1章 裏切りの勇者 1話 時間
いくらか時間が経った頃、何も見えないこの世界では、普通は有り得ない何かがいた。
一面真っ黒な世界で見渡す限り何も見えないこの世界には、2つのモノだけが存在している。
1つは暗闇に倒れている人間の姿を象っていて尚且つ、半透明になっている人間のようなモノで、もう一つは倒れている人間のようなモノの頭元でふよふよ浮かんでいて、光の玉の様なモノだ。
「………………ぅ…」
「…早く起きろ。早くしねぇとてめぇの秘密のコレクションを世界中にばら撒く事になるぜ?」
「うわぁ!?」
気絶ながら唸っている人間のようなモノに向かって、光の玉は脅しながらその丸い身体を勇者の顔面にぶつける。いわば体当たりだ。すると、人間のようなモノは、はじかれたかのように素早く飛び起きた。
「やっと起きたか、グズ勇者」
光の玉はふよふよ漂うのをやめ、小刻みに揺れ出した。これまでの口調から察するに、光の玉は勇者に敵意を抱いているようだ。
光の玉に一方的に話しかけられている勇者は周囲の状況が分からず、混乱しながらも、周囲を見回す。
「こ、ここはどこなーー」
「おいおい、そんな事すらわからねぇのかよ?」
ーー光の玉はとにかく勇者を罵倒したいらしい。
光の玉の感情を映し出す様に、光の玉の動きは一層激しくなる。勇者自身は自分の置かれた状況がやっとわかりだしたようで、少しオドオドしながらも、光の玉に話しかける。
「あ、あなたは誰なんだ?なんでここは真っ暗なんだ!?俺はエルリットに殺されてどうなったんだ!?」
勇者は疑問が尽きない様で、早口に捲し立てた。
「あーあー、わかったわかった。一気に捲し立てんな。今説明してやっから。ちょっと黙ってろ」
光の玉はその場に停止すると、やり投げな口調で勇者の話を遮り、勇者の疑問に答え出した。
「まず、おまえは聖女?に殺されて死んだ。ざまあみろだな。……あー、黙って聞け、体当たりされてぇのか」
光の玉は立ち上がって言い返そうとする勇者を、何か喋り出す前に遮った。勇者は不満そうだったが、顔面への体当たりで起こされたのが少しトラウマになった様で、これまでとは一転し、黙って座り出した。
「で、だ。ここは魔王城。別にどっかに移動したわけではねぇ。ただ少し時間が止まってるだけだ。ーー何よく分からなそうな顔してんだ。当たり前だろ、全ての…それこそ光すら動きが止まるんだ、何かが見える訳ねぇだろ。それで、俺の正体だが……」
そして、光の玉は少し間を置いてから、
「俺は魔王だ。てめぇに殺された、な。」
ーーそう言い放った。
「ま、魔王…?あの時憶の魔王か…?その割には口調が変わってるけど…」
「てめぇしかいねぇんだからいいじゃねぇか…めんどくせぇし、堅っ苦しいのは辞めだ。……大体人間って奴はなんなんだよ。魔族の迫害やら虐殺なんかにも飽き足らず、撲滅しようとしてくるんだからよ…」
「迫害…虐殺……⁈ そんな事あるわけーー」
「あるんだよ…どこぞの勇者サマは知らなかったようだけどよ……」
勇者は魔王の口から出た単語に言葉を失った。勇者軍が『人間の町村を襲い、虐殺する魔族の撲滅』を掲げている通り、勇者はその言葉を信じて、人間族を救うために勇者として、魔王を倒した。だが魔王が言ったそれは人間族と魔族のやっている事は完全に真逆だった、そう聞かされた。
「で、でも…証拠がっ!…ないじゃないか……」
勇者は頭ではその事が事実だと薄々感づいてはいるのだが、その心はそれを認めようとはしなかった。
「あるんだよ…その証拠が。その為の手はずは整えてあるからな。」
「え…………⁈」
魔王の口から出た言葉に、勇者は思わずと言った感じで言葉を返した。
「まず、計画の一段階目として時間を止めた。理由は省くがな。次に『勇者が死ぬ』状況を作った。俺にとって、人間1人の心の底など、簡単に知ることができるからな。聖女とやらがおまえを殺そうとしたのは分かったし、その為におまえに対して捨て身の魔法をかけたのも分かってたしな。」
そして魔王は続けた。
「俺が最後に放った『サファリングレトラクション』…この魔法のトリガーはーー
ーー俺の "死" だ。」
ゆっくりゆっくり更新していきます。
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