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鍛冶猫タクミ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 あれ〜、おかしいな、どこいったんだこりゃ?

 おお、こーらくん。すまないが、猫を探すのを手伝ってくれないかい? 家は閉め切っているから、外には出ていないはずなんだ。一階は私がやるから、二階をお願いするよ。


 いや〜、ありがとう。助かったよ。

 まさか早めに出しといた、こたつの中に潜り込んでいるとはね。こたつ布団だけでも干しとこうと思って引き出したのに、何とも気の早いことだ。

 スイッチもつけていないのに、どうもこたつの中で不動の構え。こんなんでこれからの冬、乗り切れるのかねえ。心配になってきたよ。

 日本では犬ほど古くはないようだが、猫も長い歴史を持つ愛玩動物。それをめぐる話も、多く存在する。おやつ代わりに、ちょっとつまんでみないかい?

 

 私が今回語るのは、猫と刀についての話だ。

 室町時代。刀鍛冶の彼は、すでに多くの弟子を抱えており、彼らが打った刀だけでも、十分に生活ができるだけのもうけを得ていたという。

 手本として刀を打つこともあったが、それはあくまで弟子たちに刀を量産させる術を教えるための、「見せる」打ち方。彼自身が学んで得た、奥義ではなかったんだ。

 しかし、戦国の世が求めるのは、一本の名刀ではなく、千本の百姓刀。

 弟子たちも自分の技を継ぐ者というより、その日の飯を食っていくために、指示を受けて働いている走狗のごとき存在が多かったとか。

 自分の名、自分の技にどれほどの価値があるかも分からず、鉄を打って、飲み食い寝て、やがては去っていく弟子たち。

 

 ――ならば、せめて俺自身が、自分の技に箔をつけ、あいつらの生涯に『あの人の弟子だったのだぞ』という、わずかばかりの誇りを持たせてやること。それが、あいつらの費やす時間に対する報酬、償いだ。

 

 そう考えていた刀鍛冶の元へ、一報が舞い込んだんだ。

 

 いつも刀に使う鉱石を掘り出してもらっている、鉱山師からだった。

 鉱山から、いや厳密には鉱山のかたわらにある、固い土の上に鉄塊らしきものが見つかったから、これを使ってよいか確認してもらいたい、とのことだった。

 固い土の「中」ではなく、「上」ということは掘り出したわけではない。

 現場に急行した鍛冶師が見ると、なるほど、大人数人分の高さと、四畳半ほどの幅を持つ鉄塊の周囲には、大きなくぼみができている。高所より落下した時にできたものだと考えられた。


「ここまでの形で鉱石が現れるなど、初めてのことです。周囲の状況からして、天から降って来たとしか思えませぬ。いかがいたしましょう。扱うとなれば、いつもの通り製鉄してからお渡しいたしますが」


 そう鉱山師が告げたところで、ふと、二人の間に白い猫が降り立った。

 肩に乗せられるほどに小柄で、四本の足はそれぞれ足先から半分ほど、炭をまぶしたように黒くなっていた。降りてきた場所から見るに、この鉄塊から飛び降りてきたようだった。

 猫はしっぽでぺしんぺしんと、地面を叩きながら、鉱山師と鍛冶師を交互に見やっている。鍛冶師が手を差し出してみると、顔を近づけてきて何度か「すんすん」と鼻を鳴らして、臭いをかぎ始める。

 何度も槌を握り、鉄を叩いてきたがために肌が荒れ、タコが絶えないごつごつした手。それの何が気に入ったのか、猫はぺろぺろと指を舐めたかと思うと、その手の上に飛び乗り、座り込んでしまう。


「ははっ、旦那。だいぶ気に入られたみたいですな」


「めいったねえ、こりゃ。色気のないこの手のどこに惹かれたのやら……」


「でも、このあたりじゃ猫はとんと見かけませんぞ。猫を半ば神様のように祀っている家もあるようですし。どうです、この不可思議な鉄を見つけたという証として、連れ帰っては?」


「こいつが、鍛冶場の火と喧騒に耐えられるんだったらな」


 鍛冶屋と過ごすとなれば、それ相応の度胸が要る。多くの動物が身を引く火と友達でなくてはいけないし、少しでも算を乱すような真似をするならば、きつい鉄槌を下さねばなるまい。果たして、守ることができるか。

 最終的に鍛冶師は猫を連れ帰ることにし、鉱山師にもかの鉄塊を扱う旨を告げる。それから数日の間、親交のあった製鉄職人の「たたら師」。炉の炭を用意する「山子」などに連絡をつけるのだった。


 それから鉄が届くまでの間、鳴らす意味も兼ねて、猫を仕事場へ連れていく鍛冶師。良く知られた、それでもめったに見られない守り神の登場に、弟子たちは仕事の合間を縫って、文字通り猫かわいがりをした。

 当の猫本人も、火や刀を打つ音に怖がる様子を見せず、それぞれの鍛冶師たちが鉄を打つ横で、ぐっと背を伸ばしながら、見定めるように、焼かれて叩かれる様を眺めている。

 最初は飛び散る火花が当たったのか、槌が振るわれると共に飛びずさってしまうこともあったが、そのうち間合いを見切ったらしく、安全なところから槌が鉄を打つのに合わせて、しっぽを「ぱしん、ぱしん」と床に打ちつけるようになる。道具は持たなくても、その動きは見習いの真似事と大差ない。

 数日が経った時、件の鍛冶師と弟子たちの意見により、この猫は「タクミ」と名付けられた。火と音を恐れず、鍛冶の拍子をしっぽで覚えようとする様は、猫でありながら匠の心意気を持っている、というところからついたのだ。

 

 タクミがすっかり鍛冶場になじんだ頃、鍛冶師の元に例の鉄塊から取れた鉄が届けられる。初めて手にする材料ということで、鍛冶師と弟子は一から試行錯誤を始める。

 火の温度、焼き入れ、小割りと積み重ね……奥義といわなくても、数打ち物で経験豊富な刀工たち。作業工程で、温度、時間、力加減に小さな緩急をつけながら、最適な状態を割り出していく。

 しかし、日本刀の特徴とも言うべき、折り返しの鍛錬。ここに来て、鍛冶師たちは頭を悩ませることになった。相槌を打つ、の語源となるこの作業は、2,3人の刀工たちが組となり、一体となった槌打ちによって、刀身を鍛えていく。

 しかしこの鉄は、刀工たちが今まで身につけた拍子、回数、力加減のいずれの調整を行っても、柔らかい鉄にしかならず、およそ実用に耐えるものとはならなかった。

 それを見ながら、タクミも尻尾を叩く。しかし、その拍子は、いずれの刀工たちのものとも異なっていたという。

 いらつきからか、「タクミのせいで、拍子を違えた」と言い訳をするものまで、現れ出す始末。鍛冶師は皆をなだめ、自分の仕事を続けながらも、タクミが打つ尻尾の拍子を、脳内で何度も繰り返し、刻み込んでいく。

 作業場の中で、この鉄ともっとも長い付き合いのあった「タクミ」。もしかすると彼こそがこの鍛錬のコツをつかんでいるのかも知れない。


 翌日の仕事終わり。鍛冶師は、弟子たちの中から特に腕の立つ者2人を呼び出し、他の者たちを下がらせ、タクミが尻尾で奏でた拍子を伝える。タクミ自身もその場に同席した。

 すでに、何本か鉄の用意はしてある。実際に打ち始めると、タクミは例の拍子で「ぱしんぱしん」と床を叩き始めたのだった。

 数回の試行で、身体にも拍子をなじませた三人は、それに合わせた鉄打ちを始める。

 時に間を置き、時に連打する。まるで打楽器のごとき槌打ちに、熟練した三人の刀工はついていく。

 すでに従来の回数を超えて、折り返しもせずに叩き続けている。だが、鉄はいまだに熱いまま、折れも曲がりもしていない。打つたびに新しい火花が、火事場の土の上に舞う。

 やがて、タクミの尻尾打ちが止まり、それと寸分の狂いもなく、刀工たちの叩きも止んだのだった。


 ふと、仕事場の戸が開く音がし、その場にいた三人が一斉にそちらを向く。

 年のころ、三十前後の女が立っていた。しかし、その格好は膝の上までしかなく、それぞれの裾の先に宝石をつけた袴らしきものと、胴着と口元まで覆う襟巻を組み合わせた上着、という奇妙なものだったようだ。


「ああ、猫ちゃん。ここにいたのね。ごめんなさいね、時間がかかって」


 女性がいざなうように両腕を広げると、タクミはためらいなく鍛冶場を横切って、そこに抱かれていく。女性はタクミをひとしきり撫でまわした後、あっけに取られている三人に目を向けると、ゆっくり近づいてきた。


「あなた方ですね、『救難信号』を出すのに協力してくださったのは。心から感謝致します。おかげでうちの猫を見つけることができました。本来ならば相応のお礼をしなければいけないのですが、ゆえあって、私も追われる身。手短で恐縮ですが……」


 女性はぐるりと、鍛冶場を見渡す。


「なるほど。皆さんは『錬金の徒』でしたか。その技、その神秘、大切になされてください。よろしければこちらを」


 女性が背中に手を回したかと思うと、再び目の前に出した時には、手のひらの上に人の顔と同じくらいの大きさの、銀の塊が乗っていた。


「私共が持てるものと、今しがた拝見いたした、皆さまの仕事場のご様子。それらの兼ね合いの中で、最高級の品質を持つ鉱石ですわ。

 しかるべき方法で扱えば、金のように薄く引き伸ばし、それでいて今のあなた方が持ちうる、すべてのものよりも強靭な体を作ることができましょう。どうぞお持ちくださいませ。皆様の世界に、大いに役立てられることを望みますわ」

 

 女性は塊を鍛冶師に渡すと、深々と頭を下げて、仕事場を出ていったのだそうだ。

 

 後日、改めて製鉄の手段を踏むと、果たして女性の言う通り、わずかな塊でも数本の刀を打つに足りるほど、引き伸ばすことができる金属だった。ならば、後者も間違いあるまい。

 鍛冶師は少々迷ったものの、この奇特な金属について、当時の諸流に分配することを決めたようだ。おすそ分けかもしれないし、奇妙な手に入れ方をしたブツだから、厄払いをしたかったのかもしれない。今となっては分からない。

 ただ、それらの多くが加工され、現代にまで伝わる名刀、大業物の中に眠っている、という話だよ。


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