第28話-3 突発的休暇の使い方
「二週間後、雨勝月の頭じゃ」
校長室に集まった関係者一同を見渡し、デッガニヒの口から出た言葉がそれだった。
「その日に会談が…」
リティアナの呟きに、アベルもうなずく。
そう、行われるのだ――アリウスとオルデン公王家との和平交渉が。
この和平交渉の如何によってディル皇国民の運命が変わると言ってもいい、重要な任務だ。
「それにしたって結構先だよね? 無駄な戦争避けるならもっと早いほうがいいんじゃないの?」
リュリュのもっともな質問に、デッガニヒが小さく首を振った。
「先方の都合もあるでの。何より、気候の問題があるんじゃ」
「どういうことですの?」
デッガニヒが机の引き出しから取り出した羊皮紙製の地図に太い指を載せ説明しだした。
「オルデンへ向かう場合、最寄の転送先は結構遠いでの。デリンヴァー山の麓をぐるりと迂回し、一旦川沿いに南西に移動して海岸沿いに向かうことになっておる。問題は、王子の存在がディル皇国軍にばれてはならんことじゃ。王子自ら停戦に動いておることがばれたら、全軍を挙げてでも阻止してこよう。決して目立ってはならん」
「まあ…そうですわね」
納得したようにレニーが頷く。
「雨勝月に入れば、長雨が降る。そうなれば、ディル皇国軍の侵攻は一端落ち着くじゃろう。その機に乗じて進入すれば余計な戦闘を減らせるはずじゃ。尚、同様の理由でその際王子の護衛には少人数、ハルトネク隊のみで行ってもらう」
デッガニヒの宣言に、もっときちんとした兵が大挙してその任に就くと思い込んでいたアベルたちが驚きの声を上げた。
「ええっ、僕たちだけ?! 他にもう少し戦力がいた方が…」
あわてるアベルに、アルキュスが淡々と答えた。
「学府と契約した冒険屋は大半がすでに他国に出ていていないんだよ。残ってるのはお前たちと同じ、三年生だけでね。なら、いろんな意味でお前たちほどの適任はいないだろ?」
更にデッガニヒがアルキュスの後を継いで言う。
「なに、今までの任務と同じようなもんじゃ。ただちょっとばかし移動する距離があって、ちょっと面倒になって、そしてちょっと危険になったくらいじゃと思えばええんじゃ」
「…それって難易度めっちゃ上がってるってことじゃん…」
リュリュが呆れたように呟くが、デッガニヒはそれを無視した。
「ええい、ともあれ、すでに決まったことじゃい。これもお前さんたちならできると見込んでのことじゃ、期待しておるぞ」
かっかっかと笑うデッガニヒと対照的に、アベルたちは自然顔が強張ってしまう。
ともあれ、任務が決まったことで一同は解散を言い渡された。先に部屋を出た教師たちにアベルもつづこうとしたところで。
「ああそうそう」
と、それまで壁にもたれかかって大人しく話を聞いていたネクロが口を開いた。
「俺は今回もついていけないが、こいつが代わりについていくんでよろしく」
そういってネクロはムクロの背中を押し出した…が、ムクロは黙って頷くと耳を赤くしてそのまま校長室を出ていってしまった。
「あ、おいムクロ! …ムクロの奴、本当にどうしちゃったんだ?」
「さあ…」
わけが判らないとぼんやりムクロの立ち去った方角を見ているアベルたちに、ネクロは気付かれないくらいの小さなため息を吐いた。
「お前…結構酷い男だな」
ユーリィンだけ、何故かにやにや笑っている。
「えぇ?! 何が?!」
驚いたアベルが尋ねるが、ネクロは珍しく真面目な顔になった。
「その様子だと他の連中…いや、一名ほどは違うかな? ま、それにも気付いてないみたいだし…やーめた。やっぱ俺からは何も言えねぇな」
「何だよそれ…」
さっぱり言っていることが理解できないアベルに、ネクロは今度は隠すことなく盛大にため息を吐いてみせる。
「ま、今はそっとしておいてやれ。あいつにも気持ちを整理できる時間が必要だからな。あいつのことは心配しなくても良い、この季節ならどこでもやってけるさ」
「ネクロは何か知ってるのか?」
そう尋ねたアベルを、ネクロはじっと見つめる。そして、たっぷりした間を置いてからもう一度ため息を吐き、アベルを除くハルトネク隊を見やった。
「お前らも、苦労するなぁ」
何がなんだかさっぱり判っていないアベルをネクロはもう一度、しげしげと見やった。
「お前な、鈍感すぎるのも時には罪なんだぜ? わざとやってるわけじゃないのは判ったが、それでも程度ってもんがあるぞ。もう少し周りに気を配れや、な」
そういうとネクロは首をひねっているアベルの肩を力を込めて一叩きし、校長室を出て行った。
「えぇ…これでも仲間に気を配れるようになってきたと思うんだけどなぁ……」
アベルの独り言に賛同する者はいなかった。
こうしてちょっとした疑問を抱えたまま、任意と言う装飾を飾った命令を承されたアベルたちはその後ぶつくさ言いながら教室でたむろっていた。
流石に今から寝なおすには目が冴えてしまっている。なら、食料を集める前に茶でも飲んで気分転換しようという話になったのだ。
「それにしても、二週間ですか…準備には長すぎるし、かといって鍛えるというほどの時間はありませんわねぇ」
しみじみとレニーが呟く。
二年時までは元より、任務に就くようになってからも、一週間以上何もしない日と言うのが無かったため、舞踏会講習の前も含めた長い空白期間をアベルたちはいい加減持て余していた。
「そうだなぁ…みんなは何かしたいことはないのか?」
自分自身思いつかなかったため、期待しないでアベルが尋ねる。しかし、
「あ、それなら!」
ふと、何かを思いついたようにリュリュが両手をぱんと打ち鳴らした。
「ね、ね、アベル。もしよければ、グリザの実を採りに行くの手伝ってくれない?」
そういえば、先日リュリュがその実についての報告が記された手紙を読んでいたなとアベルは思い出した。
「うぅん…収穫の手伝い、ねぇ…」
面倒くさそうだ、内心どう断ろうか考えたアベルだったがその迷いの隙に先手を打たれた。
「いいじゃんか! 大体、前の約束すっぽかしたことについてまだ穴埋めしてもらってないんだからね!」
「うぐ。そ、それは…」
返す言葉も無い。
「花も綺麗だし、見て損は無いと思うよ? ねっ、行こうよ!!」
「うぅん…分かった。そうだね、ちょっと面白そうだからついていくよ」
結局アベルは二つ返事で引き受けることにした。考えてみれば十年に一度しか生らない珍しい実、どんなものか見てみたくもある。
アベルの返事に、リュリュは嬉しそうに飛び上がった。
「よっし、それじゃきっまり~! 明日には出発する予定だから、準備しておいてね!」
「うん、分かった。みんなも…」
アベルがそこまで言いかけたところで、ユーリィンがさえぎった。
「あ、あたしらはやめておくわ。ね、レニー、リティアナ」
「えっ?!」
突然そう決められ、驚いた二人にユーリィンがそっとアベルに聞こえないくらいの小声で何かをささやいた。
「…ね、今回のところはリュリュに譲ってやってくれない? グリザの実って小翅族にまつわる大事な儀式に使う物なの。だから、あまり部外者をぞろぞろ引き連れていくのはちょっとまずいのよ」
「まあ…そういうことなら…」
納得する二人に、更にユーリィンは顔を寄せて小声で何かを吹き込んだ。
「それに…が、……ってのも確認したいし…」
「え。それ、本当ですの?」
ぎょっとしたように声を上げるレニーに、ユーリィンが口元に指を立てながら返した。 その表情は、仲間たちならよく見知った何か企んでいる顔だ。
「たぶん、間違ってないと思う。ま、詳しい話は…に聞いてみましょ。リュリュには帰ってきてから説明すればいいわ」
そこまで聞かされたレニーは、同じ表情が伝染している。リティアナは困惑しているようだが、かといって止める様子も無いようだ。
その不気味な動向にアベルは少しうろたえながらも、改めて確認した。
「えっと…それじゃあ、ユーリィンたちは来ないってことで良いのか?」
「ええ、二人で楽しんでおいでよ」
代表して答えたユーリィンは、にやにやと笑みを浮かべていた。




