4 三日目
荒岩は、この秋場所も、初日から千秋楽まで、十五日間の、最前列の椅子席を、利菜のために用意していた。
秋場所の開催場所は両国国技館。
言うまでもなく、名古屋に比べたら至近距離。
「いつでも、来れるときに応援に来てください」との言葉とともに、利菜にチケットを渡した。
利菜も「はい」と言って、受け取ったのだったが。
利菜は来なかった。
「色々、忙しいですか」
と遠慮がちにメールした荒岩に対する利菜の返信は
「どきどきしてしまって、とても直接観ることができないのです」
というものだった。
この返信は、荒岩を喜ばせた。
が、荒岩は、場所が始まってからの利菜のメールに、何か微妙な変化があるような気がしていた。いつもと大きく違っている訳ではない。だが、その文面が、何か機械的とも言えるような、そんな気がしたのだった。
また返信はなかった。表面的なことを書いても気持ちは動かないらしい。
そう思って、照也にとっては、ほとんど初めてのことであったが、思いきって、自分の気持ちも書いてみた。
自分が、はっきり「好きだ」と言ったら、利菜の気持ちは、また前のように、自分の方に向くはずだ。
だが、利菜はもう、荒岩に夢中なのだろうか。大関とはいえ、この俺が二連勝している男ではないか。
絶世の美少年である、この俺が、好きだと言っているのに。それを無視する女がいるのか。
照也は、相撲も、その世界でおのれが描いていた野心ももうどうでもよくなった。
利菜のことしか考えられなくなっていた。
三日目の取組結果
若狼牙 (2勝1敗) 突き落とし (2勝1敗) 緋縅
曽木の滝 ( 3勝 ) 押し出し ( 3敗 ) 竹ノ花
早蕨 ( 3勝 ) 押し出し ( 3敗 ) 大乃洋
荒岩 ( 3勝 ) 上手投げ ( 3敗 ) 神天剛
若吹雪 2 ( 3勝 ) 押し出し ( 3敗 ) 1 豊後富士
伯耆富士 ( 3勝 ) 上手出し投げ ( 3敗 ) 神天勝
玉武蔵 ( 3勝 ) 寄り切り ( 3敗 ) 松ノ花
明日の対戦相手は豊後富士。
自分が二連敗している相手。
そして、利菜が好きだった男。
「勝ちたい」
荒岩は、強く思った。
もう負けるわけにはいかない。
利菜の目の前で、豊後富士に勝ちたかった。
荒岩は、利菜の前で、豊後富士照也の名前を口にしたことはない。
その名を口にしたら、利菜がつらいだろうから。
明日の取組が終わったら会えませんか?
それだけを利菜にメールした。
しばらくしてから、
「分かりました」との返事が、利菜から来た。
時間と場所を決めようとメールした荒岩に対して、明日、夕方6時までに、私からメールします。
との返事があった。
返事くれませんね。仕方ないか。自分が利菜さんにしたことを考えたら当たり前ですよね。
でも利菜さん、僕は今、あなたのことばかり考えています。女の子にこんな気持ちになったのは、初めてです。
利菜さん、前に、お嫁さんに、って言ってくれましたよね。
もし、今、それを言われたら。僕は嬉しくて舞い上がってしまうでしょう。
僕は今日も負けました。
だって利菜さんのことしか考えられないから。
明日の対戦相手は、もう知っていますよね。
そう荒岩関です。
利菜さんが、どっちを応援するのか。そんなこと決まっていますね。
でもほんの少しでも、僕のこと、応援してくれたら。
利菜さん、会いたいです。すごくすごく会いたいです。




