点から私はもう絆されていたんだと思う。

 その日を境に菜々子はキスをねだってくるようになった。それがまた可愛くて仕方ないなぁなんて顔をしながらも私も結構ノリノリだった。だって可愛いんだもん。甘やかしたくなるのは仕方ないと思う。

 そんなことをしつつも勉強はきちんとして、菜々子は私が通っている公立の高校に受かった。これから菜々子と同じ学校に通えると思うと私の方も嬉しくなっちゃって二人で大喜びした。

 でも時が過ぎるのはあっという間で菜々子は三年生になり、私は大学生になった。


「ねえ、菜々子。今度の休み、どっか遊びにいかない?」


「どっかってどこ?」


 菜々子は付き合って二年目になった頃から私に対して敬語をやめた。二人の距離が縮まった感じがしてめちゃくちゃ嬉しかったのを覚えている。今では私の方が菜々子のことを求めている。今の現状を見れば分かるだろう。


「んー、海とか」


「まだ春だよ?絶対寒いって」


「じゃあ、屋内プール」


「やだ」


「えぇ!なんで?」


「水着持ってないもん」


「じゃあ買いにいこうよ」


「却下」


「またまたなんで!?」


 詰め寄ると菜々子は呆れた顔でため息をついた。


「直美、来週プレゼンあるんでしょ?私なんかと遊ぶ暇あるの?」


「ある!なくても作る!」


「ダメ」


「えー……。最近菜々子冷たくない?」


「冷たくしてるつもりはないけど?」


「冷たいよ!前は私がデートに誘ったらめっちゃ嬉しそうにしてたじゃん!」


「あぁ、そんな頃もあったっけ」


「過去形!?え、待って。菜々子の中では私は過去の女なの?」


「何人聞きの悪いこといってるの」


「くぅぅう、誰だ!私の恋人をちょろまかしたやつは!」


「ちょっ!声大きいって!母さんに聞かれたらどうするの!」


「うぷっ」


 口を両手で塞がれてしまった。意外と力が強くて、体制を崩してしまう。押し倒されるような形になってしまった。


「いったぁ……」


「あ、ごめん」


「ちょっと、気を付けてよ……」


 痛さを堪えて目を開けてみると菜々子の顔が飛び込んできた。長い睫毛に宝石みたいに綺麗な瞳。可愛い私の恋人。

 お互い目をそらさずに体制を戻そうとはしない。だから、私はそっと目を閉じた。分かっているのだ。菜々子がこの次取る行動を。何度もしてきたんだ。わかっていますとも。


「何してるの。早く座りなよ」


(あ、あれ?)


 何もなかったかのような顔で勉強をし始める菜々子。私はというと呆けた顔で固まっていた。今日は菜々子の勉強を見るだけで帰ることになった。

 やはり最近の菜々子は私に対してどこか冷たい。普通あそこまでしたらキスの一つはするでしょ?少なくとも前の菜々子なら絶対する。もしかしたら菜々子は私に飽きてきたのかもしれない。三年も付き合ってるんだ。新しい刺激がほしくなったんだろう。何事も継続できなければ意味がない。それは交際も同じこと。菜々子との距離が開けてきているのならまた縮めればいい。とにかく、菜々子に見限られることだけは避けなければ。

 とは言ったものの具体的にどうしたらいいのだろうか。こういう時は相手が喜ぶことをしたら見直されるのかな?


(菜々子が喜びそうなこと……)


 そういえば、菜々子は甘いものが好きなんだ。お菓子をつくってプレゼントしたら喜んでくれるのではないか。思い立ったが吉日。私は家に帰ってお菓子作りに励んだ。まだ終わっていないレポートをほったらかしたまま。






 翌日。昨日と同じくらいの時間に菜々子の家に向かう。チャイムを鳴らすと菜々子のお母さんが出てきて、「いつも菜々子に勉強を教えてもらって悪いねぇ」と言われた。いやいや、こちらこそ娘さんとあんなことやこんなことをしてしまってすみません。

 何て言えるはずもなく、笑って流した。


「菜々子、今寝てるのよ。待っててね。すぐ起こすから」


「あ、大丈夫ですよ。私が起こしますから」


「あら、そう? 菜々子寝付きいいから起こすの大変よ?」


「大丈夫です」


「じゃあ、お願いしようかしらね」


「はい」


 私は階段を上がり菜々子の部屋のドアを二、三回ノックした。返事はなく、菜々子のお母さんが言った通り本当に眠っているんだろう。私は音をたてずにドアノブを引き、部屋に侵入した。許可は取っているから侵入って言い方はちょっと変だけど。


 案の定、菜々子は机につぶした状態で眠っていた。横にいって寝顔を拝む。やっぱり私の恋人は可愛い。ほんの少しの好奇心に負けて人差し指で頬をつついてみた。

 プニプニしていてとても柔らかい。餅みたいに柔らかい。いや、この柔らかさは餅以上か。


「菜々子ぉ、起きないとお菓子食べちゃうよぉ」


 耳元で囁いてみた。折角菜々子のために作ったんだ。食べてほしいと思うのは自然なことだろう。少し待ったが菜々子が起きる気配はなかった。


(どうしよう。こんなに気持ち良さそうに寝てるのに無理矢理起こすのは可哀想だし、かといって起こさないと勉強を教えられない。それにお菓子も食べてもらえない)


 悩んだ末に、やっぱり起こすことにした。受験生には一分一秒も無駄にはできないのだ。菜々子が大学落ちるなんて嫌だし。絶対に受かってほしい。

 ということで、色々とやってみよう。

 まず、こちょこちょだ。これは神経が鈍っている寝ているときにしてもあまり効果はないが、こういうのは試してみるのが大事なんだ。菜々子の脇腹に手を入れてこそばしてみる。


「……」


 反応はなかった。なら次だ。

 耳元で音をたてる。ちょうどビニール袋があったのでそれを使わせてもらった。


「……」


 反応なし。ならば次だ。鼻をつまむ。これが寝ている人を起こすのに一番最適なことだと私は知っている。呼吸はごく自然に赤ちゃんだってできることだ。だから呼吸ができなくなったら誰だって驚いて目を覚ますだろう。


(さぁ、これでどうだ!)


「……」


(これも反応なし!?)


 やばくない?もしかして死んじゃってるんじゃ……。

 さぁと血の気が失せるのを感じた。すぐに呼吸しているかを確認する。


「すぅ……すぅ……」


 大丈夫だ。呼吸はしている。脈だって安定しているし、心配いらない。ホッと安堵する。


(んー、どうしたもんかなぁ。全然起きる気配がない)


 そこで私はいいことを思い付いた。


(起きないのが悪いんだからね)


 私はゆっくりと菜々子の顔に近づいていきソッとキスをする。頬に、だけど。すぐに唇は離したけどこれだけじゃ終わらない。今度はおでこにキスをする。次は鼻。まぶた。耳たぶ。耳は少しだけ噛んでみた。


「すぅ……すぅ……」


 でも菜々子は起きない。ここまでして起きないのならいっそのこと襲ってしまおうか。私たちはまだ一線を越えていない。一度そういう話になったことはあるが「私は直美さんの傍にいられるだけで幸せだから」と少し照れながら菜々子は言った。私もその時はその言葉に満足していた。だって急に体を求められても困るだけだ。私はそういうこと一度もしたことないし、菜々子だって同じだろう。あの時は、まだ菜々子に対してどんな感情を向けているのかわからなかったから。

 だが、今の私は違う。菜々子に恋しているって自覚がある。だから必然的にそっち方面も考えちゃうわけで、不思議なことではないだろう。

 こんなにも菜々子のことが好きなのに肝心の菜々子の対応は冷たいし、私の扱いが雑になったように思える。そんな態度ばっかとられたらいつか泣くからな。誰にともなく宣言をした。


「んぅ……」


「……」


 こんなさ、色っぽい声を出されたら心揺らいじゃうのも仕方ないじゃん?それが恋した人間の(さが)ってもんよ。私は覚悟を決めてもう一度菜々子の顔に近づく。今度は頬やおでこじゃない。唇に向かって。

 ゆっくりと音をたてずに近づいていく。眠っている相手にキスをするのってなんだか悪いことしてるみたいだな。そんなことを考えつつ、ちょんと菜々子の唇と私の唇が触れた。柔らかくて温かい。何度も重ねてきた菜々子の唇。はじめの頃から変わらない柔らかさが心地いい。少しだけ菜々子の唇を噛んでみたが、やはり起きる気配はない。唇を離して、頭を撫でてみる。さらさらな髪。私は巻き毛なので羨ましい限りだ。ほのかに香る甘い匂いは、私の気分がそう感じさせているのか。菜々子とずっと一緒にいたい。菜々子に私の初めてを受け取ってほしい。その二つの感情が頭のなかで渦巻いていた。


(ダメダメ。変な気分になっちゃう)


 一人で盛り上がるなんて私らしくもないり少し頭を冷やそう。その後にでも菜々子を起こそう。今起きられると私が色々と困るから。

 深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。恋愛は独りよがりではダメだ。お互いがお互いのことを思いやってこそのものなのだから。


「んぁ……?直美……?」


「っ!」


 とろんとした顔で私を見つめてくる菜々子。動悸が早くなるのを感じた。今の私をそんな顔で見ないでほしい。理性が保てなくなるじゃないか。

 菜々子は机においてある時計を見て目を見開いた。


「……ごめん。私寝てたんだね」


「う、うん」


「いつ来たの?」


「十分くらい前、かな」


「ごめんね。私一度寝ると中々起きなくて……」


「い、いいよいいよ!ほら、顔洗ってきなよ。さっぱりすると思うから」


「ん、そうする……」


 大きくあくびをしたあと、菜々子は部屋を出ていった。

 まだ動悸がおさまらない。これはやばい。本当にやばい。


(菜々子は受験生なんだからしっかりしないと。私が変なこと考えちゃダメでしょ。受験生じゃなかったらいいのかって言われたらそれも違う気がするけど。でも、どうなんだろうなぁ。菜々子が受験終わったらそういうことしていいのだろうか。まず許可をとらないとダメだよね)


「おまたせ」


「っ!!」


「? どうかした?」


「な、何でもないよ!」


 不思議そうに首をかしげる。やばい。話をそらさなければ。咄嗟に昨日作ったお菓子が入っている袋を手にとった。


「あ、そうだこれ!昨日作ったんだ。よかったら食べて」


「え、ありがとう……」


「案外うまく作れたと思うんだよねぇ。特にハート型のは一番きれいに焼けたと思う」


「……」


 あれ?反応なし?


「じゃ、じゃあ、勉強始め「……の」……え?」


「レポートとか大学の宿題、終わってるの?」


「お、終わってないけど……。それがどうかした?」


「……」


 また無言。なんなんだホント。なぜか気まずい空気になってしまった。菜々子がどことなく怒っているように見えた。


「な、菜々子……?」


「……お菓子とかもう作らなくていいから」


「え……」


「なんなら勉強も教えに来なくてもいいよ」


 なんだそれは。なんでそんなことを言うんだ。


(私は、ただ菜々子に喜んでほしかっただけなのに……)


 何か気に入らないことでもしてしまったのか?それとも本当に私のことを好きじゃなくなったんじゃ……。

 先程まで温かかった心が一気に冷めてしまった。目の前が真っ白になってなにも考えられない。ただ、さっきの菜々子の言葉が耳から離れなかった。


「……直美? 聞いてるの?」


「…………の……」


「え?」


「……菜々子は、私のこと好きじゃなくなっちゃったの……?」


 声が震えるのを我慢して聞いてみる。返答次第では泣いてしまうかもしれない。


「どうしてそうなるの?」


「だって、最近冷たいじゃん」


「またそれ?冷たくしてるつもりなんてないよ」


 その言葉にカチンときてしまった。


「じゃあ、どうしてもう来なくていいなんて言うの!?私、菜々子に会うの楽しみにしてるんだからね!」


「それは「ちょっとぉ、大声だしてどうしたのぉ」……っ。な、なんでもなーい!」


「……」


 一旦落ち着こう。何を焦っているのだ。年上なんだからちゃんとしないとダメだろう。大丈夫だ。私は菜々子より年上なんだから。私が自分勝手なこと言わなければいい話なんだ。

 そう頭では、わかっていても中々嫌な考えが止まってくれない。


「直美……?」


 無意識のうちに涙が流れていた。菜々子が驚いたような顔をしている。


「……私、帰るね」


 今ここにいちゃいけない。思ってもないことを口走っちゃうかもしれない。そんなことで菜々子との関係に亀裂が走るのだけは避けない。避けなければいけない。

 私は素早く部屋を出る。家を出てから数分後。菜々子のお母さんに何も言わなかったことを思い出した。


(一言くらい言っとけばよかったかな)


 後から考えても仕方がない。また今度いったときに謝っておこう。


(今度、あるのかな……)


 どうして菜々子は突然あんなことを言い出したんだろう。もう来なくていいなんて……。私のこと煩わしく思ってたのかな?それとも他に好きな人ができたとか?なら、はっきりそう言えばいいのに。そしたら私だって……。


 私だって……なんだ?仮に菜々子が私以外の人を好きになっていたとして私はそれを受け入れられるのか? いいや、できない。菜々子を手放すなんて絶対嫌だ。別れたくない。絶対に。

 しばらく歩いていると菜々子からラインが来た。


『今どこにいるの?』


 これは答えた方がいいのだろうか。答えて、菜々子は一体何がしたいんだ?文句でもいいに来るのか?よく分からないまま返信打つ。すると返信はすぐに来た。


『そこから動かないでね』


 動くなって……。こんなさぶいなか、じっとしてないといけないのか。私は、律儀に菜々子が来るのを数分待ったがなかなか来ない。

 もしかしてこれは菜々子なりの嫌がらせでは?黙って出ていったこと怒っているのかもしれない。


「ねぇ、君。一人なの?ちょっと俺と遊んでいかない」


 チャラそうな男に声をかけられてしまった。とりあえず無視しておこう。


「……」


「ねぇ、聞いてる?おーい」


「……」


「無視はひどくない?ねぇってば」


「っ!」


 腕を捕まれた。ゾワゾワする。触れられた部分が気持ち悪い。私は眉間にしわを寄せて、仕方ないので男に向き合った。


「……なんですか」


「お、やっと話す気になった?俺今暇でさぁ。よかったら、君お茶しない?奢るよ」


「結構です。早く手を離してください」


「そんなこといわないでさぁ」


「いやです」


「じゃあ連絡先教えてよ。また暇なときにお茶誘うから」


 なんでそうなるの?頭おかしいんじゃない。この男。私はこういう軽い人間が一番嫌いなんだ。


「えぇ、いいじゃん。教えてよ」


「だからいやだって……」


 やばい。やっぱり男だけあった手を振りほどけない。どうしようか。大声を出す?でも、そんなことして誰も来なかったら男機嫌を損ねるだけだ。逆上して暴れられても困る。


「……何してるの」


 後方から聞き馴染んだ声がしたから、振り向いてみると案の定菜々子が立っていた。不機嫌そうな顔で。さっきのこと、まだ怒っているのかもしれない。幸い、頭はこの男のせいで冷えてきた。謝るなら今がチャンスなのだが、この男が邪魔でできない。


「え、何々?友達?可愛いねぇ。あ、そうだ。この子も一緒でいいからさ、お茶しようよ」


 最後の一言に私の何かが切れた。


「だから!嫌だって言ってるでしょ!手、離して!」


「つれないなぁ。いいじゃん、ちょっとくらい」


「話聞け!今すぐ手を離さないと大声で叫ぶからね!?」


「あはは、そんなの全然怖くないよ」


 何笑ってんだこの野郎はぁぁぁあ!気持ち悪さを通り越して薄気味悪さを感じた。

 怖じけずいていると菜々子が私の肩に手をおいた。


「菜々子……?」


「……」


「お、何々?君が相手してくれるの?」


「……な」


「ん?」


 なんだ。菜々子の様子がおかしい。菜々子はギラギラした目で男を睨んだ。


「私の恋人に気安く触るな!」


 菜々子は男のあそこに蹴りをいれた。それと同時に男が私の腕から手を離した。


「う……っ!」


「行くよ!」


「えぇ!?」


 菜々子に手をとられて走る。男はおってくる様子はなく、蹴られたあそこを押さえて悶えていた。

 どれくらい走っただろう。私は息も絶え絶えで菜々子に話しかける。


「あ、あんなことして、よかったの……?」


「いいでしょ。しつこかったし、いい経験じゃない?」


「ははっ!言えてる!」


「でしょ?」


 にやっと笑う菜々子。私もつられて笑みをこぼした。ひたすら笑いつくしてから、菜々子が口を開く。


「……あのさ」


「なに?」


「なんで急に帰るなんて言ったの?」


「……」


「私、他人の気持ちとか察するの苦手だから。口でいってくれないとわからないの知ってるでしょ?」


「……うん」


「じゃあ、言ってくれる?」


 菜々子は不安そうだった。恋人にこんな表情はしてほしくないので私も覚悟を決める。


「……菜々子は私のこと、もう好きじゃなくなっちゃったって思ったから」


 菜々子は驚いたように目を見開く。


「なんで?」


「急に家には来なくていいって言うし、なんか態度が冷たいし、お菓子作ってもあんま喜んでなかったから」


「それは……」


「私のこと好きじゃないならそういってほしい。気に入らないところがあるなら言ってよ。直すから。私、菜々子と別れるとか嫌だからね」


「……」


「……」


 沈黙。菜々子は俯いていて何を考えているのか分からない。少し前まではあんなに分かりやすかったのに。私への好意も喜怒哀楽も分かりやすかったのにどうしてこんなに急に変わってしまったんだろう。どうして私を遠ざけようとするの?


「……私は、ただ……直美の負担になりたくなかっただけで……」


「私の負担……?」


「うん……。直美自分のことほったらかして私に勉強教えに来てくれてるでしょ?それが申し訳なくて、だから……」


「……それだけ?」


「うん……」


「……」


「……」


 呆気ない。話してみればそんな対したことじゃなかった。


(私のことを考えて家に来なくていいなんていったんだ……)


 なんだそれ。何なんだそれは。菜々子は変わってなんていないじゃないか。段々おかしくなってきて吹き出してしまった。


「あはは、何それっ!菜々子ってばどんだけ私のこと好きなの!」


「な……っ!?」


「私のことずっと考えててくれてたんでしょ?男嫌いなのに私を助けるためにあんな必死になっちゃってさ。これはもうあれだね。愛だね」


「~~っ」


 赤くなって恥ずかしそうにしている菜々子に近づいて、唇の横にキスをする。


「っ!?」


「ありがとね、私のこと考えてくれてるってわかってめっちゃ嬉しいよ。でも、私は私の意思で菜々子に勉強教えてるから来るなって言われて結構傷ついたんだよ?」


「ご、ごめん」


「はは、いいよ。許してあげる。その代わり……」


 私は耳元であることを囁いた。言い終わると、菜々子は顔を真っ赤にして口をパクパクさせた。その様子が可愛くて、今度は唇にキスをした。


 私たちはその後、手を繋いで菜々子の家へ向かった。まだ恥ずかしがっている菜々子をからかって、怒られて、おかしくなったら笑う。心を通じ合うってこういうことなのかな。手から伝わってくる菜々子の体温に安心している自分がいる。好きな人のすべてが愛おしい。これからもずっと、菜々子の隣は私だけの特等席だ。

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