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カノジョが遺した彼女(仮)  作者: 平川コウ
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DAY-03-05

 実に端的な回答だった。

「……失踪って」

「文字通りです。夕季様の妊娠が発覚した後、姿を晦ましました」

 光貴は呆気にとられた。だが上林が嘘を言っているはずはない。道正の言った『夕季の前から消えた』ということに間違いはないが、ニュアンスが異なる。

「で、でも。お子さんがいるってことは、入籍はされているのでは」

「いえ、夕季様とその男性は入籍していません。先程申した通り、妊娠が発覚した直後に音沙汰なく姿を消したのです」

「ちょっと待ってください。何ですか……夕季は幾つの時に」

「涼夏様は現在一五歳なので、夕季様が二十歳の頃にご出産されたことになります」

「じゅうご……、中学生ですか?」

「はい。現在は中学二年生になります」

 光貴は髪を掻き乱す。飛んでくる情報がどれも大きすぎて、処理に追いつかなかった。

 つまり、身籠ったけど結婚はしておらず、父親は失踪して、夕季は一人で涼夏を育てていた、ということになる。その失踪した父親に対する文句やら何かを投げつけたい気持ちがふつふつと湧いたが、どうにかして冷静さを保つ。

「……いや、きっとあれですよね。そういう体っていうか。ほら、上林さんが前に依頼されたことのあるってやつ。それって涼夏さんの父親のことでしょう? 例えば借金だとか」

「すみませんが、それとはまた違います。事実として受け入れて下さい」

 上林は容赦なくぶった切った。でもそれが分かったことで、返って良かったと光貴は安堵感を覚えた。変に思考をあれこれと広げていては注意も散漫してしまう。

「……その時は、夕季は学生の身だった」

 沈黙を続けていた道正が、細々と語り出した。

「あの子はしっかりした子だった。ろくでもない姿になった親とは違って、奨学金を借りてでも学校に通って、アルバイトも始めていた。息抜きの時間なんてないくらいに動いていた。それなのに、…………それなのに」

 悔やんでいる様子だが、それが本心とは少し違うものに感じたのは気の所為だと、光貴は自分に信じ込ませた。

「ある日に集まった時に、突然気分が悪いなどと言い出して、病院に行ったら妊娠していたと分かった。喜びの感情など全く出なかった。何故今まで隠していたと問い詰めてやりたかった。しかも夕季は降ろす考えなど微塵も示さなかった。どんな経緯だったのかは教えてもらえず、一人で育てると頑なになりおって」

 光貴と上林は口を挟まず、黙々と吐き出され続ける言葉を聞き入れる。

「病院側からも言われて、ある程度まではフォローしてやってきた。夕季は学校を辞めてその分を別の仕事に当てた。そしたら何度もぶっ倒れるようになって、年に一度は入院するようになった。俺たちが男の連絡先を教えろと言っても分からないの一点張り。本当は知っていたはずだ。書き残していなくても電話番号とか住所くらいは覚えていたはずなのに、だ」

「…………」

「その時分かった。親の子はどうしても親と同じになる。いくら性格や考え方が違っても辿り着く先は一緒。どれだけ善良な道を歩こうとしても気付かぬうちに親の後を追っているのだとな。全く、これだから色々とたらい回しにされて、自分の首を絞めるだけだと忠告してやったのに」

「……それ以上、言わなくてもいいじゃないですか」

 道正の愚痴が止まる。発せられた光貴の声は、自分でも思った以上怒りが込められていた。

「何がだ。教えてほしいと言われたから教えた。それだけじゃあないか」

「父親の事を教えてほしいとは言いましたが、夕季さんを非難するのは違うでしょう」

「君に何が分かる。遺書に名前が書かれてなければ、こんな面倒事に巻き込まれずに済んだものを」

 道正の声にも苛立ちが見えてきた。初めて会った時の落ち着きはどこへいったのか、触れ方を間違えれば机を叩くなり物を投げるなりしてきそうな雰囲気になった。

「それでも、夕季さんを支えてきたのは平井さんたちでしょう。それなのに、……土下座までされて涼夏さんの面倒を看てほしいって、理由が分かりません」

「他の親戚は夕季や涼夏と接することすら拒否していたからな」

 それは初めて聞いた事実だった。光貴は親族間での相談の後に、道正は涼夏の世話を引き受けたとばかりに思っていた。先程も、ある程度はフォローしてきたと言っていたし、協力関係は持っていたのだと理解していた。

「確か、夕季とは同級生とは言っていたな。なら夕季の親について、それと夕季がどんな待遇をされていたのか、君は知っていたか? それとも、夕季に教えられて……」

「それ以上は止めておきませんか?」

 話の内容がずれ始めていた中、黙っていた上林が流れを切る。

「豊本様。質問の答えとしては、父親は失踪しており、涼夏様の御家族はいない状態です。法律上、行方の知れない人物を後見人に選任することはできません。夕季様が遺書で指定した豊本様が第一の候補となります」

「それは……わかっています」

 出来るなら受け入れたい……受け入れなければと思ってはいる。でもあと一つ、もう一つと心残りみたいな書類の束がどんどん乗せられていく感覚に陥り気味だ。

 道正は、他の親戚が涼夏に関わってこなかったと話していた。つまり、――思いたくはなかったが、夕季と涼夏は厄介者扱いになっているのだろう。自分たちのことで手一杯だからと、それを建前にしてまで関係を切りたい存在になっている。

 その気持ちは理解できなくはなかった。たとえ、夕季が子を授かったことを本意でなかったとしても、周りから見れば突然妊娠が発覚し、更に相手が失踪となればいい気分にはなれない。一歩間違えれば事件扱いにまで至っていただろう。その経緯も知りたくはあったが、今は必要ないと頭の中から消した。

 だが収穫は十分だ。平井家を含む親族は涼夏を受け入れる様子はないこと。道正の話したことが事実とすれば、これ以上議論するものではないだろう。

「そちらの要望は理解できます。ですが、すぐに引き受けるという訳にはいきません」

 でも、あと一人、話さなければならない相手がいる。

「涼夏さんからも話を聞きます。私たちが納得して決めたとしても、それで振り回されているのは彼女です。私たちのいざこざで苦しんでしまうのは合ってはならないと思います。……もし彼女が、私が後見人になることを拒否した時、夕季さんの遺言に反する結果になるかもしれませんが、その時は………涼夏さんの意思を尊重してください」

 光貴は背を伸ばし、頭を下げた。その姿にまいったのだろうか、興奮気味になっていた道正も大きくため息をひとつ吐いて正座に戻った。

 良くも悪くも、自分が涼夏を引き取ることが望みであるのは分かった。決して満足と言えるものではなかったが、それだけで十分だ―――


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