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bukimi

作者: yuyu

(今日の営業先は散々だったな)内心で物思いにふける男が地下鉄の構内を歩いている。


 スーツ姿で、身長は約170cmはあるだろうか。会社帰りである為か、出勤前はしっかりと絞められていた水色のネクタイは少し、緩めているように見える。短く整えた髪を両手で撫で付けながら、駅の構内の階段を駆け上がる人物は守川将広。


一児の子供を持つ、平凡な家庭の会社員だ。会社は、独自のパソコン用ソフトウェアのブランド会社であり、守川はそのソフトウェアを外部の企業や法人に紹介や相談を行う営業担当であった。


 「クレームの嵐だったな。また、上に内容の報告書作らないと」


 本日の営業先で、ソフトウェアが全く動かないとのクレームがあり、守川は真っ先にクレーム先に赴き、現状把握にほぼ一日を費やしてしまった。


大多数のパソコンが置かれている取引先である為、一台一台丁寧に原因を追究し続けていたところ、気付けば終電になんとか乗れる時間帯に取引先を出ていた。


 「本当にまいったな。まさか、俺一人で全てのパソコン見ろなんて言うとは」


 悪態をつきながら、駅構内から地上へ出る為の階段を駆け上がっていく。あまりにも帰りが遅くなると、家内から小言を言われるからである。


あと一段で地上という段階で、守川の頭に水滴が落ちてきた。気付けば、水滴は瞬く間に、降りしきる大雨へと変化していった。傘を差しても、足元がずぶ濡れになる激しさである。


 「嘘だろ。傘持ってないぞ」


 もう何回目とも分からない溜息を大きくついて、雨に濡れないように階段を一段下がる。構内から地上に出て、家までは歩いてゆうに約20分はかかる。


 まだ、吐く息に白みがかるこの季節に濡れながら帰ることは、体調不良に繋がりかねない。守川は考えたあげく、構内にあるコンビニに向かった。傘を購入する前に、右手に下げているカバンの中の財布に、現金がいくらあったか確認する。


しかし、財布には小銭が少ししか入っておらず、これではせいぜい缶コーヒーを一本買える程度であった。


 「ちくしょう。ついてないな」


 構内のコンビニ前にて、またも悪態をつきながら近辺を歩き周る。どうやって帰るべきか約10分ほど考えたあげく、濡れながら帰る決意をした。


 苛立つ脳内を眉間を押さえながらもみ消し、一度下った階段の手摺に再度、手をかけた。ふと、守川の視線は丁度真横にある、反対側の手摺へと注がれることになる。


 傘がかけられていたからだ。


 終電間近である時間帯。構内には、もはや守川しかいないような光景。その中に、気付けば傘が手摺にひっそりとかけられていた。

 

 色は紺色。持ち手は茶色の大人用の傘。水滴一つついていない様子である。守川は疑問に思い、首を傾げた。


 (さっきまで、こんな傘あったか?)


 地上に上がる為に駆け上がった時、コンビニに行く際に降りた時、その両方でこんな傘がかけられている事に気付いていなかった。守川は不気味に思いながらも、


 「まぁ。いいかな」


 そう呟きながら、その傘を手に取り、階段を上がっていった。地上まであと一段という所で、すでにあの大雨が止んでいることに気付いた。


嵐が過ぎ去ったかのように、地面には大量の水たまりと枯れ葉が落ちていた。守川の左手には、まだ紺色の傘が握られている。


 「元に戻すのも面倒くさいし、あとで返そう」


 傘を握ったまま、守川は地上に出ると走って家路へと向かった。


 数十分後


 「ただいま」


 玄関のチャイムを鳴らし、鍵を開けて家の中に入る。妻がすぐに怒鳴ってくる。


 「なんでこんなに帰り遅くなるの?もう少しどうにかならないの?」


 疲れ切った脳内に、これ以上小言を取り入れたくなかった為、逃げるように夕飯を平らげた後、風呂に入り就寝した。傘は、玄関の傘立てに入れておいた。


 翌日、妻に叩き起こされて目を覚ます。今日は会社は休みだから、まだゆっくり寝ていたかった。


 「何なんだよ」


 「ちょっと、あの傘は何?どうしたの?」


 妻から、傘立てに見慣れない傘があるとのこと。気味が悪いから早くどうにかしてほしいとの内容であった。顔色も少し青ざめているように見える。


 「そんなに躍起になることないだろう。今度、元の場所に返しとくから」


 「本当?なんだかあの傘見てて、気持ち悪い感じがするの……」


 「たかが傘じゃないか。疲れてるんじゃないか」


 「何よ。その言い方!少しは子供の面倒も見てよ」


 「分かった。分かった」


 傘一本で夫婦喧嘩になるのは馬鹿馬鹿しいと考え、守川は早々に話を切り上げた。


 数日後、出勤前から外は窓に雨が叩きつけられるほどの荒れ模様であった。


守川は良い機会だと考え、折り畳み傘をカバンにいれ、傘立てから、構内から持ってきた傘を手に取り、玄関を出る。行きは紺色の傘を使い、構内の元の場所に戻し、帰りは折り畳み傘を使うという算段だ。


 「さてと、行くか」


 そう呟きながら、紺色の傘を上に掲げ、一気に開く。


 パラパラパラ……


 傘の中からおびただしい数の生爪が、雨のように舞い落ちてきた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 夏のホラー2018よりお邪魔いたしました。 この作品好きです。何気ない日常を最後の一コマで恐怖のどん底に叩き落とす。ああ、こういう手法もあるのかと感心するばかりです。 今年のホラーを読んで他…
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