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俺はケンタ

掲載日:2018/08/13

 俺の名前は星野ケンタ。何処にでもいる普通の高校生だ。

 その日は、遅刻しそうだったので、いつもとは違う道を走っていた。


「やべえ、このままじゃ遅刻しちまう! とにかく全力ダッシュだっ!」


 俺は、右足に力を込めると、全力で曲がり角を曲がった。


「きゃあっ!」


 角を曲がったところで、何かにぶつかり、俺の体は地面にキスをした。


「くそッ! こんなところで遅刻してたまるかよっ!」


 俺は、起き上がるために、勢いよく手で地面を押した。


「ひゃあんっ!」


 なんだかよくわからないが、ぐにゃりとした感触があったので、思わず地面を見た。


「あああ貴方っ! いっ、いきなり女の子を押し倒してキスして胸まで揉むなんて、どういうつもり?」


「んんっ? やっぱり、いつもどおり普通の地面だ。特に変わったことはないよなぁ〜」


 俺は地面の様子を確認するために、念のために両手で地面をならす仕草をする。


「やっ、やめて…… わたしのおっぱい揉まないで」


 しばらく地面をならしていると、俺は大事なことを思い出してた。


「……おっと、こうしちゃいられない。急いで学校に行かなきゃ!」


 俺は急いで立ち上がり、学校へと向かったのだった。



「フーッ。なんとか間に合ったみたいだ!」


 俺が教室に入ると、親友の佐々木が俺の顔を見て言う。


「ケンタ。お前全然間に合ってねーよ。もうホームルームとっくに終わったぜ!」

「マジかよ!」

「ああ、マジ! そういや、今日転校生が来るんだってよ!」

「へえー、どんな奴?」

「いや、まだ来てないらしいんだけど、オンナだってよ!」

「へえー。オンナかぁ〜」


 俺たちがそんな話をしていると、教室のドアが開いて担任が入ってくる。


「お前ら、席につけ! 授業の前にさっき言ってた転校生を紹介するぞ!」


 教室がざわめきだす。

 担任に続いて一人のオンナが教室に入って来た。


 担任が黒板に文字を書いた。みんなが一斉にその文字を読む。


「ああああの、はじめまして。わ、わたし今日から転校して来ました前田パオンと言います。言葉が喋れないので先生に書いてもらいました。不束者ですが宜しくお願いします――本人談」


 なんつーか、めんどくさそうなのが転校してきたな。


 担任の隣を見ると、顔を真っ赤にして俯いているオンナがいた。

 まあ、ここは男子校なので、女の子ではなく女装男子なのだろう。


 パオンは、顔を上げてキョロキョロとクラスメイトの顔を一人一人眺めているようだが、その動きが俺の顔を見た途端に止まった。


「あーっ! 貴方っ! さっきの変質者ね! さっきはよくも……。わたしのファーストキスだったのに……」


 パオンが俺を指差してそう言うと、教室が一斉に騒がしくなる。


「なんだ。パオンちゃん、喋れるじゃない」

「それより、ファーストキスって……星野! お前、こんな可愛い娘になんてことしてくれてんだ!」


 などという、クラスメイトの声が周りから聞こえてくる。


「おっ? なんだ? 前田は星野と知り合いだったのか? だったら席は隣で良いな。安藤、すまないが一番後ろの席に行ってやってくれ」


 担任が変に気を回したおかげで、隣に座っていた安藤が一番後ろの席に行く。

 さらば安藤! お前のことは一生忘れない。


 やがて、隣の席にパオンがやってくる。


「変質者っ! 隣の席になっちゃったからって、気安く話しかけないでくださいね! あと、わたしから100メートルは離れてくださいっ!」


 とんでもないことを言う!


「なあ、その〝俺がお前にキスした〟っていうの、全く身に覚えがないんだが?」

「……はあああぁっ? 貴方、さっき登校中に、わたしを押し倒して無理やりキスした挙句、おっぱいも無理やり揉んだじゃないですか? もう忘れたんですか?」


 教室の喧騒がさらに激しくなる。

「星野! お前は死ね!」

「うらやま……くそ星野!」

 などと、俺に対しての罵詈雑言を聞いているうちに段々と腹が立ってきた。


「そんなこと言われても、やってないことなんて覚えてねぇよ!」

「ひっ、ひどい……。じゃあ、思い出させてあげます!」


 そう言うと、パオンは俺の唇にキスをする。


「ね、思い出してきたでしょ?」


 パオンはそう言いながら俺の両手首を掴むと、自分の胸に押し当てる。

 パオンの胸は、割と弾力があり、なんというか柔らかくて気持ちが良かった。


「んんっ……気持ちい……じゃなくてっ……ど、どう? これで思い出さない?」


 そう言われても、全く身に覚えがないことは思い出せない。俺は黙って首を横に振る。


 俺の様子を見たパオンが、涙目で言う。


「も、もうっ! どうして思い出さないの? こうなったら最後の手段――」


 パオンがそう言ったかと思ったところで、俺の意識が途絶えた。



 * * *



 2月23日


 わたしは、書きかけの小説を今回も打ち切りにすることにした。

 どうやら、わたしには小説を書く才能が無かったみたいだ。


「あーあ、わたしも物語の主人公になりたかったな」


 わたしが小説を書き始めた理由は、物語の主人公になってみたかったからだ。

 だけど、わたしが書いた小説は、小説家になろうに投稿しても全く閲覧数が延びず、埋もれて行くだけだった。


「このまま小説を書いても誰も見てくれないのなら、いっそ……」


 わたしが全てを諦めて小説家の道を閉ざそうとした時、スマホの呼び出し音が鳴った。


 電話をかけてきたのは親友のマヤちゃんだ。


「ユウちゃん、今、小説家になるのやめようと思ったでしょう?」

「えっ? どうしてそれを……?」

「そりゃあ、アタシってば神さまだもん」

「またまたぁ〜、マヤちゃんってば冗談ばっかり……」


 わたしは、今回もマヤちゃんの〝いつもの冗談〟だと思っていた。それがあんなことになるなんて……。



 * * *



 俺が意識を取り戻すと、そこに教室はなかった。


「ん? 何処だ……此処は?」


 俺が辺りをキョロキョロと眺めていると、パオンがうつ伏せに倒れていた。


「おい、パオン。しっかりしろ! 此処は何処なんだ?」


 俺は倒れているパオンを抱き起す。どうやら眠っているだけのようだ。


 俺は、パオンの頬を軽くペチペチと叩いて起こそうとする。


「ん、んん〜っ」


 暫くそうしていると、パオンが目を覚ましたようだ。


「あ、ユウちゃん。おはよぉ〜」


 ユウちゃんって誰だ? こいつ、どうやら寝ぼけているみたいだ。


「おい、しっかりしろよパオン。俺はケンタだよ。お前が嫌ってる星野ケンタ」


「えー? 何それ〜? 新しい遊び? ユウちゃんってば、変なの〜。だいたいパオンなんて変な名前の人、居るわけないじゃない」


 な、何を言ってるんだこいつは?


「お、おい。本当に大丈夫か? どこか頭でも打ったのか? もう一度キスしたら治ったりするのか……」


 俺が慌てると、パオンがクスクスと笑って言う。


「もう〜、ユウちゃんってば、女の子同士でキスなんて……アタシは別に構わないけど、本当に良いの?」


 パオンの一言で俺は首を傾げる。


「女の子同士……?」


 俺は、恐る恐る自分の胸に手を当ててみる。


「なっ? なんだ、この膨らみは……」


 俺の胸には、男にはふさわしくない膨らみがあった。




 * * *



 2月23日


 わたしは、スマホの向こうにいるマヤちゃんに聞いてみる。


「マヤちゃんって、何カップだったっけ?」

「えっ? 急にどうしたの? あっ、もしかして今度、ブラ買ってくれるとか?」

「ええ〜っ、それは自分で買おうよ……」

「だよね〜っ」



 * * *



 俺は、自分が女の子になっているらしいことを認識せざるを得なかった。


「まあ、俺が女の子になっちゃったのは、この際置いといて……。なあ、パオン。此処、どこだかわかるか?」

「どこって……アタシの部屋じゃない。ユウちゃん、大丈夫?」


 んん〜? とりあえず此処がパオンの部屋らしいということは分かった。

 だが、この状況が全く理解できない。


「なあ、お前が言ってた『最後の手段』ってのはなんだったんだ?」

「ええ〜? ユウちゃんはさっきから何の話をしてるの?」


 ……なんだか話が噛み合わない。これも俺が女の子になっちゃったからなのか?


「今日のユウちゃん、何だかおかしいよ? アタシ、送ってあげるから、今日はもう帰って寝たほうが良いよ」


「お、おう。そうさせてもらう」


 正直、俺も訳がわからない。言われる通り帰って寝ることにしよう。


 帰るって、どこへ? ……よくわからないけど俺の姿がユウちゃんって女の子だとしたら、ユウちゃんって娘の家へ帰るのだろう。家がどこにあるのかわからないけれど、送ってくれるというのだから有難い。


 そして、俺はパオンに連れられて、〝ユウちゃん〟とやらの家へと帰っていった。



 * * *



 4月13日


「マヤちゃん、赤とオレンジ、どっちが好き?」

「ん〜? アタシは赤が好き……かな?」

「そっか……。赤ね」



 * * *



 ユウちゃんとやらの家は、赤い瓦の一軒家だった。


「こりゃあ、随分とお金持ちそうな家じゃねぇか……」

「いやいや、ユウちゃんの家だからね? ……はぁ〜っ。なんか心配だし、ちょっと待っててね」


 パオンはそう言うと玄関のチャイムを鳴らす。


「はぁーい、どちら様……?」


玄関が開くと、中から三十代後半くらいの女性が出迎える。おそらく〝ユウちゃん〟なる人物の母親だろう。


パオンがその母親らしき人物に話しかける。

「おばさん、なんかユウちゃんの様子がおかしいので、連れてきました。一晩寝ても治らないようなら病院に……」

「あらあら、マヤちゃん。わざわざ送ってくれてありがとうね。せっかくだし、晩御飯食べていかない?」

「いえ、わたしは結構です。家で兄貴にエサ……御飯を作ってあげないといけないので」

「まあ、マヤちゃんの家も大変ね。……あっ、そうだ。だったら肉じゃがを持って行きなさい。作りすぎちゃったの」

「いつもありがとうございます。助かります」

「ほんと、マヤちゃんは良いお嫁さんになると思うわ。じゃあ、ちょっと準備するから、悪いけどその子を部屋まで連れてってくれない?」

「わかりました。それくらい朝飯前です」

「ふふっ、今の時間だと夕飯前でしょ?」

「ふふふっ、そうですねぇ〜」


 ……なんだか俺抜きで二人で盛り上がっている。



 * * *



 6月15日


「うええ〜ん、マヤちゃん〜。行き詰まっちゃったよ。助けて〜」

「もう、貴女はいつも泣き言を言うけど、小説は普通一人で書くものよ」

「だってぇ〜」

「ほら、アドバイスくらいはしてあげるから、頑張って……」



 * * *



 俺は、パオン――此処ではマヤという名前らしい――に連れられて自分の部屋へと向かう。


 マヤに連れられて部屋に入ると、その部屋はなんというかファンシーな部屋だった。


「こ、これが俺の部屋……?」


 俺が〝自分〟の部屋に驚いていると、マヤが俺に向かって言う。


「はあ〜っ。どうやら、ユウちゃんは、自分の書いてる小説の主人公に感情移入しすぎて、自己を正しく認識できなくなってるみたいね」


「えっ? それってどういうことだ?」


「つまり、〝多重人格〟ってことよ。さしずめ、今のユウちゃんは〝星野ケンタ〟という人格に変わっているっていうことかしら?」


 多重人格……か。つまり俺は〝ユウちゃん〟が生み出した別人格で、本当の俺じゃないってことか。



 * * *



 6月23日


 わたしが、自分の書いた小説の主人公に精神を支配されるということがわかってからちょうど4ヶ月が経った。

 その間、わたしは何度も小説を書いては、小説家になろうに投稿をしてみた。

 でも、新しい人格になることはなかった。

 マヤちゃんに協力してもらっても変わることはなかった。

 多分、あの日、〝星野ケンタ〟という人格がわたしを受け入れた時に多重人格――乖離性同一性障害という病気が治ったのだろう。

 わたしの中には、確かに〝星野ケンタ〟という人格で過ごした数日間が残っている。

 わたしは、物語の主人公にはなれない。

 だけど、わたしは小説を書き続ける。

 それが、わたしの選んだ道なのだから――


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