最終話です。
こはると別れ、僕は案内を再開しようとする。
「少し寄って行ってもいいかな?」
「・・・いいですけど」
案内の前に最後の聞き込みだろう。正直、行くとこ先々であんな質問するもんだから行きたくはない。
「8年前にあった店はどれかな?」
「たしか、ここだけだったと思いますよ」
あいまいな記憶のまま、僕はぼろぼろののれんをぶら下げた酒屋を指さす。東條さんはずかずかと店内に上がり込む。
「らっしゃい」
不愛想な50過ぎくらいのおやじが、店の奥でひまそうに目の前のサンダルを、履いている靴でつつきながら座っている。商品棚には在庫切れなのだろうか、値札と商品名だけが寂しそうに主張している棚が、ところどころ目立っていた。
「初めまして。私、東條信介と申します。探偵をしています」
いつもの口上なのだろう、軽い自己紹介をして名刺を手渡す。
店主の男は『酒田幸弘』という名前のようだ。店主は、客じゃないのか、と理解するとあからさまに嫌な顔をするのだった。
「8年前の殺人事件を調べていましてね」
「はあ?」
8年前の事件と聞くと、さらに嫌そうな顔をし、怪しんでいるようだった。しかし不愛想な酒田さんはすぐに続ける。
「何が聞きたいの」
そういうと酒田さんは顔の汗を首に巻いた白いタオルでふき取る。
「被害者はどんな方だったのかを」
「気味の悪い夫婦だったよ。仕事してんのかもあやしかったね。夜中に出歩いてるかと思えば日中からふらふらしてたり・・・」
「こちらで買い物されたりは?」
「ああ、きたよ。最悪な客だったね。酔っぱらったまま来てね、酒癖は悪いわ、金は払わんわで出禁にしたよ」
どうやら被害者の行動パターンはかなり不規則だったようだった。
「しまいにゃ、店の前で爆睡されて迷惑極まりなかったね。揺すってもなかなか起きないんで、死んだのかと思ったくらいだよ」
酒田さんが嫌悪感をむき出しに吐き捨てる。それを見て、なぜか納得したような顔つきで東條さんは引き下がる。
「そうですか、ありがとうございました」
東條さんのその言葉の後、僕らはすぐに店を出た。
「収穫ゼロでしたね」
僕が嫌味っぽく言うと東條さんはそれを否定した。
「そうでもないさ。『人はよく観ること』だよ、正一くん?」
「はい?」
何もない直線の道中、東條さんにこんなこと話聞かれた。
「真犯人が今考えていることは何だと思うね?」
「はあ?そんなのわかるわけないじゃないですか」
「決めつけはダメだよ。私の仮説はこうだ―――」
そういって東條さんは真犯人の心理を読み解く。
「真犯人は連続殺人犯を殺したがっている」
「えっ??」
「死人に口なし。相手は10人以上殺害している凶悪犯だ。正当防衛だといって殺害すれば、唯一の証拠がなくなるからね」
「証拠って・・・」
そんなこんなで僕らは目的地に到着したのだった。
いまだに立ち入り禁止と書かれたテープが張り巡らされている。8年前と同じようにまっくろに焼け焦げた家屋は、物々しい雰囲気をまとっているのだった。
「一番ラッキーなのは、これが残されているってことだね」
東條さんが軽く家の周りを確認する。二階建ての木造建築で、庭には小さな犬小屋がある。そしてあたりを見回す。
「本当に周りには何もないんだなあ。家の向こうは山道につながっていて人気はないし」
「そうですね」
「ペットショップ、『ゴー!ゴー!アニマルズ』があったのは風上のあそこだね」
といって、東條さんは僕たちが歩いてきた方向を指さす。
しばらく事件現場を眺めていると東條さんが口を開く。
「『橘義正』、私に『捜査』というものを教えてくれた人だった」
僕はその名前をよく知っていた。
「正一くん。君にそれを伝えるために、『捜査』というものを伝えるために、私は君に声をかけた」
「・・・」
「うまく、伝わっているといいな」
そういうとしばらく僕らは沈黙する。
そして東條さんが再度、口を開く。
「さて、答え合わせだ」
「え??」
「正一くんが出会った人物の中に真犯人はいた。当ててごらん?」
「・・・」
「最後は『犯人は現場に戻る』だ」
東條さんに言われると僕は気づく。やっと、ようやく、遅すぎる理解だった。
ああ、犯人は・・・
さて、と言って東條さんと僕は帰路に着く。その途中に東條さんは僕に言う。
「もし推理だけでは満足できないなら、明日ここに来る本人にでも聞くといい」
あまりお薦めはしないがね、と東條さんは最後に先生気取りで笑うのだった。
後日、連続殺人犯『藤崎勤』の8年間にもわたる逃走劇は自首という形で驚くほどあっさり幕を閉じた。そして死刑を言い渡された。
彼が獄中で書いた遺書『殺人の美学』は世間の目にとまり、あらゆる世代、専門家、政治家、国家組織に至るまで一石を投じる内容だったという。その美学とやらに何か通ずるものがあったのだろう、『3回目』の犯行に詳しい供述をすることはなかったらしい。もちろん彼のしたことは美学や信念があろうと法律で許されるものではない。
だが、彼が僕に伝えてくれたことは紛れもない『真実』だということは、なぜだか確信できた。
おわりです。読んでくれてありがとう。