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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
三年目前期
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第29話-2 遭難の虞



 アベルが目を覚ますと、いつの間に潜り込んだのか、リュリュが彼の太ももを枕にして組んだ足の中に寝ていた。



 顔を上げ、積み上げた雪の隙間から外を見るとやや薄暗い。どうやらまだ雪はちらほら降っているようだが大分落ち着いてきたようだ。


 しばらくしたところでリュリュもようやく寝ぼけ眼をこすりながら大きく伸びをする。



 軽い朝飯を済まし出発の準備を終えたころ、炎を出し終えた石が音も無く崩れ灰の塊となった。



 入り口を塞いでいた雪を蹴飛ばし外に出てみると、今は降り止んでいるものの未だ雲が低く立ち込めていていつまた振り出さないとも限らない。急いだほうがいいと判断し、アベルたちは登山を再開した。



 二人の進む道行きは、徒歩のアベルを考慮してじぐざぐと左右に折れ進んだため道とも呼べない緩斜面が延々とつづいている。ごつごつとした岩や石ころだらけな上、それが雪に埋まって見えなくなっているためとても歩きにくい。



 度々立ち止まって振り返って見ると、ずっと下のほうまで白雪の上にアベルの足跡だけが点々と残されており、ここが普段は誰も訪れる者の無い場所であることを示していた。その足音が、ぎゅう、ぎゅうと柔らかい雪を踏みしめる音から次第にぱりぱりと硬いものを踏み割る音へと変わりだす。



 標高が上がるに従い、氷原の様相を呈しはじめたのだ。



 黙々と昇り続け、止処無い景色にいい加減見飽きたころ。



「見えた! もう少しだよ、アベル!」


 懸崖伝いに中腹を少し過ぎたくらいで、頭の上を飛び回っていたリュリュがこの日一番の明るい声でアベルを呼んだ。



「どれどれ……どこ?」


 見上げると、左手に向かい少し奥まって見えており、地肌がけわしくそばだっている。これまで登ってきたところに比べて幾分広がりがあるように見受けられるが、それ以外には今までちらほら道沿いに見かけた痩せぎすの潅木すら見当たらない。



「何も無いみたいだけど…」


 それがアベルの感想だった。



 改めてその場に到着して見ても、一面雪、雪、雪。積もる雪しか見当たらない。



「ちがうって、こっちこっち」


 しかしリュリュはそのまままっすぐ飛行して対面の崖に向かっていく。



 よくよく見ると、その先の岩場の影に細長い通路があるようだ。気をつけて見なければ見過ごしていただろう隘路を、燃えない火を灯りにしたリュリュを先にして二人は踏み入っていった。



 冷え冷えとする洞窟を抜けることしばし。



「…これは……」


 行き止まりは開けた空間だった。眼前に広がった光景の前に、アベルは息を飲む。



 アベルを驚かせたのは、そこの壁や地面すべてが、薄暗い中灯るリュリュの光を反射し色とりどりに煌いていることだ。まるで星々の中に放り出されたような光景の前に、一瞬アベルは自分が洞窟の中に立っていることすらあやふやに感じた。



「凄いでしょ。ボクたちの部族に伝わる秘密の場所なんだよ!」


「うん……確かに、こりゃ凄い…」


 呆けたように口を開いたまま、見とれるアベルは部屋の中央の存在に気づいた。



「あれは?」


 そこにはひときわ白く輝く、アベルの背丈より頭一つ分ほど巨大な直径をした光の球が浮かんでいた。



「何を隠そう、それこそがグリザの実だよ。どう、驚いた?」


 アベルも素直に同意した。



 その間も、グリザの実はゆっくり、ゆっくりと回り続けている。その間、周りから煌く光の粒子が実を中心に緩やかな円を描いて吸い寄せられていく光景は例えようも無く美しかった。



「うん…まさかこんなのだとは思わなかったよ。けど、こんなに大きいんじゃ持ち帰るの大変じゃないか?」


「それは大丈夫。実と言っても、厳密には圧縮された高濃度の魔素なんだ。だから、更に小さく圧縮すれば問題なし!」


「なるほど…あれ? 魔素だと化獣化する危険性があるんじゃないか?」


 アベルの質問に、リュリュは呆れたようにため息を吐いた。



「…アベル、授業はちゃんと聞こうよ。化獣化させるのは、『淀んだ』魔素溜まり、だよ。これがそんな淀んでるように見える?」


「いや、それはその…」


 口ごもるアベルを横目でじろっと見たリュリュだったが、すぐに嬉しそうに翅を震わせながらグリザの実の周囲を飛びまわった。



「ボクたちの部族はね、普段はこの山の魔素の穢れを浄化してるんだ。グリザの実はね、そうやって浄化された。この山全体にわたる魔素をゆっくり還元して生み出されるんだよ」


「へぇ…」



 アベルは昔ブレイアの村で見かけた菜園のことを思い出した。


「まるで果物の収穫みたいだな」


「上手いこと言うね。ともかく、こうやって純度の高い魔素を得るってことはボクたちの部族にとってとても大きな意味を持つんだ」


 そういうと、そっと手を差し伸べると小さな声で一言二言呟いた。



 その途端、白い発光体は回転する速度を上げ周囲の光を急速に吸い込んでいく。アベルが目を開けらていられないくらい眩くなったところで光が音も無く弾けた。



「これでよし、っと」


 その声に、アベルは目を開く。



「あれ、グリザの実は?」


 光の玉がきれいさっぱり見当たらなくなったことに驚いたアベルだが。



「ここ、ここにあるよ。見て、ずいぶんちっさくなったでしょ」


 そういって、リュリュが手にしているものは、人族の赤子の頭ほどもある真っ白い卵だった。



「確かに最初に比べたら断然小さくはなったけど…それでも結構大きいね」


「でしょ、だから手伝いをお願いしたかったの。アベル、お願い」


 そう言って受け取ると、意外なことに軽さはまったく感じられない。殻も、力をこめて握れば簡単に割れそうな手触りだ。



「取り扱いに気をつけてね。落としたら簡単に割れちゃうんだから」


「それなら自分で持ってくれよ」


 口を尖らすアベルだったが。



「そうしたいけど、そうしたらボク前が見えなくなるじゃん」


「ああ、それで僕の手が必要なのか」


「そういうこと。…他にも理由はあるけど、ね」


 言いながらリュリュは愛おしそうにグリザの実を撫でている。



「他の理由ってなんだい?」


「それは…おしえてあげなーい」リュリュはそういうとくすくす笑い出した。


「けど、いつかは教えてあげる。いつかね」



 どうやら今は話す気は無いらしい。アベルはふうっとため息を吐いた。


「楽しみにしておくよ。で、この後どうするんだ?」


「そうだねぇ」


 リュリュはちょっと考え込んで言った。



「本来はボクの故郷で精製するんだけど…さすがに今回はそこまでする時間はないか。幸い壊しさえしなければ消えたりすることはないから、今回の任務が終わるまでは学府に置いておくつもり」


 そのときは自分ひとりで行く、そう言われたアベルは内心ほっと安堵した。さすがにまた深い雪の中下山するのは願い下げにしたい。



「何はともあれ、これで目的は達成できたわけか。さ、それじゃあ学府へ戻ろう」


「ん、そうだね。避難所までくだらないとならないけど、そこからはこれがあればひとっとびで…」


 そう言いつつリュリュが腰に手を伸ばす。そこには帰り用の転送球が収められている袋が釣り下がっている――はず、だった。



「……あれ?」


 後ろ手にしたまま、リュリュは固まった。



「ん、どうかした?」


「無い…」


 何が、と尋ねようとしたところでアベルもはっとした。慌ててリュリュの後ろに回りこむ。



 彼女の帯革に釣り下がっているはずの皮袋は、無かった。



 しばらくはグリザの実の洞窟で探し回った二人だったが、どうやら転送球を落としたのは違う場所のようだ。



「ど、どうしよう…これじゃ帰れない…」


 今にも泣きそうなリュリュに、アベルはあえて空元気で返した。



  リュリュに対し昨日のことと言い、内心いい加減腹が立たないでも無い…が、自分の過失に泣きださんばかりにうろたえている今の彼女を前にしてはさすがに怒る気にはなれなかったのだ。



「大丈夫、何とかなるさ…きっと。まず、来た道に沿って昨日泊まった岩屋へ戻ろう。道中に落ちているかもしれないし、岩屋の中に落とした可能性だってあるからね。まずは落として無いか調べながら下ろう」」


「で、でもアベルが…」


「だからってじっとしているわけにもいかないだろ。実は確保した後だから火を焚いても良いかもしれないけど、そもそもここには薪になるものが無いし、石を燃やして暖めるにしても広すぎる。ここで寝ようものならほぼ確実に凍死しちゃうよ。だけど下の岩屋なら、戻る合間に枝を集めることだってできる」


 風雪の影響を受けないからまだましというだけで、ここも十分に寒い。



 何より、戻らないといけない理由がある。



 本来二人が帰ってくるはずの時間を大幅に過ぎているのだ、学府の方でも何か異常があったということは伝わっているだろう。



 だが…そこからは?



 転送陣で飛べるのはあらかじめ定められた地点へであって、特定の人物を指標としているわけではない。



 任務の都合上まず間違いなく捜索隊は出されるだろう。が、目的地が判らないため彼らがこの洞窟を見つけられる可能性は低いし、ここまで上がってくる時間も無駄に掛かってしまう。



 それならば、捜索隊が来ることを考慮に入れより近い岩屋を拠点にしたほうが効率的だ。雪がいつ止むか判らない以上ここだと自分たちも身動き取れなくなってしまう可能性もあるのだから。



 その意見に、リュリュも結局は同意せざるを得なかった。



(ただ…)



 その先をアベルは表情に出さず、心の中で呟く。



 確かに、いずれ捜索隊はくるだろう。問題は、その間耐え切れるかどうかだ。



 食べ物や飲み物はまだ何とかなるにしても、昨日の段階で岩屋内に薪に使える枝はすべて使い切ってしまった。雪の下に枝を見つけることができても乾かさなければ使えないし、石を燃やすにしてもリュリュの体力だけでは到底持ちこたえることはできないだろう。



 どう考えても切り抜ける方策が思いつかない。新たな雪が降らないことを祈るしか無いのだ。



 結局アベルは、考えを一旦頭の片隅に追いやることにした。



 なに、転送球さえ見つかればこれ以上無用な心配はしなくて済むのだ……



 洞窟の外に出ると、すでにもうじき夕暮れになろうかという頃合だった。おまけに再び雲がどんよりと垂れ込めてきて、今夜も荒れ模様になりそうな気配を如実に伝えている。



「こりゃ急いだほうがよさそうだな」


 アベルの言葉通り、坂を下りはじめしばらくすると星が出るより先に雪が降りはじめてきた。


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