第28話-4 グリザの実の採集
翌日。
アベルは、朝の鐘が鳴る少し前に準備を終えて転送室にやってきた。
「忘れ物は無い?」
ユーリィンの問いかけに、先に来ていたリュリュが大丈夫と答えている。
見送りにきたのはムクロを除く班の仲間たちとアルキュス先生、そしてデッガニヒだ。
早い時間を選んだのは、昨日話を聞いたベルティナが自分も連れて行けと駄々をこねたため、彼女がまだ寝ている時間を選んだためである。
「猶予はあるが、明日には帰ってくるんじゃぞ。さもなければ捜索隊を出すことになる。もしお前さんたちの身に何かあればお前さんたちを抜きで王子たちは出発せねばならん。お前さんたちの命はお前さんたちだけのもんじゃない、くれぐれもそのことをしっかと肝に銘じておくんじゃぞ」
見送りにきたデッガニヒが真面目な顔で注意を促しているものの。
「わーかってるって! 大丈夫大丈夫!!」
そう答えるリュリュは先ほどから興奮しているのか、飛び回りっぱなしでまったく落ち着く様子が無い。今度はアルキュス先生からも注意されているところを見やりながらアベルは呆れていた。
「そんなにグリザの実を採りに行くのが楽しみなのか…」
その言葉にレニーと話し込んでいたユーリィンがアベルに気づいて振り返る。ざっと上から下までを見て、これまたちょっと驚いたように目を見開いた。
「アベル…何その格好」
「何って…そんな変か?」
「変も何も、そんなんじゃ風邪引くわよ。もっと温かい格好しなさいよ」
「え? でも、実が成ってるんだろ? それなら…」
「良いから早く、時間無いんだから!」
急き立てられ、アベルは駆け足で自室へ外套を取りに向かった。故郷を旅立つときから纏っている外套を素早く羽織ると、再び駆け足で転送室へ戻る。
「うん、これなら…大丈夫かしらね? というかアベル、リュリュから聞かされてないの?」
確認しつつ、ユーリィンがアベルに尋ねた。
「うん? 何をさ?」
「…グリザの実を採りにいくってことがどういうことなのか、聞いてないのかって話よ」
妙に持って回った言い方だ。しかし、改めて考えてみれば詳しい話は知らないことにアベルも今更ながら気づかされた。
「僕が聞いたのは、特別な薬に使うってことと、百年に一度しか手に入る機会が無いってことだよ。他に何かあるのか?」
それを聞いて、ユーリィンは首を傾げた。
「あら…それしか話してないってのは、わざとなのかしら? でもあの子のことだし、うっかりってこともあり得るわね」
「他にも何かあるのかい?」
「うぅん…」
少し考えたユーリィンだが、
「まあ、隠し事するようなことじゃないし別に良いか」
ひとつ頷くと、再び話し出した。
「グリザの実の採取は、あの子の故郷において成人の儀式も兼ねてるのよ」
意外だった。
「へぇ…成人の、儀式かぁ。……成人の、ねぇ…うぅん……」
相槌をうとうとするが、どうにもうち難い。
率直に言ってしまえば、アベルから見て今のリュリュが成人だなどと信じられないのだ。
そのまま疑わしげな視線をリュリュに戻すが、そうとは知らない彼女はリティアナとレニーの間を休むことなく飛び回っている。
その落ち着きの無さを見るにつけ、説得力が一切感じられないのが正直なところだ。
「まだ当分、使い道が無さそうに見えるんだけどなぁ…」
ユーリィンが聞き咎め、アベルを軽く睨んだ。
「…あんた、それ当人に言わない方が良いわよ」
そして一言、わかるけどねと苦笑しながら付け足した。
程なく、時計塔から朝を告げる鐘の音が室内にも届いた。出発の合図でもある。
「よし、それじゃそろそろ行こうか」
荷物を担ぎなおしたアベルの傍にリュリュが戻ってきた。
「アベル、くれぐれもリュリュの邪魔にならないようにね」
ユーリィンの軽口にむっとしたアベルはやや早口に答えた。
「それを言うなら逆だろ!」
リュリュもそれに合わせるように、満面の笑顔でアベルの肩に腰掛けた。
「大丈夫大丈夫、ボクがいるんだから任せてよ」
そうやって心底楽しそうにアベルへ微笑みかける。
「何かお土産があったらよろしくお願いしますわ。美味しい物があれば是非それで」
のんきなレニーの催促には、アベルは頷くに留めた。
「それじゃあアルキュス先生、お願いします」
「あいよ」
リティアナに促され、一歩進み出たアルキュス先生が呪文を唱えだす。
アベルたちはお馴染みとなった奇妙な浮遊感の中、変わり行く視界に包まれた。




