第二話です。
翌日、僕は東條さんと昨日と同じ喫茶店で待ち合わせをした。僕が5分ほど遅れて少しばかり焦って入店する。店員に確認するも東條さんはまだ来ていないようだった。涼しい店内で今度はしっかりとコーヒーを頼み、なんとなく持ってきていた推理小説を読みながら雰囲気を楽しんでいた。
すると約10分後くらいに東條さんは現れた。
「ああ、すまない、正一くん」
「遅いですよ!東條さん!」
自分が5分遅刻したのを棚に上げて東條さんを叱責する。
「ごめんごめん。ものすごい風でねえ」
「あー。ここ毎年、この時期は風が吹くんですよー」
「そうなのかい?」
この町は夏の終わりのこの時期に毎年、強い風が一定方向に吹くのだ。おかげで今日は過ごしやすい体感温度である。
まず最初に始まったのは僕への事情聴取だった。当時の僕なんてまだ小学生で、まともな情報にならないというのに、東條さんはそれっぽいことを言って聞いてきた。
「『子供の証言をないがしろにする奴は捜査に向いてない。子供の証言は最も信用できる』、覚えておくように」
と先生気取りだ。
「さて本題に移る。君は事件直後、といっても警察の調査も落ち着いてきたころに現場に忍び込むような悪ガキだったと」
「はい。てか悪ガキ言わないでください。子供の好奇心に悪意なんてないですよ」
「なにか、見たかい?」
「いや、特になかったと思いますよ。物はほとんど焼け焦げてましたし」
よく覚えてませんが、と付け足すと僕の証言をしっかりと手帳にメモしている。
おー探偵してるなあ、なんて感心しながら眺めていると、東條さんはもう一つ質問する。
「君は犬を飼っているのかい?」
「え?まあ・・・なんでわかったんですか?」
「私は猫アレルギーでね。君の衣服についてる毛にむずがゆくならないもんで」
「ああ、なるほど」
ただの興味本位の質問だったらしい。
「さて、そろそろ街を案内してもらおうかな」
「わかりました」
事件現場までは一本道しかないと、昨日のうちに言っておいたのだが、それでもいい案内を頼む、なんて東條さんが言うもんだから、だましているような気がして少しだけ罪悪感にかられた。
僕たちは喫茶店から出ると事件現場に向かうようにして街を案内する。
10分も歩くと、一件のペットショップが見えてくる。僕が初めて犬を買わせてもらったところでもある。そのときから犬を連れていたこはると仲が良く、うちの母親とこはると僕で、愛犬を選びに行ったのを覚えている。
「ん?あのお店けっこう新しめだね」
東條さんは案内途中にあるペットショップを指さす。看板には『ゴー!ゴー!アニマルズ』。僕がよく知るペットショップだ。
「8年前に移転して新しく建てたんですよ。なんでも初めは事件現場の近くにあったんですが、客足が事件後に激減しちゃったんだとか」
「へえ・・・少し寄っていこうか」
「え?あ、はい」
僕らはペットショップのほうに足を向ける。
「ごめんくだs・・・へっくしょんっ!!」
「こんにちはー」
東條さんの猫アレルギーは本当らしかった。『ゴー!ゴー!アニマルズ』の看板猫、『クウ』ちゃんに僕らは出迎えられた。すると店の裏側から、店主さんの大きな声がする。
「いらっしゃいませー!少々お待ちくださーい!!」
ドタバタと焦りをあらわにして、30代くらいの女性が出てくる。『犬井このみ』、ここの店長である。
「あら?正一くん。いつものやつ??」
うちの飼い犬のご飯をいつもここで購入しているので、犬井さんから行きつけバーのマスターのような気軽さで質問される。
「あ、いえ。今日はこっちの人の案内で・・・」
「はじめまして、私は東條信介。探偵をやってるものです」
東條さんは鼻のむずがゆさを必死でこらえながら、何とも言えない顔で自己紹介する。それを見た犬井さんは何かに気付いたように、店の裏からちょっと高そうなマスクを持ってくる。
「アレルギーですか。これ、ちょっと楽になるかと」
「ああ、すみません」
東條さんがマスクをかけるとくしゃみも徐々に少なくなっていった。
「いやあ、助かります。このお店きれいですねえ。何年前からされてらっしゃるんですか?」
「んー、こっちに建てたのは八年前ですよ。ニュースでやってるでしょ?事件があったせいで、前のところではお客がめっきり減っちゃって。」
「そうなんですねえ。事件の被害者はどんな方だったんですか?」
なんでこんな質問をするんだろう。はっきり言って失礼極まりない。犬井さんは怪訝そうな顔をして答えた。
「えーと・・・被害者の方はよく存じ上げないですけど、そのお子さんならよくうちに来てましたよ。自慢のワンちゃんと一緒に」
「ほお・・・」
「よく逃げ出すワンちゃんを一緒に探してあげたりもしたんですよ」
脱走癖でもあったのだろうか。笑いながらエピソードを語ってくれた。すると急に表情は変わり、重い声色で話し始める。
「・・・あくまで私の推察ですけど、あんまりいい親でなかったと思います」
「?それはどうして?」
「あきらかに子供が遊んでできるようなものでないあざと傷が目立っていました。本人は子供ながらに隠そうとしていたので、あまり強く言及できませんでしたが」
犬井さんは痛ましそうに語ってくれた。
「そういう子にも寄り添ってあげられるんですよ、動物っての言うのは」
と付け足し、犬井さんは看板猫のクウちゃんを撫でる。しかし、いつもおだやかな犬井さんの表情には、どこか隠し切れない怒りと切なさを感じ取ることができた。
「そういえば、事件当時はそのワンちゃんがお子さんを守ってくれたんですよ」
「はい?」
「ワンちゃんが脱走したおかげでお子さんだけは助かったんですよ。私も一緒に探して見つけて帰った後には、もう・・・」
「ほう・・・とても参考になりました。ありがとうございます」
ショーケースの中の柴犬を夢中になって見ているかと思えば、すぐにまた質問を始める。
「その手の包帯、どうかされたんですか?」
「え?こ、これはとげが刺さったもので・・・」
そうですか、と一言いうと東條さんは一礼して『ゴー!ゴー!アニマルズ』を後にしたのだった。
「なぜあんな質問を?」
「うん?・・・殺人には三つの重要なファクターがあるんだ」
「はい?」
「『一つ、動機。二つ、方法。三つ、アリバイ』、だよ」
「えっと・・・まるで真犯人がいるみたいな口ぶりですね」
「そうだね、真犯人はいる。そう確信しているよ」
「は?」
ああ、この人頭おかしいかもしれない。僕は初めて会った時から減少していた警戒レベルを再度、引き上げることにした。
「ははっ。ど、ドラマの見過ぎですよー」
「正一くん。『真実を遠ざけるのは周知』だ、覚えておくように」
冗談交じりにカマをかけてみると、まじめな顔をしてまた先生気取りに僕に伝える。
ああ、やっぱり変な人だ、この人。たったいま確信してしまった。
すると、僕があきれている表情に気付いたのか、東條さんはこう付け足す。
「連続殺人っていうのはルールに従うものと無差別なものがある」
「今回は前者だね。被害者の死因は喉元の裂傷による窒息、または失血」
「でも3回目のここで起きたものは焼殺だ、おかしいと思わないかい?」
もっともらしい理由で言いくるめられた僕は必死に反論する。
「6回目も放火してましたよ」
「6回目は殺害した後に火を放ったんだ」
「そうなんですか・・・」
さすがは元警察の探偵、調べ尽くしているみたいだ。
「なぜ放火だったのか?なぜルールを無視したのか?『死因すらも疑え』、だよ」
覚えておくように、と最後に東條さんが付け足した。
つづきます。